ALARM-05



 * * * * * * * * *



 ただいまの時刻は朝の8時。これから武器屋マークへ受け取りに行く。シークは昨日の17時の待ち合わせで、ディズに大剣の確保を伝えていた。


 ゼスタもビアンカも装備更新のため、どうせ武器屋マークに向かわなければならない。3人はイサラ方面にあるクエストのうち2つを受注した後、すぐに武器屋マークに向かった。


「おはようございます、シークさん!」


「あ、ディズ。おはよう」


 武器屋マークの扉の前には既にディズがいた。シークがゼスタとビアンカに紹介し、店の中でディズの大剣を受け取る。


「本当に有難うございました! とても扱い易そうです」


「礼ならビエルゴさんと、シャルナクって女の子に言ってよ。頑張って仕上げてくれたんだ。今日は午前中、管理所で事務の手伝いをしているよ」


「うちの嬢ちゃんに感謝するんだな。こっちがもう良いと止めるくらい全力で仕上げた渾身の逸品だ」


 ビエルゴが自慢気に微笑む。新人の旅立ちを手伝えたことが誇らしいのだ。


「パーティーメンバーにも自慢できるぜ。見せびらかしてやれよ」


「パーティーは……これからです。今年は近接攻撃職の希望者が多くて。学校の友達もバスターになる奴があまりいなかったから」


「あーなんか経験したやつ。1年前を思い出す」


「私のバスター初日と同じね。年によって卒業者数も希望職もバラつきあるし」


 ゼスタとビアンカが苦笑いで頭を掻く。


 毎年、一部の者がパーティーを組めずに出遅れる。大抵はあぶれた者の職には偏りがあって、残った者同士ではパーティーを組み辛い。


 気が合わずに抜けた者、解散したパーティー、そういった者達で次に募集が活発になるまで2週間以上かかるだろう。


 あぶれ者ですぐに集まったシーク達のようなパターンは、実は滅多にない。


「とにかく武器は手に入ったんだし、防具は当面それでも大丈夫なはず。まずはバスター登録を済ませないとね」


 シーク達はディズを連れて管理所に向かった。既に館内は新人が長蛇の列を成している。3人でロビーの椅子に座り、ディズの受付完了を待つ。


「あの3人組だぜ」


「早速先輩面か、俺達と同じ2年目のくせに」


「どうせ俺達みたいな底辺バスターとは意識も違うんだろうさ、騎士ナイト様は」


「偽善だろ、弱い奴を踏み台にしてのし上がっただけだ」


 どこからかシーク達の悪口が聞こえてきた。周囲を確認すれば、柱の付近に3人組が立っている。1人はソード、1人はガード、そして1人は魔法使いらしい。


 装備は駆け出しのように質素なものだ。彼らは自分達で自嘲するような、俗に言う底辺バスターだろう。


 3人は明らかにシーク達を見ていて、わざと聞こえるように言っている。ビアンカは睨みを利かせつつも、ミリット・リターの事を思い出してか、グッと怒りを抑えている。


 ゼスタは相手にするだけ無駄だと諭し、視線をディズへと戻した。ところがシークは3人組の言葉を真正面から受け止めてしまい、落ち込んだ様子で呟く。


「偽善、か。そう見える人がいるって事だよね。心に刺さる」


「俺もああなってなかったって言い切れないけどさ。他人を僻んで腐ってる間に何かしろっての」


「坊やが何か悪い事したんね。違うやろうもん、お嬢達は胸を張れる事しかしとらん」


 シークはそれはそうだけどと言いつつ、まだ列に並んでいるディズを見る。感謝されて確かにいい気分だったが、最初は感謝される事など考えてもいなかった。


「俺っちが代わりに言ってやろうか。僻むな弱く見えるぞって。その……目の前まで行ってくれるならな」


「あの、シーク。落ち込むのに忙しいようだけれど……偽善っていうのは、つまりは詐欺師の事だね」


「まあ、そうだね。親切なフリをして、実はその背景にある物を利用してる、狙っているとか」


「相手もしくは第三者に不利益が生じる、そしてシークが利益を得る、という図式になるね。おっと、僕に図で示せなんて無体な事は言わないでおくれ」


「まあ……そうだね」


「シークが自分を良く見せたいと思うとする。そんなシークに助けられる人が現れる。助けられた人にとっては良い事だ」


 バルドルはいつもの調子で持論を展開する。バルドルなりの励ましだ。


「そりゃあ人助けには違いないと思うけど。どう思われるかまではこっちで決められないよ」


「良い事をして、誰も不利益を被っていない訳だよね。落ち込む必要があるかい?」


 2年目に突入したばかりでパープル等級となった。騎士の称号も得た。シークはそんな自分の肩書きに気持ちが負けている。


 僻まれる事もインチキ扱いされる事もあったが、やっぱりそれを言われると落ち込んでしまう。


「シーク。君は良い行いをしている。自分の事を相応しくないと思っているのは、誰よりも君自身じゃないのかい」


「そう……だね。こんな肩書き、貰っていいのかなって、相応しくないって思ってるのは確か。追いつくために何かしなくちゃって、焦ってるのも本当」


「この聖剣バルドルが保証する。今のところ君は特に間違っていない。落ち込む事を諦めてくれると助かるのだけれど」


「分かった。君はいつだって自信満々で、時々それに助けられるよ。こんな情けない姿、ディズには見せられないね」


 こちらを窺う3人組を無視し、シークはヒュドラ討伐について、ビアンカとゼスタと打ち合わせ始める。


 が、今度はゼスタが上の空だ。時々入り口付近をチラチラと見ては難しそうな顔をする。


「ゼスタ、どうした?」


「あ、いや……。あそこにいる女の子、朝寄った時にもいたよな。入り口の横にずっと立ってないか?」


「そう言えば。誰かを待ってるのかもしれないけど、もう開館から2時間以上経つ」


 ブロンドのショートヘアで、背中には盾が見える。俯いて、時折受付を覗くような仕草をしている。


「女の子でガード職? 嘘でしょ、ランスの私だって最初はビックリされたのに」


「昔からガード職は仲間の命を預かる職。力のある男の役目っち思われとる所があったけんね。今も変わっとらんやろ」


「女の子でガード職希望、か。パーティーに入れて貰えなかった可能性もあるわね」


「初心者のガードは動きが悪いし、ソード技を片手で繰り出しても威力がない。1人じゃグレー等級のモンスターにも手を焼く」


「……私達も1人で始めた側だけど。あんな風に出遅れたら、他人を僻むのも分からなくはないわね」


 3人は顔を見合わせて頷いた。任せてと言ってビアンカが立ち上がり、少女へ歩み寄っていく。すると、ゼスタが今度は反対へと顔を向け、階段の脇を指差した。


「気になったついで。あっちの階段にも1人、新人がずっと手すりにもたれ掛かってる。武器は何だろう、お節介なのは分かってんだけど……」


「うん。元々俺がディズに声掛けた所から始まってる訳だから、任せる」


 お節介1号が頷き、2号に続いて3号も新人へと声を掛けに行く。


「まったく、優しいのは分かるけれど。君達の事はバスターよりも救助隊と呼ぶべきだね」


「気になっただけで、これが人助けになるかも分からない」


「犯人は『俺は絶対にやってない』と言い張る。それと一緒だね。俺は優しくない、優しい事なんか何一つしないで生きて来たんだ、って」


「それ、ただの極悪非道じゃないか。そういうバルドルはどうなんだい」


 バルドルのどこかズレた言い方に、シークの気持ちはようやく浮上する。


「僕は優しいよ。見てよこの形状。ロングソードなのに片刃!」


「えっと、優しさって気持ちの話じゃなかったの? 片刃だから優しいって、何さ」


「片刃だから峰打ちが出来る、相手を殺さない事も選べる。僕の半分は優しさで出来ていると言っていいね」

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