HERO‐09

 


 アンデッドだからか、それとも岩で出来た体に痛覚はないのか、ゴーレムは体勢を崩しながらも全く動じない。長い腕を振り回し、シークを払い退けようとする動きは、片足を引きずりながらでも全く衰えていない。


「全然効いてない……?」


「動き回らないだけ良しとしよう」


 機敏に動き回らなくなった分、避けるのは随分と楽になる。シークは何度も斬撃を浴びせていく。


「もう一発、いくよ!」


 シークはゴーレムの腕の振り回しを喰らいながらも、歯を食いしばって睨みつける。全力で斬りかかっていけば岩に亀裂が入り、表面が欠ける。


 それでもかつての伝説の勇者が5人がかりで倒した相手だ。シークは長期戦を覚悟していた。


「トルネードソード! 余裕がある人、ヒールをゴーレムに!」


「わ、分かりました!」


 ヒールを他の魔法使いに任せ、シークはトルネードソードに専念する。いっそう刃が大きくなった魔法剣は、いささか強靭過ぎるようにも見えた。


「もう一度……トルネード……ソード!」


「グゥゥゥ……」


 シークの魔法剣がゴーレムの背中を深く斬り付ける。ゴーレムの動きを見切るのも容易になり、シークは息を切らしながらも攻撃の手を止めない。


「ふん……ぬっ! 腕を狙う! 片方落とせば勝ったも同然だ!」


「腕の関節部分を狙うんだ。分かり辛いけれど、ゴーレムが腕を曲げる時の規則的な動きを見極めるんだ」


「分かった。おっと!」


 歩くことが出来なくなったからといって、力が弱まった訳ではない。シークが飛び退いた地面は抉れ、雪と土が舞い上がる。吐く息も白いシークは、汗をかいたせいか体から白く湯気が立ち上っていた。


「腕の動き、大体把握できた……いくぞ! 次のトルネードソードで断つ!」


 シークは残りの魔力を少し気にしながら魔法剣を生み出す。深呼吸をし、腕の関節部分に狙いを定め、振りかざされるゴーレムの右腕を躱す。直後に左腕のど真ん中へと斬りかかる。


 しかし、そんなシークを予想外の攻撃が襲った。


「……えっ」


「シーク、トルネードだ!」


「はっ、トルネー…くっ!」


 一瞬何が起こったのか分からなかったが、気づいた時には視界が遮られ、そして背中を何かに押し潰されていた。


「な……何が」


 シークは重しになっているものからなんとか抜け出し、その正体を確かめる。


「岩……? もしかして、こいつ自分の足を攻撃に使った……」


「魔法だね。ゴーレムが魔法を使ってストーンバレットを放ったんだ」


「モンスターが魔法を!?」


 シークが咳込み、僅かに口の端に血を垂らす。再び始まったゴーレムの殴りつけを避けつつも、モンスターであるゴーレムが魔法を使った事に動揺を隠せない。


「バルドル、ゴーレムって魔法を使えるのか!?」


「いや、使えない。少なくとも300年前は使えなかった」


「じゃあ何で魔法を……」


「考えている暇があるかい? 次が来るよ」


 シークはもう一度魔法剣を繰り出そうとしていた。なるべくゴーレムの体に近づき、ストーンを放たれないように立ち回る。しかしゴーレムは全くストーンを放つことに躊躇いがない。


「くっ! これじゃ……攻撃が出来ない!」


「グオォォ……」


「ストーンを止めさせないと! 魔法を使われるってこんなに厄介だったのか!」


「他剣の『一振り』見て我が『一振り』直せってやつだね」


 ストーンを避けながら、更にはゴーレムの殴打も避けなければならない。回復魔法を掛けてもらっていても、だんだんとゴーレムの攻撃が直撃する回数は増えていく。


「くっ……!」


「シーク」


「いやだ……ここでまたバルドルに頼らなきゃいけないなんて、格好悪すぎる」


「僕はいつも君に頼っているんだ、ここで……おっと右、いったん後ろに……僕に頼ってくれるってのも聖剣冥利に尽きるのだけれど」


 せいぜい数十キロの岩が出現するだけなのだが、足場は不安定になり、動きが制限される。シークは完全に圧されていた。


「くっそ……うぐっ!?」


 シークがストーンを避ける動きをゴーレムに読まれた。腹にゴーレムのフックを受けて吹き飛ぶ。


「うぉえ……ゲホッ」


 その拍子にバルドルがシークの手から離れてしまった。シークから数メーテ離れた雪の上に突き刺さる。


「ああ、何てことだ! シーク、ねえシークってば! 起きておくれ!」


 シークは反応を見せない。戦闘によって雪が融けた地面の上に俯せに倒れた気絶している。


「ああ、まずいぞ……シーク・イグニスタがゴーレムにやられた! ヒールで起きねえ!」


ゴーレムの体力を少しずつ削っていた魔法使い達に、ゴーレムの標的が移る。体を擦りながら近寄ってくるゴーレムに、城壁の上の魔法使い達は成す術もない。


 バルドルはシークの名を必死に呼び続ける。ゴーレムがあと10メーテも進めば、意識のないシークは押し潰されてしまうだろう。


 共鳴をしようにも、シークの手から離れた状態ではそれも叶わない。


 バルドルは自分で動けない事を心の底から、初めて恨んでいた。


 主がその刀身の前で殺されていく姿を見る日が、こんなにもあっけなく訪れると思っていなかった。


 と、その時だった。


魔槍スマウグ!」


 ゴーレムの左側に閃光が見え、そしてその閃光がゴーレムを吹き飛ばした。


「ハァ、ハァ、間に合った!?」


 続いて駆け寄って来たのはビアンカだった。ビアンカの渾身の技がゴーレムの体勢を崩し、腕の付け根をぐらつかせたのだ。そのせいでゴーレムは転げ、シークまであと僅かの所で止まった。


「シーク! ああもう! 勢いで来ちゃったけどどうしよう!」


 死霊術士を捕え終わった後、ビアンカは門の守りを他のバスターに任せ、シークの加勢に駆け付けた。だがシークは地面の上に倒れている。今度はビアンカが1人で相手をしなければならない。


「ビアンカ! グングニル! ゴーレムは魔法を使う! 威力はそうでもないけれど、ストーンに気を付けておくれ!」


「なんですって!? 魔法を!?」


「お嬢、ええかね。シーク坊やは恐らく接近戦をしとったはず。けどこの状況を見る限り、接近戦は危ないばい」


「ええ、そうね……」


「ゴーレムの注意を引き付けながら、あたしの矛先を常にゴーレムに向けとき! 気力ば溜めてくれたらあたしが放つ!」


 壁の上の魔法使いが再びゴーレムをライトボールで照らし、辺りは明るくなる。その中でビアンカはゴーレムをキッと睨みつけながら、シークから引き離そうとする。


「バルドル! あなたシークと共鳴は出来る?」


「シークに意識があれば! なかったらシークの手の中にあっても共鳴は出来ないんだ」


「じゃあ私があんたを拾ってシークの手に握らせるだけじゃ駄目って事ね! グングニル、私と共鳴お願い!」


「……分かった。お嬢の体を乱暴には扱わん」


 ビアンカはゴーレムを目の前にして一度体の力を抜いた。その瞬間、ゴーレムの右拳がビアンカの頭上から襲い掛かる。


 が、その攻撃をビアンカはグングニルの柄を両手で支えて受け止めた。風圧でその場の雪が舞い上がる中、ビアンカは目を開く。


「今、お嬢に乱暴に扱わんっち約束したところやろが」


 ビアンカ(グングニル)はゴーレムから距離を取り、矛先をまるで星のように輝かせ始める。


「流星槍!」


 ビアンカ(グングニル)が高く跳び上がり、そして光る矛先をゴーレムに向けて突き下ろす。その軌跡はまるで流れ星のよう。外壁の上にいた魔法使い達からは、思わず感嘆の声が上がった。


「チッ、硬いね。攻撃は当てられるけど、やっぱり物理攻撃じゃ分が悪いばい。シーク坊やに復帰して貰わんと……」


「グウゥゥ」


 ゴーレムの低い唸りと共に、ビアンカ(グングニル)にもストーンでの攻撃が始まる。それを避けながら攻撃のタイミングを計っていると、繰り出された岩が砂のように散った。


「どういう状況かわかんねーけど、岩の方は俺に任せろ、ビアンカ!」


「ゼスタちゃんね! 助かった!」


「その声……グングニル? 共鳴か!」


「そうたい! あたしがゴーレムを受け持つけん、バルドル坊やをシーク坊やの所に!」

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