ALARM-04


 作りかけの武器が大量にあり、机の上には製造に関する書物が広げられている。


「あなたが作っている、という事ですか」


「……ああ、そうだ。うちの工房は親父の作品でなんとかやっていた。俺には一切作業させてくれなかったよ。その親父が倒れたら仕事は……なくなる」


 青年は悔しそうに俯き、語尾を小さくする。偽って粗悪品を売りつけた事実は変わらない。しかし、彼は決して手を抜いて売りつけた訳ではなかった。彼は彼にとって、出来る限り精一杯の武器を作っていた。


 生活のために親が倒れた事を隠し、売れる物を用意しなければならなかった。


「……事情は分かりました」


「俺の作品が通用するものじゃないってのは分かった。結果として目が悪いあの親父を騙したのも事実だ。……こうするしか方法がなかったのかも、今となっては分からない」


 これ以上粗悪品を作る気はないのか、若者は観念して項垂れる。


 シークは青年の姿を見て、不相応な評価に追いつこうともがき悩んでいる自分に重ね合わせていた。


 シークにはバルドルという頼もしい師匠代わりがいた。バスターとして出遅れたゼスタも、シークとビアンカがいたおかげでその才能を伸ばす事が出来た。


 けれど満足に習うこともできないまま、師が倒れたとしたら。


 納品出来ない場合の違約金が用意出来なかったら。


 蓄えがない中で違約金と治療費のために仕事を見つけ、目親が目を覚ますか亡くなるまで借金を重ねるべきだったのか。


 シークは何が正解だ偉そうに説教出来る程、愚かではなかった。


「警察が来るんだろ? いいよ、覚悟はしていた」


「……偽りの品を売ったのは悪い事だと思います。でも、警察に訴えるかどうかは店主さんや買った人が決める事です。その、お父さんの具合は……良くなるんでしょうか」


「目を覚ますとは言われていない。いつ死ぬか、それだけだよ。死んでいない、それだけだ」


 相手の事情を知ったシークは、その罪を咎めながらも心配になった。悪い事を見過ごせる性格ではないが、罵って天罰を下す性格でもない。


「……俺が装備を買った店、後継者がいなくて。最近俺の仲間の女の子を弟子に取ったんです。まだ片手間ですけど、知識の取得から少しずつ」


「えっ」


「お父さんの知り合いを頼ったりして、きちんと教わった方がいいと思います。やる気を正しく使えば……好きな事は続けられると思うんです」


「うちの親父は頑固で、他人の作品を認めなかった。この業界であまり交友関係が良好だったとは言い難い」


 青年は諦めるしかないと、悲しそうな笑顔で天井を見上げる。シークはそれでも鍛冶にしがみ付きたいなら、出来る事をやるべきだと伝えた。


 もうこれ以上良品と偽って店に卸すことはないだろう。シークは工房を後にしようとする。


「待ってくれ。その短剣、いや、それを含めて売ったもんは全て買い取る。売ったのはあの店だけだ、後で頭を下げに行く。俺の作品を売らないでくれって、言っておいてくれないか」


「分かりました」


「悪い事は悪い事でちゃんとけじめはつける。引き返せる段階で救ってくれて有難う。あの、あんたの装備はどこで買ったんだ? 鍛冶師の名前、知ってるか」


「ビエルゴ・マーク。武器屋マークです」


 その言葉を聞いて青年は大きく驚く。心当たりがあるようだ。


「……俺の、伯父だ」


「えっ!?」


「ビエルゴさんは俺のお袋の兄貴だ。お袋が死んでから親父が一方的に付き合いをやめた。もう一切連絡を取ってないはずだ。俺はクルーニャ・ダンジー。ゴブニュはもうじき死ぬって、機会があれば言っておいて欲しい」


「……必ず」


 シークは軽く会釈し、落ち込んだ様子で工房を後にした。文句の1つでも言うつもりだったのに、事態はそんな状況ではなかった。


 シークは先程のラマナ装備店に短剣を返す前に、正反対の方角へと歩き出した。


「武器屋マークに行くんだね」


「うん。お節介かもしれないけど、知らなくていい状況じゃないと思うんだ。後をどうするのかは任せるとして、クルーニャさんにも、ビエルゴさんにも、もう解決する時間があまりない」


「僕は『赤の他剣』にそこまでの感情はなくてね」


「人間だって、決して家族だから情が深いって訳じゃないよ。兄弟は他人の始まりって諺もあるし」


「へえ、それはまた無情な響きだね」


「クルーニャさんのお母さんとビエルゴさん達の仲が悪くなかったなら、クルーニャさんの事、気になってるかもしれない」


 バルドルはお人好しにも程があると言いかけてやめた。シークはそのくらいでちょうどいいのかもしれない。そう思ったのだ。


 ビアンカとの出会いは、シークの「助けなきゃ」から始まった。絶望した友人のゼスタに手を差し伸べた。そもそも可哀想で放っておけなかったから、シークはバルドルを持って帰ったのだ。


 シークが心優しくお節介である事は、バルドルにとっても心地良かった。





 * * * * * * * * *





「そうか、もう長くないか。名匠という訳ではなかったが、それ以上にあいつは性格が少々難しくてな。まだ幼かった息子にも見て覚えろの一点張り」


 武器屋マークで事情を話すと、ビエルゴは肩を落とし、全く知らなかったと言ってため息をついた。ゴブニュは気に入らなかったが、甥っ子にあたるクルーニャの事は気になっていた。


「明日こちらから出向こう。父親が毛嫌いした伯父を、甥っ子から訪ねさせるのは酷だろうからな」


「シャルナクちゃんと一緒に弟子にしておやりよ。私の記憶のままであれば、設備は初代の頃から何も変わってない」


「そこまでの余裕がある訳じゃないが、うちのお得意様の英雄殿が背中を押してくれたんだ。ここで身内が知らんぷりはできん。使い物になるかどうかはあいつ次第だ」


 シークの周りには、何だかんだいってお人好しが多い。ゴウン達だってシーク達に負けず劣らず面倒見が良かった。稼ぎも名声も気にしなくていいベテランだからといって、普通はあそこまで後輩の世話をしない。


「シーク、良かったね」


「うん。シャルナクは良かったかな」


「わたしは問題ない。ビエルゴおじさまが決めた事なら歓迎するだけだ。ライバルが出来ると張り合いがあるよ」


 シークは明日また3人で装備を選びに来ると言って、店内を見渡した。案の定、グレー等級向けの装備は殆どなくなっている。


 シークはやっぱりとため息をついた。これで役目がひと段落した訳ではない。ラマナ装備店の店主に事情を話して短剣を返した後、17時までにディズに大剣を用意してあげなければならないのだ。


「えっと、グレー等級向けの大剣って、ありませんか。その、ラマナ装備店で買ってしまったソードの子に、大剣を準備してあげなくちゃいけなくて……」


「大剣か、今日はうちにも置いていない。2本あったが売れてしまった」


「そうですか……どうしよう、何とかするなんて大見得切ったけど」


「英雄、人を欺くだね」


「それは、英雄は平凡な人が思いつかない事をする、って意味だよ」


 ここまで奔走し、当初の目的だったディズの武器が用意できないのでは本末転倒だ。こればかりはシークが作る訳にもいかない。


 そんな中、もしよければと申し出たのはシャルナクだった。


「わたしが特訓で作った剣が幾つかある。大剣にしては小さいが、駆け出しなら扱いやすさを重視して、サイズを抑えるべきだと思う。おじさま、どうでしょう」


「あの剣か……まあわしが手直しすれば……なんとかなるか。分かった、代金はシャルナクが決めていい。明日取りに来なさい」


「ああ良かった、有難うございます! シャルナクも助かったよ」


「いいんだ、シークの力になれるならわたしも嬉しい」


「これは魔法剣士、人を欺かなかった、だね」


「英雄の部分を言い変えたから大丈夫って訳じゃないからね」


「そうなのかい? まったく、人の言葉って我儘なんだから」

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