GO ROUND‐05

 

 リディカの叫びと同時に雨が降りだした。湿った匂いと共に辺りが一段と暗くなり、まるで戦況を反映したかのようだ。


「おいゼスタ! とりあえず先にシークだ! 踏まれちまう」


「わ、分かった!」


「ゼスタくん! ビアンカちゃんは俺が救出するから任せてくれ! シークくんを頼んだ!」


「はい!」


 ゼスタが痛みにもがくシークを、レイダーが気を失ったビアンカを抱える。2人は声を掛ける間も惜しんですぐその場を離れようとした。


 しかしその背後では、キマイラの強力な殴打が繰り出されようとしていた。


「ゼスタくん! はっ……プロテクト! ……キャアッ!」


 リディカが防御魔法を発動させようする。キマイラはそんなリディカを妨害するため炎のブレスを吐いた。幸いにもギリギリ届かなかったが、リディカそれを避けるために一瞬判断が遅れた。


 次の瞬間、キマイラの強力な殴打を背中にまともに受けるゼスタの姿が映っていた。


「いやあぁぁ!」


「ぐっ……ぷ」


 ゼスタが殴り飛ばされ、シークと一緒に地面へと倒れ込んだ。直後、覆いかぶさっていたゼスタの体が急に重くなる。


「……ゼスタ? おい、ゼスタ! 痛ぇ……ゼスタ!」


「君達を……守ろうとして盾になったんだろう。リディカ! 治療を!」


「そんな!」


「お前を守るため、ゼスタはキマイラの殴打を避けなかったんだ。俺っちにはこんな時、どうすることもできねえ……悔しいったらありゃしねえよ」


 ゼスタは完全に意識を失っていた。彼もビアンカと同じく、いつも仲間を守る事を優先する。自身が背中を殴打されて吹き飛んでも、彼は地面に崩れて意識を失うまでシークを離さなかった。


「……バルドル」


 シークがゆらりと立ち上がった。その全身からは、先程の蒸気とは違うオーラが溢れ出していた。


「シーク……くん?」


 リディカのケアやヒールが効いていても、それですっかり元通りにはならない。


 先程までギチギチと噛まれていた鎧は凹み、体は痛過ぎてもはやどこが痛いのか分からない。それでもシークは立ち上がった。


 泥の匂いがこびりつき、奥歯を噛みしめるとジャリっと音が鳴る。


 最初から痛みなんて我慢していればよかった。シークはそんな不必要な後悔以上に、自分への情けなさと怒りが込み上げていた。


「なんだい」


「キマイラは、俺が倒す」


「共鳴は必要かい」


「俺が倒す」


「……分かったよ。くれぐれも無理は……もうしているようだね」


 シークはバルドルを右手に低く持ったまま、その刀身に魔力だけでなく、体を覆うのと同じだけの気力を溢れさせていく。


「シーク、君は……」


 バルドルはシークに声を掛けようとして、そしてやめた。いつもなら魔法剣を撃つ際、シークの体内の気力を引き出すのはバルドルの役目だ。


 しかし、今回はそうではなかった。シークの魔力と気力がバルドルにどんどん流れ込んでくるばかりか、バルドルの気力を取り込もうとさえしていたのだ。


「……俺が、倒す」


 その異様な気力と魔力を纏ったシークに、キマイラも一瞬怯む。それでも再び炎のブレスを吐かんと口を開け、尻尾の蛇も牙を剥いて襲い掛かってきた。


「剣……閃!」


 水平ではなく上から斜めに振り下ろしたシークの斬撃が、エアリアルソードと剣閃を混ぜた光の刃となってキマイラへと襲い掛かる。


「グオォォォ!」


「返し斬り!」


 シークは斬りつけてすぐにキマイラの顎下に入り込む。そして首を刎ねようと、下から上にバルドルを振り上げて返し斬りを発動させた。


 痛みによろけながらも、キマイラは右前足で反撃をする。その爪が強い衝撃と共にシークを吹き飛ばすもシークは倒れない。


 キマイラの首元からは血がゴブッと吹き出している。それでもキマイラは殺気を消さずに威嚇をし、大きく真っ赤な口を開けて牙を剥き出しにしている。


「……目の前にいるのが何だろうと」


「シーク」


「俺は、誰も守れない人間でいたくない」


「シークってば」


「今度こそ、今度こそ俺が守りたい! 本当は弱い、本当はみんなやバルドルのおかげなのにっていつも思ってた! 守られてばっかりだ」


「シーク! ……君は案外頑固だからね、自覚はあるのかな、まったく」


「もう中身の伴わないバスターでいたくないんだ! 俺に任せろって、胸張って言えるバスターでありたい!」


 シークはキマイラを睨みつけ、バルドルを正面に構える。決してバルドルを無視しているのではない。バルドルに全幅の信頼を置き、バルドルなら斬ってくれると信じていた。


 一方のキマイラは口を薄く開け、シークとの一騎打ちを喜んでいるようにも見える。これで最後にしようと考えているのは、相手も同じなのだろう。


「グルルル……グオォォ……!」


「バルドル、頼むよ」


 キマイラが牙を剥いて突進してくる。太い足が泥を跳ねさせ、咆哮で耳がビリビリと鳴る。それでもシークは避けることなく間合いを測り、魔力と気力を纏ったバルドルを構えていた。


「エアリアル……」


 シークがそう唱えた瞬間、キマイラが飛び掛かった。


 キマイラの太い腕が雨に濡れた地面にめり込んだ。爪でシークの頭部を押さえたまま、大きな口を開けて喰い千切ろうとする。リディカはタイミングを合わせ、シークにプロテクトを掛ける。


「スラストオオォ!」


 しかし、キマイラはシークの狙いに気づいていなかった。シークは斬りかかるのではなく、最初からキマイラの喉元に飛び込むつもりだったのだ。


 シークは体の下に潜り込んでバルドルの柄を右手で持ち、左手で柄の下を支えながら、キマイラの喉を思いきり突き刺した。


「グップ……」


 喉を深く突き刺され、キマイラは叫び声を上げる事も出来ずに固まった。気道が詰まって苦しそうにもがき、呼吸の度にヒュー、ヒューと喉が鳴る。もうこれ以上ない程の致命傷を与える事は出来た。


 だが、まだ止めをさせてはいない。レイダーは弓をキマイラのすぐ傍で落している。この状態で暴れだせば攻撃が出来ない。今度こそ死人が出てしまう。


「あと、少しだった……。自力は……まだ、足りない、かな」


「代わろう、君をここで失う訳にはいかない。僕も君を守りたいと思っているんだ」


「うん……後、頼んだ」


 苦しそうにもがくキマイラの太い腕と、シークを狙おうとする蛇達。シークにそれを避ける余力はもうなかった。バルドルは共鳴を申し出て、止めを刺す役を引き受けた。


「……まったく、僕の力まで吸い上げて使うなんて驚いた」


「グッ……ヒュー……」


「僕の力まで使ってくれたせいで、実のところ僕にも余裕がない。そこまでして倒したいと願ったシークの想いを汲み取って、『忠剣』として僕が倒す。異存はないね」


 シーク(バルドル)はキマイラの体の下から抜け出し、バルドル本体を正面に構える。バルドルの問いかけに応えたのは、ケルベロスとグングニルだった。


「今回は譲るぜ。ゼスタはもう気絶してっから、どのみち今から共鳴は無理だ。お前らを守るって意志は貫けた」


「お嬢もわたしも、もうええばい。気力を使い果たすまで戦って、坊や達に託したんやけ」


「どうもね。僕達は……本当に良い主を持ったよ」


 シーク(バルドル)は、聖剣とは形容しがたい程のどす黒い気を発している。


 右手で柄を持って体を捻る程引き、左手は峰の上に添え、突きの構えを取る。苦しさに暴れ狂うキマイラの引っ掻きなど気にもせず、先程のシークとは比べ物にならない程の突きを繰り出した。


「会心破点」


 シーク(バルドル)は淡々とした口調で技名を唱え、キマイラの口の中を思いきり突き刺した。


 キマイラは頭を貫通され、目や口や耳からも血を噴き出す。数秒もがいたが、そのまま動きを止めて地面に横倒しになった。


 けれどまだ尻尾の蛇だけは動いている。


「今のはシークの分」


 シーク(バルドル)は口からバルドル本体を引き抜いた。そして未だにこちらを威嚇してくる蛇達めがけて前方宙返りをし、一撃を振り下ろす。


「翔龍破斬……これは僕の分だ」

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