GO ROUND‐09
村の者達は一様に驚いた。遠く離れた異国の辺境に、会った事もないバスターの名声など届かないものだ。けれど、伝説の武器が魔王アークドラゴンの『討伐』後、行方不明になっている話は伝わっていた。
「せ、聖剣バルドルを操っているのか!? 本当に聖剣なのか!?」
「え? ええ、まあ……本剣、曰く?」
「勇者ディーゴ様とは何か関係があるのか!?」
「本当に喋るのですか? この村にディーゴ様が立ち寄ったという伝説は本当だったのですね!?」
村人がざわつき、食事をするのも忘れて集まってくる。亡くなった家族や知人に、聖剣バルドルを見せてあげたかったと泣き出す者もいた。
「ちょ、ちょっと待った! もうじきシークがバルドルを連れて来るんで、みなさん食事を先にどうぞ! ビアンカ、お前も先に食っとけ」
ゼスタが慌てて皆を制止し、急いでスープを飲み干す。
もしこんな状況でなければ、バルドルが楽しみにしていたような、皆で勝利を祝う展開もあったかもしれない。
おおよその人達が食事を終えた頃、シークが武器達を一緒に抱えて戻ってきた。
グングニルはこの村を訪れた事がない。だからと言って留守番させる必要もない。シークはせっかくだからと、この村に思い入れがあるバルドルとケルベロスだけでなく、グングニルも誘った。
「その鞘に入った剣は……もしや、聖剣バルドルですか! そちらは冥剣ケルベロス!」
「ああ、300年の時を経て、再びこの村を救って下さった神聖なロングソード様と双剣様……」
村人は皆、バルドル達を視界に入れるなりすぐに頭を下げ、拝み始める。勇者の剣への敬いという事だろう。
「あの……この状況について尋ねても?」
「シロ村では、勇者と伝説の武器をずっと語り継いできたの。こうやって姿を見る事が出来て嬉しいってことよ」
「それはどうもね。えっと、僕が挨拶した方がいいのかい」
「君がずっと訪れたいと思っていた気持ちを、ここで話してあげたらいい。亡くなった方への手向けにもなるよ」
疲労の色が浮かぶ村人達を見れば、再訪問を全力で喜べる状況ではない。そう理解したバルドルは、心の中で一礼して静かに話し始めた。
「みなさん、どうもね。えっと、こんな状況でなければとても喜んだのだけれど、今は……村の危機に間に合わなくてとても悔しい気持ちだよ」
シークは地面の上にバルドルをそっと置き、数歩下がって座った。喋る聖剣という伝説が本当だったと分かり、村人は驚きを隠せない。
「まずは僕達が守れなかった人達に対して、黙祷の時間を頂きたいのだけれど。ケルベロスと、グングニルもいいかい」
「あたしはこの村に来たんは初めて。モンスターから人間を守るのがあたしら武器の役目なのに……不甲斐ない。お悔やみを言わせて下さいな」
「俺っちも、300年前に歓迎してもらった時の事を、今でも覚えてる。ちょっと……今は何て言ったらいいか分かんねえや」
皆で黙祷した後、バルドルは昔この村で歓迎してもらった時の事を語り始めた。
『剣生』で初めて歌を色々と教わった事、そして300年経った今、シークに拾われて再び魔王アークドラゴンと戦うべく旅をしている事まで。
300年前には勇者ディーゴがこの村に立ち寄った。そしてキマイラの恐怖から救った。今回は間に合わなかったが、キマイラの討伐を果たした。
もうこの村が未来永劫キマイラに怯える事はないだろう。お礼の宴を開く事を申し出る村人に対して、バルドルは丁重に断りを入れた。
「僕は、この村を一日でも早く、あの時のような素敵な村に戻してもらいたい。人間は……僕と違って涙も流せるし、守りたい人を腕で抱きしめる事も出来る。その大切さを良く知っているはずだ。今やるべき事は、僕らの歓迎じゃない」
まだ全員の安否が確認できた訳でもなく、死者の弔いもできていない。まだ気持ちの整理がついていない者が殆どだ。
シークはバルドルを拾い上げると、皆に旅立つ事を告げる。
「俺達はこのまま炎弓アルジュナを探して、ヒュドラの退治に向かいます。大変な時に、泊まる場所や食事の世話までして下さり、本当に有難うございました」
「礼を言われる事じゃない。申し訳ないが、今はきちんともてなすような余裕がない。みんな自分の悲しみでいっぱいだ。でも、君達には本当に感謝している。村を復興させたら……その時改めて礼を言わせて欲しい」
また必ず訪れると約束し、シーク達はその場を去った。長居すればするだけ、村の者達が気を使ってしまうと思ったからだ。
泊まっていた家で荷物をまとめ、装備に着替えると、そのまま村の東の門へと向かう。この東の門付近は一番被害が大きかった一帯だ。
火は消えているが、まだ炭の匂いが漂っている。原型を留めている建物は1つもない。
「みんなが戦っていなければ、今頃は村中がこうだった。シークくん、ゼスタくん、ビアンカちゃん。あなた達は十分出来る事をした。確かにこの村を救ったのよ」
「……そうですね、そうじゃなきゃ、悔しいだけですから」
「そう、思わないとな。いつまでも村に同情していても、村のためになる訳じゃない」
「寄り添ってます、お気持ちお察しします、って態度が欲しい訳じゃないのよね。復興のお手伝いもしてあげたいけど、ヒュドラやアークドラゴンがいつ暴れ出すか分からない」
「魔王教徒の動きも掴めてねえもんな」
村の事は気がかりだが、今すべきことは他にある。
「暗い気持ちを引きずってはいられない。炎弓アルジュナを探さないと」
目の前には大草原。そして地平線から裾野が始まるギタカムア山がそびえ立っている。
山は高いが特に目ぼしいものはなく、山脈の南にはちゃんと横断する街道がある。まず人が立ち入る事がないその一帯は、バスター同士でもあっても殆ど情報の交換がなかった。
簡単に言えば、バスターにとって用がない地域なのだ。
特に、この中でギタカムア山の周辺を知っているのはバルドルだけ。ゴウン達でさえ、ギタに立ち寄ったのは初めてなのだという。
これから未知の領域に踏み込む事になる。4魔はいなくてもどんなモンスターがいるか分からない。皆が意気込んで村の門を出た時、急に後方から大きな声が聞こえた。
「旅立つ勇者の皆様へ! 村の有志一同、勝利の唄を捧げる!」
シーク達は何事かと足を止める。振り向けば、そこにいたのは先程の若い男だった。
「天高く 掲げた刃の」
「指し示すは我らの 凱を響かせる 大地を照らす希望」
それは聞き覚えのある歌だった。シーク達を歌で送り出そうと、十数人の村人が集まってくれたのだ。
「あれって、バルドルとケルベロスが歌っていたやつよね」
「うん。また……こうして送り出して貰えて、僕はやっぱりこの村を訪れて良かったと思うよ」
一行は振り向いて一礼をした。シークはバルドルを鞘から抜いて、高々と掲げて見せる。
「さあ今こそ! 今こそ! さあ喜べ! 大いに舞え!」
「祈りは終えよ! ついにこの時!」
村の者達は悲しい現実を吹き飛ばすように、勇ましく送り出してくれる。彼らの想いを無駄には出来ない。
バルドルとケルベロスの披露したものとは、歌詞以外のおおよそが違う。けれど1本と1対が感傷に浸るのを邪魔する必要もない。シーク達は黙ったまま、再びギタカムア山を見据えて歩き出した。
次第に後方で小さくなっていく歌に意識を傾けながら、バルドルがボソリと呟く。
「……やっぱり、この歌は青空の下が似合うよ」
「今日は歌えそう?」
「そうだね、でも今日は聴く側に回っておく」
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