【14】HERO~人々が彼らを英雄と呼ぶきっかけの話~
HERO‐01
【14】
HERO~人々が彼らを英雄と呼ぶきっかけの話~
ジルダ共和国の南に位置する砂漠の国、テレスト王国。
東、西、南の3方を海と接しており、西のエンリケ公国の海峡を抜けて来る寒流の影響で殆ど雨が降らない。西の海岸付近を中心に、国の面積の80%を砂漠が占める。
テレストの北西に流れる川や、西のエンリケ公国の川が運んだ砂は、海風によって巻き上げられる。それらがテレストで砂丘の形成しを促し、現在の地形になったと言われている。
「凄い砂の壁! 夕陽に照らされて、まるでオレンジ色の砂糖菓子みたい!」
「砂漠の蜃気楼に惑わされて食うなよ」
「わ、私そこまで食い意地張ってないんですけど!」
酸化した砂鉄によって表面が赤く染まり、太陽の光が風景に濃淡を創り上げる。その美しさに魅了される写真家は後を絶たない。
シーク達を乗せた警戒艇はゴビドワで1度燃料補給をし、他所には寄港しなかった。おかげでもう間もなくテレストの西海岸の北端に辿り着く。
南半球が夏なら、北半球のテレストは冬。途中で悪天候に見舞われ、船が転覆するのではないか心配する程の揺れも経験した。
「こんなに魚を毎日食えるってのも、考えたら贅沢だよな」
「ジルダ共和国じゃ高級品だからね。新鮮な魚なんて特に」
ゼスタとビアンカは大揺れを経験し、ついに船に慣れたようだ。後半はエンジン休めの間に釣りをしたりと、船旅をそれなりに楽しんでいた。
早めに着く事は出来なかったが、それでも燃料や食料調達の寄港を含めて2週間と1日。予定通りと言える。
「この先になだらかな砂浜がある。そこは歩いても安全だ。それより北は連なる山からの断崖絶壁で船が着けられそうにないし、手前の砂丘は船から降りても足元が脆くて歩けない」
「分かりました、そこで降ろしていただけますか?」
船は砂の壁しか見えない海岸沿いを進み、僅かに平らになった砂浜に到着した。タラップを注意深く降り、更に木板を真っ直ぐ伸ばすと、無事に砂浜へ降りる事が出来た。
「有難うございました!」
「礼を言われるにはまだ早い、君達が間に合っていなきゃ意味がないんだ。さあ、急いで向かってくれ」
「はい!」
「みなさんお元気で! さようなら!」
「おっちゃん達、またいつか!」
操縦士の2人は笑顔で「早く行け」とジェスチャーをする。互いに名残惜しい別れだが、せっかく急いだのだから手を振り合っている余裕はない。
シーク達は一列に並んで深々と頭を下げた後、内陸を目指して歩き始めた。後方ではスクリューを逆回転させ、砂浜を離れていく警戒艇の動力音が聞こえる。
「モンスターにも気を付けないと。行きに通ったところと全然違う地形だし」
「ああ、テレストの港までは街道があったし、歩き易かったからな」
「シーク、止まっておくれ」
「え、何? 何かあった?」
「僕からのお願いを聞いて欲しくて、わざと黙っていたのだけれど」
「……何」
「キラーサンドスコーピオンが、数メーテ後ろの砂の中を追いかけてきているんだ」
「はぁっ!? ちょっと、早く言ってよ!」
バルドルの突然の報告に、シークは思わず大きな声を出してしまった。幸いにも声は周囲の砂に吸収されたが、こんな所で存在を主張すればモンスターを集める事にもなりかねない。
「……グングニル、まさかあなたも気づいてたの?」
「ん? てっきり知っとるもんと思っとったばい、無視しとるんやねと」
「ケルベロス、お前、さっきから『よし』って言ってたの、まさかこれじゃねえよな」
「これの事だけど、何か問題あんのか? テメエらが無視するっつったんだろ、無視していりゃあいい。ああすりゃいいさ」
「馬鹿! この状況じゃ逃げられねーだろうが!」
バルドル達は、わざと戦闘を避けられないタイミングまで黙っていたのだ。
「だって、僕は斬りたいんだ! モンスターを斬りたい! この2週間、5体のサハギンに、3体のドラゴンフィッシュ! たったそれだけで満足できる訳がない! 斬り足りない! もう我慢できないんだ、斬り足りたいんだ!」
「あたしもバシーッと貫いて、スカッとしたいっちゃね。もうね、戦いとうてたまらんの、バルドル坊やの言う通り、じっとしとられんの」
「じっとって、あなた動けないでしょ。もう……」
「ああ、久しぶりの大物相手だ、武器振るいがするぜ! 戦ってくれよ、な? 次は逃げていい、なんならちゃんと報告もするからよ!」
シーク達は深いため息をついた。仕方なくそれぞれが波打つ砂の表面に向かって構える。
やがてクワガタの
「……でけえサソリだな、しかも固そうだ」
「昆虫や甲殻類系のモンスターは、その節や柔らかい部分だけを攻撃するんだ」
「ったくその聖剣、自分達で差し向けておいてアドバイスとは、ふてえ野郎だぜ」
「どうもね」
ビアンカがグングニルの矛先を下げた。地中に半分隠れたままの体を完全に地表に出させるつもりだ。
「スクープアタック!」
「ギキィィィィ!」
「おお、上手いじゃねーか! よっしゃ、昇竜斬・双!」
キラーサンドスコーピオンが掬い上げられ、着地に失敗して仰向けに倒れる。そこへゼスタが駆け寄ってケルベロスを逆手に持ち、両手で下から上へと斬り上げた。胴体と腹の間を切り付けられ、黄色い体液が流れ出す。
体を左右に振ってもがくその様子は、苦しんでいるようにも見える。だが昆虫は頭と体が離れても動きまわる程の生命力がある。これくらいでは致命傷にならない。
「シーク、シーク! あの傷の部分にファイアーソードなんてオススメなのだけれど!」
「分かったよ。ビアンカ、突き刺して固定して! ゼスタ、頭を!」
「おっけい!」
キラーサンドスコーピオンは背を反って反動をつける。うつ伏せの状態に戻ろうとしているのだ。
ビアンカは跳び上がって上から突き刺し、砂の上に固定させようとした。しかし、砂の上では踏ん張りがきかず、高く跳ぶ事が出来ない。
「シーク、足場作って!」
「……そっか、了解! 弱く、弱く……すとーんばれっ……とぉ」
巨石が降ってきては意味がない。シークはとても弱々しく、呟くようにボソッと術を発動させた。
「さっすが!」
「魔法が弱い事を褒められるって、何だかなぁ」
「いいの! いくよっ、アンカースピアァ!」
ビアンカの一撃は、キラーサンドスコーピオンの胴体の一番薄い部分を貫いた。
それに続き、ゼスタも同じ石を足場として跳び上がる。ケルベロスの刃を普段とは逆に向け、左右の手を僅かな差で内側から外側へ払うように繰り出し、斜め下から斬り払う。
「クロスソード!」
キラーサンドスコーピオンの鋏が2本ともなくなった。もはやただ大きいだけの昆虫だ。しかし、サソリの注意すべき点は頭だけではない。
「ビアンカ、一旦退け! 尻尾のとげが!」
「あっぶな! きゃっ!? こいつ尻尾から毒を飛ばしてくる!」
「ゼスタ、傷の所任せていい? 俺が尻尾斬り落とす!」
「分かった!」
「胴体凍らせる、ブリザード!」
シークはキラーサンドスコーピオンの胴体を氷漬けにした。尻尾への攻撃に集中するためだ。左右、上下に振り回される尻尾の攻撃を読みつつ、シークはバルドルに魔力を込めた。
「ビアンカ、グングニルを引き抜いてゼスタの加勢に! いくよバルドル」
「この瞬間のために生きている気分だよ」
「それはどうも……エアリアルソード!」
シークの魔法剣が風の刃を生み出し、暴れ狂う尻尾が体を失った。もう恐れるものは何もない。シークは少し考え、ビアンカとゼスタに提案した。
「とどめはバルドル達の希望通りに! さあバルドルさん、お好みの攻撃を」
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