HERO‐06


 町内にサイレンが鳴り響き、管理所からの放送が始まった。


 職員が警察署と役所にも連絡を入れると、続いてそれぞれの庁舎から屋内退避勧告や状況説明の放送が繰り返される。


「俺達が戦った限りでは、アンデッドを任意の場所に呼び出すことは出来ないようでした。家の中にいれば町の人は大丈夫でしょう。問題はその数です」


「僕の主の説明に付け加えるとすれば、付近のモンスターを召喚できても従える能力はないね。奴らもモンスターには攻撃されるんだ」


「有難う、バルドル」


「どういたしまして」


「治癒術が出来る者はアンデッドに回復魔法を! ポーション類の備蓄があるので、皆さんに提供いたします! 必要な分持って行くように!」


「今朝ここに来た女共は!」


「そいつらはもう捕らえてある。魔具で拘束した」


 バスターが一斉に飛び出し、町内は物々しい雰囲気になる。日が暮れた町の中、シーク達は北の門を目指して走り出した。アンデッドの発見が一番遅く、しかも一番遠いからだ。


「ここでバスターのいい所を見せなきゃね! 職業校の生徒達に示しがつかないもん」


「魔王教徒の言う事を真に受けて、バスターになるのをやめるなんて言われたくねえもんな!」


 北門の内側には松明が掲げられ、木製の防御壁が組み立てられている最中だった。バスターの数は少ない。


 門の鉄扉は無数の手が叩く音、ぶつかる音、そして何か鉄の塊のようなものを当てる鋭い音が響いていた。


「門の外はどうなっていますか!」


「まだ持ち堪えている! が、出来れば外から攻撃をして欲しい! 奴ら、隙間に何かを挟んでこじ開けようとしているんだ!」


「横の通用門が突破されるかもしれねえ、バリケードを通用門に!」


「攻撃されているのが門だけとは限らない! ヒールを撃てる者は、外壁の上に散らばって回復魔法を掛けていけ!」


「シーク、ビアンカ、俺達は外に出よう。守衛さん、監視塔から外に下りるタラップを!」


 ゼスタの呼びかけに頷き、シーク達が石造りの頑丈な外壁に上がる。高さ5メーテ程から見下ろせば、アンデッドがひしめく様子が目に飛び込んできた。


「ライトボール!」


 シークが周辺を照らし、正確な数を把握しようとする。だが数える事を早々に諦めた。100や200どころではない数だったからだ。


「こんなに沢山、どこから……」


「付近にモンスターはいないはずだ。死体の山もこんな規模じゃなかった。恐らく遠くで集めてきたんだ」


「考えている暇はない! 行こう」


 魔王教徒やアンデッドが上がってこられないよう、シーク達はタラップを途中で飛び降りた。シーク達に続いて何組かのパーティーも加勢に加わり、ようやくこちらの体勢も整う。


 塀の上には魔法使いや弓術士達が構えている。アンデッドから門を守るだけなら難しくない。


「ゼスタ、ビアンカ! アンデッドを倒しながら死霊術士ネクロマンサーを探し出そう!」


「おっけー! グングニル、行くよ! 破ァァァ……フルスイング!」


「剣閃! ケルベロス、漏らしたモンスター教えてくれ!」


「『お漏らし』くらい自覚してくれ、ったく。おっと、右ガードしろ」


「お嬢! 一度群れを分断するばい! スマウグで焼き尽くしな!」


 ギリングに着いてからも、全くモンスターを討伐できていない。そのせいか、武器達はとても活き活きと指示を出していく。


 魔法使い達は回復魔法を全体化させて放ち続ける。ヒールやケアはファイア等とは違い、前衛で戦うバスター達の邪魔にならない。


 おかげで近接攻撃職も負傷を気にせず、全く怯むことなくモンスターに斬り込んでいる。


 皆で動きを報告し合い、付け焼刃の連携は取らずとも情報は共有する。なかなかの殲滅速度に思えた。


「毒沼に気をつけろ! 雑魚は見なくていい、足元に注意しろ!」


「魔法使いはもっとライトボールを!」


「ヒールソード! 一回転……バルドル振り回すよ!」


「おっと見事に水平だ。けれど回復の斬撃で『癒し殺す』なんて、シークは慈悲深いんだか無慈悲深いんだか」


「シーク避けて! 魔槍……スマウグ!」


 シークが円状に敵を切り倒した後、ビアンカが群れを寸断するためにエネルギー波を放つ。


 アンデッドと言っても殆どがゴブリンやボアのような、グレー等級でも倒せるモンスターだ。魔王教徒が倒せるのは、所詮この程度のモンスターなのだろう。


 この場にいるバスターが苦戦するような相手ではない。


「癒し殺すって言葉、もしかして褒め殺しみたいな意味で使ってる?」


「褒めて殺す? ああ、相手を喜ばせて心拍数を上げさせ、心臓に負担を掛けて倒す事だね。おおよそ合っているかな」


「ん~、バルドルの言ってる事、そもそもが違うんだよなあ」


 アンデッドの群れは寸断され、小さな集団毎に纏めて倒されていく。数はみるみる減っていき、次第に数人の死霊術士の姿が明らかになってくる。


「チッ、近くのモンスターは狩りつくされているな、召喚が発動しない。しかしそんな事は些細な問題だ」


「ごちゃごちゃうるせー! 峰打ちで済むのを有難く思え……っこの!」


「バスター共め、どうせ勝ち目はないというのに……ヘルファイア!」


 黒いフードを被った死霊術士は、毒沼や毒霧ポイズンミストなどを使って身を守りながら動き回る。


「もう操れるアンデッドは残っていない! 降参しろ!」


「降参だと? フッ、笑わせる。お前らこそ諦めが肝心だぞ。今逃げれば己の命だけなら助かるかもしれんな」


「奴らは影移動シャドウムーブメントを使う! 影に気を付けて!」


「影移動!?」


「その場で地面に潜り、最後に向いていた方角にある影に移動できるんだ! その間は次の影移動ができないから、頭が出た瞬間に叩け!」


 シークの説明にバスター達が頷く。しかし、理解できても対処できるかどうかはまた別だ。


 魔法使い達が気を利かし、ライトボールを打ち上げ、影が出来難い空間を作りあげていく。しかしこれだけの人数がいればどうしても人の影が出来てしまう。


「うわっ!?」


「全身が影から出るまで次の影移動の詠唱は出来ない! 見切って動いて!」


「そんな、見切るなんて……!」


「危ない、後ろだ!」


 どこを次に狙われるのかを見極めても、別の角度から来られると対処が出来ない。他のバスター達は避けきれずに短剣での斬りつけを喰らったり、魔法を浴びせられて消耗していく。


「みんな、自分の後ろに影を作らないで! 足元の影の揺らぎを見るの!」


「クッソ、見切っても人間相手に斬る訳にはいかねえし、どうすりゃいいんだ」


 ゼスタとビアンカは知識があるため飲み込みも早い。一方で多くの者は避ける事すらままならない。それは個人の経験や能力の問題ではなく、バスターが原則として人間相手の戦闘をしないためだ。


 避ける動きが良くなってきた者も、攻撃に関しては手加減し過ぎている。


「キャッ!? あーんもう、対象を絞れない!」


「こっちは1人やられた! 離脱させる! ヒールをくれ!」


 完全に見切ることが出来ている者はどれ程いるのか。バルドルの見立てでは、ゼスタ、ビアンカ、他に3人いる程度だった。


「影討ち《バックスタップ》と同じだ! 動ける範囲は数メーテ! 見切れない人は退避! 魔法使いは出来るだけ広範囲をライトボールで照らして!」


「分かった! 動きに対応出来ない俺達じゃ足手まといだ、何か出来る事はあるか!」


「周囲にモンスターが出たら倒して下さい! それと動きを報告して欲しいです!  ゼスタ、ビアンカ! 見切る方法と戦術を他の門で戦っている人達に教えて欲しい!」


「分かったわ! 私は遠いけど南まで! ゼスタ、東門を!」


「おっけい! 他に動きが分かる人は西門へ伝えに行ってくれ! シーク、後は任せたぜ!」


「フッ、我々の動きを見切ったところで、お前達に勝ち目は無いというのに」


 北門の死霊術士は3人。シークは全員と対峙すべく深呼吸をした。


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