HERO‐02



 * * * * * * * * *




「いやあ、見てくれたかい、あの綺麗な断面を! 一刀両断とはまさにあれだね」


「スマウグで塵も残らんかったばい、ありゃあ気持ちよかった!」


「三連撃で細切れになっていくあの達成感、言い表すのが難しいぜ、あーもう一体出ねえかな」


「シーク、君達がご飯をそうするように、僕もお替りをお願いしても?」


「無益な殺生はしません。ほら、急ぐよ。うー寒い、船の上と同じくらい寒い」


 砂漠と言えども陽が沈むと寒く、殊更真冬の気温はとても低い。少しでも国境に近付き、出来る事なら村で休みたいところだ。


「モンスター退治を無益だなんて! それこそ武器に対して殺生な話なのだけれど」


「急がないと凍死するんだよ、俺達への殺生になっちゃうんだよ。冬の夜の砂漠の寒さは行きにも経験しただろ」


「あ、あったわ。キラーサンドスコーピオン……オレンジランク! リディカさんから貰ったノートだと、顎の鋏で獲物を捕え、砂の中に引きずり込んで窒息させ、保存食として少しずつ……」


「ビアンカ、朗読やめろ! なんだそれ、気持ちわりい」


「ほら、お替りしたくなってきた」


「しないって。急ぐんだってば」


「はぁ。嫌だって言っても、きっと君達は急ぐんだ。剣権も人間の前には『刃』が立たない」


 歩きづらい上に砂嵐も発生し、夕暮れ前には立ち往生する羽目になった。シークが放ったストーンの影でやり過ごすなど、時間のロスがかなり痛い。


「はぁ~やっと着いた! もう朝が近いけど、少し休憩しよう。事情を話せば朝からでも宿開けてくれるかも」


 砂漠東端に位置するナハラ村に着いた頃には、もう日付が変わっていた。


 朝方に発生する霧や、北西のナハ山周辺の空気の影響で、雨は降らないのに雪が積もる。中緯度にある砂漠だからこその、他では珍しい現象だ。


 その光景を見ようと訪れる者もいるくらいだが、生憎今のシーク達にこの光景を喜ぶような気力はない。


「そうね。とりあえず温かい食べ物と、着替えが出来る場所が欲しいわ」


 凍えそうな夜にそのまま休憩や野営をする訳にはいかない。シーク達は監視塔を見上げ、ぺこりと頭を下げる。双眼鏡を取り出した監視の男は、シーク達の姿を確認して一度顔を引っ込めた。


「……いなくなったんだけど」


「こんな夜明け前に訪問するバスターなんて、警戒されて当然だよな。場合によっては俺達を魔王教徒と勘違いして怪しんでるのかも」


「このまま足止めは結構辛いな……何のために休まず移動したんだか」


「あーお風呂入りたい! 清潔なおトイレ使いたい!」


「……うっわ、バルドル反応ないと思ったら寝てるし! こいつきったねー!」


「グングニルも、モンスターが出たら起こしてって言って寝ちゃったわ。まあ、武器達は暇よね」


 監視役が門を開けてくれなければ、どんなに寒くても外で待ち続けるしかない。


 静まり返った村の外は、崩れたタンブルウィードが重なっている。風の通り道、つまりここは寒いということだ。まばらに生えたマメ科の草もうっすら白い。


 ここで朝まで過ごすとなると、本当に凍死しかねない。シーク達はその場で足を動かし、体温を保とうと小刻みに動き続ける。


 数分程そうやっていると、監視塔から再び監視役の男が覗き込んだ。辺りが暗い時間にも関わらず、シーク達に大声で話しかける。


「あんたら、バスターだな!」


「そうです!」


「それなら名前と、バスター等級と、登録地と、登録職を教えてくれ!」


 東側の村では門で受付をするだけだっただが……バスター管理所や国からの警戒命令が出ているせいか、この村は厳重に警備を行っていた。


「ゼスタ・ユノーです! えっと等級はオレンジ、ジルダのギリング登録、ダブルソードです」


「ビアンカ・ユレイナスです! 等級はオレンジ、同じくギリング登録、ランスです!」


「シーク・イグニスタです、オレンジでギリング登録、マジシャンです」



 シーク達がそれぞれ順番に答えると、男は再び姿を消した。それも束の間、すぐに木製の重そうな門が真ん中で分かれて上下に開き始める。その奥には数十人程の村人やバスターが待ち構えていた。


「えっと……これ、どういう状況?」


「まさか、私達を追い払うため……とか」


「いやいや! マイムの管理所はこの村を通って国境を越えろって、馬車も用意してくれているはずだぜ!?」


 門は開いたが状況を上手く把握できない。呆然として立っていると、その中から先程の監視役の男が1人、前に出た。


「勇敢なバスターの皆さん! 首を長くしてお待ちしておりました! さあ、中へ!」


「凶悪なモンスターや、魔王教徒とか言う変な集団から各地を救って回っているそうで!」


「ようやく来たか! ほら、今話題のソードマジシャン、本物のシーク・イグニスタだぜ!」


「ゼスタ・ユノーは希少なダブルソードらしいぜ? 別のパーティーが戦っている所を見たんだってよ」


「本当に女性槍術士っているんだなあ……美人なのに勇ましいんだなあ」


 こんな時間にこれだけの村人やバスターが集まっていたのは、シーク達の到着を待っていたかららしい。


 よく考えればこんな辺境の村において、全世界のバスターの名前や登録地を調べる事など無理だ。シーク達が訪れたら中へ入れるようにと、既に通達が回っているという事になる。


 そうしてここに集まっているのは、一躍有名になった駆け出しバスターを一目見たいだけの者達。


 つまりは歓迎されている。


「ああ、なんだかそんなつもりないのにここまで歓迎されると……どうしていいか分かんないや」


「私も、流石にここで有名人気取りで手を振り返せる程、勘違いもしてないし自惚れてもいないわ」


「俺、なんかダブルソードってだけで、珍獣みたいな扱いになってんだけど……」


 3人を囲んでついてくる者はどんどん増えていく。早く休みたいと思いつつ、雪がシャリシャリと音を立てる道を歩いていると、前方に1人の老人が現れた。


「ようこそ3人の勇敢なバスターさん。私はこの村の村長です。到着されるのを今か今かとお待ちしておりました」


 村長は深夜だというのに疲れも見せず、労いを込めてニッコリと笑う。長めの白髪を掻きわけ、広くなったおでこが露わになる。


「良かった。宿か、もしくは村長の家で休ませて貰えるみたいだね」


「もう先に休んでる武器共が憎たらしいが、ようやく落ち着ける」


 シーク達の後を、相変わらず村の者やバスター達が付いて来る。


 雑に塗られた土壁の家が並ぶメインストリートを、灯りもないのに大勢が歩く。異様な光景だ。


 注目され過ぎてゆっくり休めるかどうか分からない。不安な3人の心を知ってか知らずか、村長は数分で足を止め、目の前にあるものを両手でこれだ! と披露した。


「さあさあ、お急ぎなのでしょう? 既に準備は出来ておりますよ!」


「え!?」


 そこにあったのは、立派過ぎる4人乗りの馬車だった。


「驚かれた事でしょう! 貴族が使うような乗り心地の、とびきりの馬車を用意しました。ギリングに戻られてからの一層の活躍を期待しておりますよ! どうか、ご武運を」


「ああ、休ませてくれるんじゃなくて、早く行けってことか……」


「急ぐっちゃあ急ぐけど……これって、有難い事だよな。うん、有難いんだ」


 違う、そうじゃないと言いたい気持ちを抑え、3人は勇ましいような表情を繕う。見送りの者達に「行ってきます!」と力強い返事をした後、動き始めた馬車の中でぐったりして目を瞑った。


 勇ましい若者だった、村人はそう語り継ぐだろう。馬車の中でガッカリしていた事は、伏せた方がいいに違いない。

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