GO ROUND‐10

 


 * * * * * * * * *




 ギタカムア山。


 南半球に位置し、南北に長いマガナン大陸において、中央を縦断する山脈の北側に位置する山だ。


 山の中腹から裾野までを岩や赤茶色の土に覆われ、草木は殆ど見当たらない。


 山頂は標高が5000メーテ以上あるにも関わらず、殆ど雪が降らない。冬が乾季である事に加え、赤道に近い緯度に位置するからだ。


 山の様子は一年を通して殆ど変わることがなく、訪れるのが難しい訳でもない。しかしながら目的がないため誰も来ない。


「バルドル、アルジュナってどこにあるんだ? キマイラを封印した場所、覚えてる?」


「その場所に着いたら思い出すよ、多分ね」


「そんないい加減な。君が300年後のバスターを案内する役目を担ったんだろ?」


「僕に位置関係を正確に把握しろなんて、それは横暴だよシーク。僕は見たままの景色しか分からないのだから」


「レインボーストーン探しの時みたいに、地道に歩いて探すしかないか」


 なんとも頼りないバルドルの発言に、シーク達は肩を落とす。そんな中、何かを閃いたのはテディだった。


「あの……バルドルさん、まず山のどの方角だったかは分かりますか?」


「えっと、そうだね。真夏の夕方に、太陽が真正面の遥か遠い海に沈んだと思う」


「ということは、南半球の真夏だと今と同じで南西寄り……うん、この緯度でシロ村の方向ですね。その地点から見て、他の山の高さはどうでしたか?」


「えっと……南に連なる尾根へと登っていけたと思う。えっと……つまりは隣の山との谷間が近かったのかも」


 何項目かの質問をまとめ、テディがおおよその場所を割り出す。見渡す限り赤茶色の瓦礫の山の中、やみくもに歩かなくても済みそうだ。


 皆は辺りが暗くなると、ずいぶんと近くなってきたギタカムア山を正面に、野営をすることにした。


「さっきのプレデトリーグラス……だっけ、草みたいなモンスター」


「ああ、気持ち悪かったな。つるみたいなのがニュルニュルって出てきて」


「どうしよう、寝てる間にあんなのが来たら」


「お嬢、安心し。今ここになかったら大丈夫ばい。風や逃げた動物に幼生を乗せて繁殖していくけん、あのタイプは自分では移動せんと」


 日暮れ前、ビアンカはうっかり蔓を踏んでしまった。プレデトリーグラスはその時まさにモグラを捕食している最中で、思い出しただけでも鳥肌が立つ。


 植物に近いモンスターは、みじん切り程にまで切り刻まなければ死なない。移動できないと言っても厄介だ。


「甘く見ない方がいいぞ。出入りする馬車や人間や動物に踏まれて欠片でも張り付けば、いつのまにか繁殖して村を覆う事もある。ホワイト等級相当だが、有害度で言えばかなり上位だね」


「焼いちゃうのが一番だけど、建物に生えたら家を焼かなくちゃいけないんだよね。寿命まで待ってられないし、確かに怖い」


「ああもう、やめよやめよ! 怖いもん!」


 ビアンカは耳を塞ぎ、厚手のブランケットの上で横になる。今日の野営では、ゴウン達のパーティーが交代で見張ってくれる。まだ本調子ではないシーク達を気遣っての事だ。


「そう言えば明日で今年も終わりだな。こんなに充実した1年になるとは思ってなかったぜ」


「あ、そうか。もう12月も終わりだったね。旅が長いと感覚が狂っちゃうな」


「こうやって大好きなメンバーで年越しなんて、ちょっと嬉しいわ」


「その大好きなメンバーの中に、もしよろしければ僕達を入れて貰っても?」


「勿論よ。みなさん、見張り有難うございます。何かあったらすぐ起こして下さい」


「ああ、気にしないでくれ。おやすみ、ビアンカちゃん、みんなぐっすり寝てくれ」


 周りに木がないため焚火をすることはできない。ランプ1つだけの草原で快晴の夜空を見上げると、星が空を埋め尽くすように輝いている。


 誰も動かず、誰も喋らなければ、虫の声すらない完全な静寂が訪れる。


「ねえシーク。星って、いったいどうやって空に輝いているんだい」


「えっと……この空のもっと高い所に、お日さまみたいな星がいっぱいあるんだ。遠いから小さく見えるんだって。昔の人は明るい星や色が同じ星を繋いで、空に星座っていう絵を描いた」


「星座?」


「うん。あの赤い星、分かるかな。それとその隣の大きくて輝きが強い星。そしてその下に2つ光ってる青い星。その下に星が続いているだろ? あれが大河座っていう星座」


「聖剣座はあるのかい、シーク」


「聖剣座とか冥剣座とか魔槍座はないけど、ケルベロス座はあるよ」


 ケルベロス座があると聞いてバルドルがとても悔しがる。シークは星を指差しながら、幾つかの星の名前を答えた。暫くするとシークからは寝息が聞こえはじめ、バルドルは喋るのをやめた。


 満点の星空の下、広大な平原の中でただ1つだけ輝く野営のランプの灯り。きっとそれは、空から見れば星のように見えるのかもしれない。





 * * * * * * * * *





 翌日。


 草がまばらになり、地面が赤茶色になってくると、ギタカムア山の裾野の始まりだ。昼には足元がゴツゴツした小さな石や岩だらけになり、やがて緩やかな勾配の斜面になる。


 一行は今、前かがみになって斜面を登りながら、キマイラの封印に使っていた炎弓アルジュナを探している。


「……本当に誰もいないし、モンスターも全然出ないわね」


「そうだな、ちょっと拍子抜けだぜ。ここに村があっても平和で良さそうなくらいだ」


 ギタカムア山を登り始めて2時間、ここまでモンスターをまったく見かけていない。一般人が登山に訪れても全く問題がないとすら思える程だ。ブルー等級どころかグレー等級のモンスターすらいない。


 麓ではごく稀に遠くで山羊や野兎を見かけたが、山では生き物の気配が殆どない。いくらモンスターが少ないとはいえ、ここまで姿が見えないのは流石に不自然にも思えた。


「モンスターも出らんし、退屈やね。こんだけ歩いとるのにモンスターを倒さん日も珍しいばい」


「目覚めた時に食える獲物がいないせいで、キマイラが腹空かせて村まで下りちまったのか?」


「いや、キマイラが食いつくしたって線も捨てがたい」


「でも食べた後っぽいものは何も見つからないよ。骨も皮も何も」


「ふぅ。みんな、休憩はどうだ? といっても戦闘もしていないし疲れてもいないだろうが……」


「そうね、ただ登るだけで変わらない景色に飽きてきたわ。みんな、休憩にしましょう」


 出番がないグングニルやケルベロスも退屈そうだ。流石のゴウンやリディカも元々登山家ではないのだから、歩き続ける楽しさを感じてはいない。


「冒険は好きだけど、刺激が欲しいな」


「あっ、そこにプレデトリーグラス」


「えっ!?」


「嘘だよ、ははは。カイトスターの驚き様見たか?」


「レイダーお前、ふざけんなって……」


 カイトスターとレイダーが笑い声を上げる中、テディだけは景色の写真を撮りながら、バルドルが言った景色との類似点を探していた。この中で一番探索向きなのはテディだろう。


「バルドル、もしかして寝てる? さっきから『一振り』だけ静かだけれど」


「案内役の僕が寝るなんて、そんな不誠実な『剣でなし』だと思われるのは心外だね。ちょっと考え事をしていたのさ」


「何か気になる事でもあった?」


「うん。実は、ディーゴはこの山を登る時、結構苦戦したんだ」


「登りにくかった?」


 シークもあまりに退屈すぎるのか、思考が大雑把だ。


「違うんだ、モンスターを倒しながら登ったからだよ。そこそこに強いモンスターがいたからね」


「君達が300年前に根こそぎ倒しちゃったのかな」


「それはないよ。それとキマイラなら300年前にもいたのに、モンスターはたくさんいた。つまり、今モンスターがいないのは不思議だし、キマイラのせいでもないって事だよ」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る