HERO‐08


 足を潰された死霊術士に対し、ゴーレムはなおも拳を振上げる。ゴーレムは目の前にいる死霊術士を攻撃対象として認識しているようだ。


「た、助けてくれ! 助け……!」


「グゥゥゥゥ……フゥッ!」


「たす……グブゥ」


 シークが死霊術士をゴーレムの拳から逃がそうと動いた瞬間、虚しくもゴーレムの左拳が死霊術士を殴り潰した。


 周囲に残った白い雪の上に血が飛び散り、真っ赤な染みがまるで花のように点々と咲く。ゴーレム拳からは血が滴り落ちた。


 死霊術士は動かない。誰の目にも、もう生きてはいないものとして映っていた。


「きゃ、キャァァァ!」


「うわあ、逃げろ、逃げろ!」


 様子を見ながら固まっていた者達は、1人の魔法使いの女の叫び声によって金縛りが解けたように逃げ始めた。


 拘束された他の死霊術士でさえも、警察官を急かしながら町の中へ避難しようとする。残っているのは、塀の上から辺りを照らし続ける魔法使いが数名。近接職の者は誰一人として残っていない。


「シーク、君は……一応聞いておくけれど」


「逃げないよ。俺がここで逃げたら、町の中にゴーレムが入り込んで壊滅だ」


 シークは逃げていく者達からゴーレムの注意を逸らそうと、魔法を数発畳み掛ける。ゴーレムはシークの姿を認識し、拳を体の前でゴツゴツと合わせ、好戦的なポーズを取った。


「もしかして、ゴーレムをアンデッドとして蘇らせる術と、操る術は別なのかな」


「そう考えた理由を伺っても?」


「魔具をはめた事で、操れなくなった……つまり指令塔がいなくなった。操る事ができなくなって、ただのアンデッドに戻って死霊術士を敵と見做した」


「成程。じゃあ正解をゴーレムに訊いてみるかい」


「それは……難しそうだ」


 シークが推測をしている間、ゴーレムが地面の揺れを起こしながら近づいてくる。


「どこまで完全体のゴーレムに攻撃が通じるか分からないけど……頼むよバルドル!」


「全力でね。あと、攻撃を僕で受け止めるのは無理。君の力では負ける」


「避けろ、ってか」


「その通り。ヒールソードを準備しておくれ。君が放つ魔法はシークのお好きなように」


 シークがバルドルに魔力を込めて構える。


「ストーン! いくよ! 剣閃……! ヒールソードォ!」


 シークは駆け寄りながら、ゴーレムが拳を振り上げたのをしっかり確認する。寸前で跳び上がり、地面に振り下ろされた拳めがけて技を繰り出す。そして連続で魔法を発動していく。


「アクア! ブリザード! ……トルネード! いいかいバルドル!」


「僕は君に合わせる! 好きなように戦って大丈夫」


「頼りになるよ! うおぉぉトルネードソード!」


 主にゴーレムの顔の部分を集中的に魔法攻撃し、視界を遮りつつ剣撃を加える。巨体のわりに動きが素早いゴーレムの両手に注意しつつ、常に姿勢を低くして体のバネを使いやすい状態を保つ。


 竜巻を発生させて敵を襲う魔法、トルネードの魔力を込めた時は、一番ゴーレムにダメージを与えられているという感触があった。


「ゴオォォォォ……」


 ゴーレムはシークの姿を黒く濁った目で追い、右ひじを引いて狙いを定める。


「来るよ」


 ゴーレムがシークへと強力なパンチを繰り出す。シークがギリギリの所で後ろに飛び退いて躱した時、再びゴーレムのストレートが地面の土を抉った。


「こいつの体勢を崩したい! バルドル、足を狙いたいんだけど!」


「繰り出された拳の方へ避けて、足を斬るんだ。もう片方の手の前に立つと、そっちの攻撃を受けるからね」


「成程、分かった……おっと」


 シークが後ろに飛び退こうとし、何かに背中が当たった。それは先ほどシークがストーンで出した巨石だった。


 ゴーレムは逃げ場のないシークの状況を把握していた。両手の平でシークを叩き潰すつもりで、腕を大きく広げて巨石ごと挟もうとする。


「しまった! 逃げ場が」


「前転! 股の間を抜けて後ろへ!」


「ゴオォォォォ……!」


 ゴーレムが背筋が凍りそうな程不気味な声を発する。その攻撃のタイミングを見計らい、シークは後ろの巨石を蹴るようにして勢いをつけた。


 両手の平の風圧を感じながら、ゴーレムの股の間へと飛び込むように前転し、後ろに周り込む。


「あの動きはまるで演武。次に何をするか、何が来るか、全て打ち合わせているかのようだ」


「あれで、まだ1年目……。戦う姿は初めて見たが、あれは化け物だ。勿論ゴーレムの方ではない、シーク・イグニスタ、奴は化け物だ」


 魔法使い達はシークにダメージがあれば、すぐにヒールを飛ばそうと考えている。そう考えながらも、シークの戦い方をまるで信じられないとでも言いたそうに見守っていた。


 はるか格上のモンスターを相手に、たとえ満足に攻撃が通っていなくても怯まない。


 魔法剣、魔法、あるいはその両方を同時に操っての戦闘スタイルは、ベテランの者でも今まで見たことがないものだった。


「アクアソード! トルネードソード……一刀両断クリーブアンドエンド!」


 シークは回り込んだのをチャンスだと思い、ゴーレムの右足を狙って魔法剣を繰り出す。右足には確かにバルドルで深く斬り付けたという手応えがあった。


 続けてストーンを唱え、ゴーレムの背後に巨石を出現させる。岩と岩の間に挟むつもりなのだ。


「シーク駄目だ! 今岩を出すと死角を作る!」


「えっ!?」


 しかし、バルドルはそんなシークの攻撃を制止した。シークは意味が分からず一瞬動きが遅れ、ゴーレムの動きを正確に把握できていなかった。


 バキッと何かが砕ける音と共に、シークの視界にあった巨石が粉々になる。そこでようやくゴーレムが何をしたのかが分かった。


 シークは飛んでくる岩の塊から身を守るため、バルドルを前に構えて耐えようとした。しかし……。


「シーク!」


「うっ……!? ぐっ……」


 ゴーレムは巨石を粉砕してシークへとぶつけるだけではなかった。巨石の粉砕は目くらまし、自身の拳でシークを殴りつける事が目的だったのだ。


 シークはそのままゴーレムの右ストレートをまともに喰らってしまった。


 再び軽鎧がガチャリと鳴る。シークは殴打に吹き飛ばされ、20メーテ以上も離れた町の外壁に背中を打ち付けた。


「くっ……ハァ、ハァ……痛っ」


「前から来るぞ! ヒール! プロテクト! ここならプロテクトの詠唱範囲内だ!」


「ありがとうご……っ!」


 ゴーレムが吹きとばしたシークめがけて突進してくる。シークは左に跳んで避け、前転をしてすぐに振り返った。


 大きな音がし、外壁が揺れる。ゴーレムが頭突きを喰らわせた部分は、1メーテ程の深さの穴が開いている。地面には石の破片がボロボロと崩れて溜まっていた。


「クソッ! どうやって倒したらいいんだ! ゴーレムに致命傷は……痛覚がないのか、あの状態でも立ってやがるし」


「……斬り付けたところを腐らせる、やっぱりヒールソードしかないと思う」


「トルネードソードも有効に思えたんだけど」


「いや、ヒールは僕が溜めておくから、シークは上から重ねてトルネードソードを」


「重ね掛け……か」


 シークはバルドルを目の前に構え、ヒールの魔力を込める。バルドルの刀身が淡い緑色に光ったのを確認すると、ゴーレムを壁から離すため走り出した。


 回復してもらったとはいえ、痛みがすぐに消える訳ではない。シークは歯を食いしばって腕に力を込める。


 くるぶしが隠れる程の雪の中、ゴーレムはそれをまったく邪魔だとも思わずにシークを追う。


 もう少しで追いつかれるという時、シークは右へと直角に曲がった。急に方向転換出来ないゴーレムの背中が左前に見えた所で、バルドルにトルネードの魔力を重ねた。


「ヒール・トルネードソードォォ!」


 シークの渾身のブルクラッシュが魔法剣となり、ゴーレムの右足へと右から斜めに襲い掛かる。


「絶対に……斬る!」


 シークは最後まで力を弱めず、ゴーレムの足を切断するつもりで振り切った。魔法剣はとうとうゴーレムの右足を刎ね飛ばした。


「ハァ、ハァ……よし! バルドル! もう一度だ!」

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