HERO‐03


 * * * * * * * * *




 ナハラ村から北へ進み、ナハ山を左手に望むようになれば、ようやくジルダ共和国に入国となる。3人を乗せた馬車は、2日目の夕方には国境の北にあるスタラ村に辿り着いた。


 スタラ村で馬を交代させると、1時間も滞在せずに更に北上していく。雪に覆われたスタ平原の街道は、いつかの「雪かき大会」の要領で綺麗に雪が融かされていた。


「この街道は、皆さんが始めた雪を解かす大会の要領で維持しているのですよ」


「この季節にしては街道が整備されていると思ったら、そういう事か」


「あのヤケクソ大会も無駄じゃなかったのね」


 馬車は順調に北上していく。更に丸2日経った夕方には、アスタ村の南門へと辿り着いた。


「着いた……ああ、ギリングはまだ北だけど」


「とりあえず、見た感じだと無事なようね」


 高緯度にあるためか、午後3時だというのにもう陽が沈み始めている。高床式の木造の平屋は雪を被り、床下に置かれた薪は被せられたシートごと雪に埋まっている。


「あと1時間もしないでギリングに着くが、お三人方はどうする」


「少し休憩させて下さい、村の様子を確認したいんです!」


「分かった。準備が出来たら厩舎に来てくれ」


 御者の男は村長の家の前で馬車を置き、馬を厩舎に連れて行く。


「ビアンカ、ゼスタ、村長に言って電話を使わせて貰って。家に連絡を」


「うん、管理所にも連絡を入れておくわね」


「連絡が付いたらシークの家に寄るから、町の状況はそこで話す、いいか?」


「うん、じゃあ後で」


 シークは小走りで家に向かう。すれ違う村人が皆「おかえり」と言ってくれるたび、その全てに「ただいま」と返す。


「バスターの姿が多いね。ああ村の規模に対してって意味だよ、田舎なのになんて意味じゃない」


「……お気遣いどうも。見たところ、警察官のような格好の人もチラホラ」


「厳戒態勢、ってことなのかな」


 メインストリートを西に曲がると、数分でシークの実家に着く。シークは玄関の厚いドアをノックし、そっとドアを押し開いた。


「ただいまー、久しぶり」


「あっ、兄ちゃん!」


「あらシーク!? 良かった、無事なのね! お父さんは警備の輪番で今日は留守よ」


「お母さん、チッキー、僕もお邪魔しても?」


「ええ、勿論。さあ荷物を置いてしまいなさい。大変だったわね」


 シークは自室に戻って鞄をベッドの横に置くと、コートを脱いで掛ける。


「シーク、僕はその……荷物じゃないかと伺っても?」


「安心しなよ、君はこの家では客人……いや、客剣かな? お客さんだよ」


「それは良かった」


 軽鎧のままリビングに戻ったシークは、母親に後からビアンカとゼスタが来る事を伝えて椅子に座った。


「チッキー、テュールと上手くやってるかい」


「うん。テュールは隣に座ってる!」


 チッキーは横に置かれた小さな丸椅子を指差してから、テュールを持ち上げた。どうやらチッキーは、予想通りテュールを片時も放していないらしい。


「シーク様、それにバルドル。お久しぶりです。拝見する限りではお元気そうで」


「どうもね」


「チッキーがお世話になってます。村の生活はどうかな」


「長閑で、しっかりとした役割があり、とても充実しております。チッキー様もとても大切にして下さいますので」


 テュールの刃には、チッキーお手製の不格好な革のカバーが取り付けられている。大切にしているというのは本当らしい。いや、溺愛というべきか。


「この兄にして、この弟ありだね。君達兄弟は物に対して敬意を払えるいい人間だよ」


「バルドルの言う通りです。これほど大切にされた事など、わたくしは今までありませんよ」


 言葉をそのまま受け取っていいのかは分からないが、バルドルが何も言わない所を見ると、テュールは今の生活におおむね満足しているのだろう。


「ねえ、村で変わった事はなかった? 前に来たような魔王教徒とか」


「変な人は何回か来たよ。でもバスターの人がいっぱい来て、ずっと警備してくれてるんだ」


「アンデッドは弱点も分かってるし、対処出来てるってことか」


「あれ、兄ちゃん知らないの?」


「ん? 何を?」


「昨日から町が……」


 チッキーが何かを言おうとした時、玄関のドアがノックされた。シークよりも先に母親が開けると、肩で息をするビアンカとゼスタの姿があった。


「あら、いらっしゃい。ゼスタくんと……そちらは?」


「ハァ、ハァ……あ、ビアンカ・ユレイナスです。初めまして、シークのお母様。バスターになった翌日から……ゴホン、ハァ……一緒にパーティーを組ませて、いただいております」


「ユレイナスって、まあ、ユレイナス商会の! シークから頼もしい仲間がいるって聞いてましたけど、お嬢さんがそうなのね。さあどうぞ、中に入ってお座りなさい。ほら、ゼスタ君も」


「お邪魔します。それよりシーク、大変だ!」


 ゼスタとビアンカは明らかに慌てていた。シークは落ち着くように言ってから、コップに水を入れて渡した。


 冬場は管が凍ってしまうので、各家庭は保温材を巻いたタンクを準備している。タンクの水を汲んだという事は、今日は水道管が凍っているという事だ。


「それで……大変って?」


「ギリングで、なんか訳の分かんねえ団体が『武器は人を傷つける恐れがある』とかって、バスター排除の抗議活動を始めたらしいんだ!」


「えっ、何だそれ」


「子供の教育に悪いとか、犯罪に使われるとか、それで管理所の前も連日大騒動らしい」


「このネクロマンサーが襲ってくるって時に、そんな事してる場合じゃないだろ」


 シークは予想もしていなかった事態に、怪訝そうな顔を隠せない。各町や村はバスターに農地を守ってもらい、街道では護衛を依頼して生活を成り立たせている。


 バスターは冒険者という側面以外にも、安全な生活をする上で欠かせない役割を担っている。それを排除した時、どうなるのかは目に見えている事なのだが……。


「この抗議活動も、もしかしたら魔王教徒の動きと関係があるんじゃないかって、管理所の人が言ってたわ」


「ギリング以外の町ではそんなに活動の形跡がないんだとさ。このタイミングで不自然だよな」


「……ギリングを攻め易いように、内部から動かしている人がいる……のかな」


「もう、ヒュドラとアークドラゴンに集中したいのに、何で人間を相手に悩まなくちゃならないのよ!」


 相手が町の住民やネクロマンサーであれば、武器で斬る訳にはいかない。きっと活動家達はそれを分かった上で、今回の抗議活動をしている。


 抗議活動に対抗すれば「ほら今手を出した!」などと言い張るきっかけを与えてしまう。バスター管理所は静観する他なかった。


「僕としてはとても面白くない展開だね。人間相手じゃ僕の出番がない」


「あたしもたい。抗議しよる人を一回荒野に追い出して、武器がなかったらどげんなるか知らしめたらいいんよ」


「人間を傷つけなけりゃいいんだろ? だいたい使うのは人間なんだぜ? 危ねえ奴は、武器がなくたって別の手段で人を傷つけるさ」


「包丁なんて、誰も使えなくなるね」


 武器達も、今回の抗議活動にはたいそうな不満を抱いているようだ。


「包丁は目的が料理だからいいんだってよ。訳分かんねえよな」


「武器だってモンスター討伐が目的で、人間を攻撃する目的はないのだけれど」


「奴らにとって重要なのは、自分が正しいと認めさせる事なんだ。本当に正解かどうかなんてどうでもいいんだよ」


 ビアンカはシークに町で起きている抗議を詳しく聞かせ、それに伴う町の反応やバスターの動きを説明していく。


「バスターはこのアスタ村や、南東のマリ村に拠点を移しているらしいわ」


「魔王教徒の仕業なら思う壺だね。早くギリングに向かった方がいい」

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