HERO‐07

 

「影は俺自身のものと、死霊術士の分だけ。どっちも見えてる」


「この状況で斬っちゃいけないなんて、面倒にも程があるよ。1人くらい斬っちゃっても分かりゃしないよね」


「いや、めちゃくちゃ見られてるだろ。人は斬りたくない、気絶に持ち込みたいところ……だ!」


 シークはバルドルに魔力を込める。1撃で気絶、もしくは悶絶させられるよう、峰打ちの魔法剣でも手加減はしないようだ。


「ヘルファイア!」


「毒沼!」


「ヘルファイア!」


 死霊術士が同時に攻撃を仕掛けてくる。黒い炎と毒沼が発生する場所を予測し、シークは後ろに下がってそれを避けた。思いきりバルドルで峰打ちを繰り出す。


「ファイアーソード!」


 シークはやや長めに炎の刃を作り出し、剣を水平に持つ。少し腰を低く落とした姿勢のまま360度回転した。


「ぐっ!?」


 影移動が遅れた1人が衝撃で吹き飛んだ。己のコートに着いた火を消そうと、雪の上を転げまわる。


「今のうちにそいつの拘束!」


「……はっ! 分かった!」


 シークを見守っていたバスターが達がその男を確保し、死霊術が使えないように魔具を腕にはめた。残りが2人になった事で、シークには少し笑みが戻る。


 全く脅威になっていないのは想定外だったのか、残る死霊術士2人には明らかな動揺が見られた。シークの斬撃や魔法を躱すのがやっとで、やはり戦闘に慣れていない。シークに倒されるのも時間の問題だった。


「影移動は完全に見切られているか……」


「ファイアソード!」


「チッ、影移動が逆に隙になる、退くぞ!」


 死霊術士2人がじりじりと後退し始める。シークはそれを妨害するため、氷点下でアクアを唱えて2人をずぶ濡れにした。


「ひっ!? ……くっ、卑怯な真似を!」


「このままだと凍死しますよ、降参をお勧めします」


「最初からこうすれば良かったね、シーク」


「いや、自分でもこれはちょっと卑怯かなと思ってね」


「やっぱり君は時々無慈悲深い」


「素直に非情だって言ってくれていいよ、バルドル」


 死霊術士はガタガタと震え、風が強くなる度に体をのけ反らせる。シークは瞬時に駆け寄って肩をバルドルで強打し、その場に崩れさせた。周囲で待ち構えていた者達が魔具をはめ、拘束は完了だ。


「他の門も時間の問題だと思います。さあ、なぜギリングを襲ったのか聞かせて貰います」


 死霊術士は余裕のある笑みを崩さない。シーク達を見上げてはニヤニヤしている。


 警察官が町の中に連行する際も、「俺達を捕えても無駄だ」「もうすぐ破滅が始まる」などと笑いながら捨て台詞を吐いていた。


「シーク、僕は少し気がかりなのだけれど。死霊術士の目的を見誤っていないかい」


「ひとまずこの門は無事だ。他の門が心配だから、次は西門へ急ごう」


「ちょっと待った、まだ何かいるね」


「えっ、まだ仲間が?」


 見物人が開かれた通用門から町の中へ戻っていく。シークも西門へ向かおうと一歩を踏み出そうとする。バルドルはそんなシークを制止した。


「……こっちに向かっているね。シーク、ライトボールだ。念の為、マジックポーションも使っておいた方がいい」


「分かった。ライトボール!」


 シークがライトボールを頭上数メーテまで打ち上げた事で、まだ残っていた者達が振り向く。


「やだ、地面が揺れてない?」


「お、おい何か来ているぞ!」


 微かに地面が揺れ、それが次第に強くなってくる。他の魔法使い達もその方角をライトボールで照らし始めた。


「……まさか、嘘、だろ」


 視界の先には、人の背よりもはるかに大きな影があった。


「これは僕のミスかもしれない。確かに倒したのだけれど……死体はその場に置いていた」


「そうか! 俺達がいつ、どこで倒したのかまで、既に多くの人が知ってるから……」


「アンデッド化して、操る事も可能って事だ」


「この季節ならレインボーストーンの採掘作業も止まっている。迂闊だった」


 雪原の中で、ふくらはぎ程まで積もった雪をものともせず、それはどんどんこちらへと近づいてくる。


「……ゴーレム」


 闇の中から浮かび上がったのは、数か月前倒したはずのゴーレムだった。


 跡形もなく始末した訳ではない。つまり、再びアンデッドとして蘇らせる事が出来る状態で放置してしまったのだ。


 崩れてしまえばただの岩。採掘の鉱夫も、護衛のバスターも、洞窟内の岩をゴーレムの残骸だとは認識しておらず、処分もしていなかった。


「あれは何だ! 巨大な……岩人間……の、モンスター?」


「ゴーレムです! 自信のない人は下がって! 回復魔法が使える人は援護をお願いします!」


「まさかあれもアンデッドか!?」


「確かに俺達が倒しました! だから……アンデッドです」


 シークは落胆とも、気を落ち着かせるためとも取れるため息をつき、バルドルの刃をゴーレムに向けた。


 ゴーレムの背後から黒いコートに身を包んだ死霊術士が1人現れた。


「ほう、先発隊は皆やられたか。まあいい、仲間などという戯れ合いは無用。協力し合えなくなった時点で不要だ」


「ゴーレムを蘇らせてまで、何でこの町を襲うんだ!」


「何で? ハッハッハ! 笑わせる。邪魔者がいるから、そう答えれば満足か? お前だな、シーク・イグニスタは」


「だったら何だってんだ!」


 その声は男性のものだった。シークはその死霊術士を険しい顔で睨みつける。


「お前がこの町に戻って来る事は想定済みだった。他の門には山を越えて連れてきた、第2陣のアンデッドが大量に押し寄せている頃だろう。お前1人で我が相手となるか?」


「……バルドル、アンデッドの特性とゴーレムの岩としての特性を同時に破らなきゃいけない。かなり全力になる、気力の制御を頼めるかい」


「勿論さ。僕の不手際は僕が片付けたいね。念のため言っておくけれど、お替りがしたくて処分を怠った訳じゃない」


「疑ってないよ。第2戦、成長した所を見せつけてやる」


 シークはバルドルにトルネードの魔力を込める。気力を引き出すのはバルドルの役目だ。そのままの状態を維持してアクアを唱え、少しでも表面が柔らかくなるようにと願う。


「アクア! トルネードソード!」


「とるねーど……ああ、言われちゃった」


 ゴーレムは巨石が連なった右腕でシークの斬撃をガードし、左腕でフックを狙う。


「……前回はケルベロスの片方で封印が少し効いていたんだっけ」


「そうだね、今は実質完全体だ。まずはあの死霊術士から片づけるべきかもね」


「傀儡は指令がいなきゃただの人形……ってことか!」


 シークはゴーレムの操作を止めさせようと試みる。死霊術士はゴーレムの影を巧みに利用する。動きを読みながらゴーレムの攻撃を躱すのはなかなかに難しい。


「毒沼!」


「くっ……倒しちゃいけないのが……難しい!」


「シーク! 前に避けて、そして右前、はい屈む! 一度大回りだ、ゴーレムを回り込んで」


 シークの肩や胸のプレートをゴーレムの殴打が掠める。バルドルに誘導を頼まなければ、自身がゴーレムの攻撃を受けてしまう。次に移動しそうな場所に狙いを定め、強めに魔法を放った。


「ファイアーボール!」


「命中だね」


「アクア! 峰打ちブルクラッシュ!」


 先程のようにアクアを唱え、ひるんだ死霊術士の肩を強打する。思った通り死霊術士自体の戦闘能力は高くない。その場に呻く死霊術士を押さえ付け、魔具を持っている者を呼び、すぐに腕輪をはめさせた。


「よし、確保!」


「あぶねえ、こんな奴が町の中に入ってきたら……」


 ひとまずこの場は凌げた。誰もがそう思ってゆっくりと立ち上がろうとした。


「坊主危ない!」


「シーク! 左に避けるんだ!」


 シークはゴーレムが崩れるのだと思い、咄嗟に左へと避けた。しかし右脚ギリギリを掠めたのはゴーレムの残骸などではなく、力強く打ち付けられたゴーレムの拳だった。


「え、な……んで?」


「あああああァァァ!」


 シークは避けたが、死霊術士を避難させるには間に合わなかった。


「足……が!」


 死霊術士の足がゴーレムの拳で潰された。あまりの痛みに、死霊術士は細く耳をつんざくような悲鳴を上げる。


「な……!? 魔具ははめたはずだ! それに今、指令への攻撃を……止めなかった!?」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る