ALARM-03

 

「同じもの……等級はグレーかい」


 予想外の言葉だったのか、店主は怪訝そうにシークを睨み、その意図を見極めようとゆっくり立ち上がった。


「どれも同じものは仕入れていない。若者が殺到するこの時期に、グレー等級の武器が余分に残ったりもせん」


「では、同じ鍛冶師の作品は」


「同じ鍛冶師……それならそっちの短剣だな」


 店主はシークへと簡単に手渡した。拍子抜けしつつ、シークはバルドルにその短剣を確かめさせる。


 店主は足が悪いのか、狭い店内の柱に掴まりながらカウンターまで戻っていった。


「……この短剣も、見えない所は何の処理もされていない。もうこの柄の中は錆びているよ」


「それは酷い。あの……店主さん」


「何だね」


「この……短剣」


 店主は短剣を睨むように目を凝らして確認すると、少し笑顔になった。


「ああ、馴染みの鍛冶師の作品だ。新人のために大忙しで最近会えていないんだがね。代わりに息子が納品に来てくれるが、信頼しているよ」


「信頼……」


「私が自信を持って勧める。そのブランドだけ並べてもいいくらいだ。坊やは運がいい、大剣を求める新人が他に来なかった」


 シークは店主の口ぶりに違和感を覚えた。バルドルが間違うはずはない。店主がこちらを騙そうとしているとしたら、立派な詐欺師だ。


「あの……、イグニスタさん。この大剣、本当に良くないんでしょうか」


「バルドルが嘘をつくことはない。あ、いや、間違う事はあるんだっけ」


「僕は本当つきだ。間違う事はあるけれど、これは間違いじゃない。本当の事だから言っておく」


 シークはバルドルの事主張を信じ、ディズの肩をポンと叩く。店主に確認しようとしたところで、ふと壁の張り紙に気が付いた。


「管理所の広報誌……俺達がゴーレムと魔王教徒を倒した日の記事だ」


「本当だ。こうして記事が貼られているだけで装備の購買意欲も湧いてきちゃいます」


「君の目がどれだけ輝いていようと、俺達はその憧れや評判に追いつくために必死だよ」


 シークの記事を店内の壁に貼っているという事は、シークを知っているという事だ。この店で買った訳でもないのに貼っている……それなのに、店主は今この瞬間もまだ『シーク・イグニスタ』に反応を示していない。


 おまけに装備を売る店なら絶対に興味を示すはずのバルドルにも、特に何も反がない。


「店主さん、あの……」


 自分から言い出すには躊躇いがあったが、シークはもしかしたらと思い、店主に尋ねた。


「店主さん、俺、この記事の……シーク・イグニスタですけど」


 シークがそう名乗った瞬間、店主はパッとシークを見上げた。ディズは何故名乗ったのか分からないようだ。店主はゆっくりと立ち上がり、柱に掴まり、ラックを手すり代わりにしながら近寄ってきた。


「あんたが、あんたがあの! ああ、本物を見たのは初めてだ、こんな気概のある若者がまだバスターの中に隠れていたんだと、胸躍っていたんだ! その背にあるのはまさか、喋る聖剣バルドルか?」


「その通り、どうもね」


「初めまして、その……もしかして目が、お悪いんですか」


「ああ、だんだんと見えなくなってきてね。眼鏡を掛けてもあまり変わらん。ただ、自分で何でもできるうちは頑張らにゃ」


 シークはディズが粗悪品を掴まされた理由が分かった。シークの心を察したバルドルが代わりに声を掛ける。


「あの、店主さん。言わせてもらうのだけれど、目が悪いせいで目利きが出来ていないね」


「……確かに、難しくなってきた。だが、何十年も付き合いのある鍛冶師から仕入れているんだ、信頼している」


「信頼しているから裏切られない、なんてことはないよ。その鍛冶師から仕入れたこの剣、酷いよ」


「バルドル」


「こういう時に『刃に鞘着せぬ物言い』をしなけりゃ、深刻さが分からないだろう」


 店主はバルドルの言葉に絶句している。品質に問題があるという事は、つまり信頼していた鍛冶師が、店主を裏切っているという事だ。


「……本当に、ここに並べられている装備は質が悪いのか。確実か」


「はい」


「なんてこった……そちらの少年の武器も、そうだと言いたいんだな。もしそうなら悪かった。代金なら返す」


 店主は武器に顔を近づけて目を凝らす。気付いた点があるのか、がっかりしたように首を振った。ディズに頭を下げ、顔を帳簿に近づけ、大剣と引き換えに金を返そうとする。


 店主は、粗悪品を売ったという認識がなかったのだ。


「……今日、いや、目を悪くしてから、これまでに装備を売った子は何十といる。もしその子達が装備のせいで怪我でもしていたら」


 店主は鍛冶師に騙されていた事になる。


「金に困っていた訳じゃない。何も出来なくなるのが怖くて現役にしがみ付いた。それがこのざまだ。バスターが名を馳せるその手伝いをしていたつもりが、最後の最後でこうしてバスターを陥れるような……」


「店主さん、責任がないとは言いませんが、その鍛冶師がこの店以外にも武器や防具を卸していたら大変です。製作者の名前を教えて下さい。この短剣、お借りします」


「ダンジー工房だ。工房を開いて80年、4代の老舗さ」


「分かりました。ディズ、武器は俺が何とか掛け合うから、明日からの武器がない、なんてことにはさせない。そうだな……今日の17時に管理所の前に集合、いいかな」


「わ、分かりました……」


 シークは工房の場所を確認し、目印となるものを見つけた。


「武器屋マークの店主さんの工房のすぐ近くだ」


「貴重な休みの日を、見ず知らずの新人の為に費やすとはね」


「少しでも役に立ってるって思わないと、明日から先輩面していられないよ」


 シークは早足で工房に向かい、建物の扉をノックした。木製の扉が内側に開くと、シークとあまり歳が変わらない若い男が出て来る。汚れたエプロン姿で額の汗をぬぐい、不審そうに眉を顰めた。


「……何か、御用? って、あんた有名なシーク・イグニスタか」


「初めまして。ここ、ダンジー工房で合っていますよね」


「ああ、そうだけど」


「管理所の近くにあるラマナ装備店に、品物を納めていますよね」


「……ああ」


 シークは店から借りてきた幅広い短剣を差し出した。


「……この武器、店主さんが発注した装備より、明らかに質が悪いんです。ここで作られたもので間違いないですか?」


 シークがそう問いただすと、若い男は嫌そうな顔をし、頭をポリポリと掻いた。質が悪い自覚があったようだ。


「……バスター管理所のお墨付き、3つ星バスターになるっていうあんたに嘘ついても良い事はなさそうだな。ここでは話せない、中で聞く」


 シークは日当たりの悪い工房の中に案内された。右手の奥には赤々と燃える炉があり、水に冷やしている剣が数本、完成品と思われるものも何本か立てかけてあった。


 申し訳程度のキッチンに、部屋の扉が2つ。若い男は被っていた帽子を脱ぎ、シークにキッチンのテーブルに座るように指示し、自分も着席した。


「……で、お前の工房の作品は出来が悪いって怒鳴りに来たのか?」


「目が悪くなった店主さんに、内容を偽って納品していた。それが許せないからここに来ました」


「……なるほどね」


 若い男はため息をつき、早くも両手を上げて降参のポーズを取る。金髪を一度掻き上げると、なぜそのような納品をするようになったのかを話し始めた。


「知ってると思うけど、ここは親父の工房だ。俺は正式に引き継いではいない」


「あなたのお父さんが、武器防具を作っていたんですね」


「ああ、先々月まではね」


「先々月まで?」


「ああ、病気で倒れた。今は入院中」

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