GO ROUND‐04

 

 シークの体は咄嗟に動いていた。ブリザードを唱えながらキマイラへと向かって走り出し、バルドルを振りかぶる。


「ブリザードォ!」


 シークがビアンカの傍を駆け抜けていく。ビアンカはリディカから治癒魔法の「ケア」を受け、ようやく立ち上がるところだった。


 ブリザードが発動と共に高密度の吹雪を起こし、キマイラの顔にぶち当たる。ビアンカが立ち上がるまで時間を稼げたらいい。シークは続けてバルドルを振り下ろした。


「ビアンカ、立て!」


「シーク、だめだ」


 キマイラがギロリと横目でシークを睨む。


 バルドルがシークへと声を掛けたその時、キマイラは炎のブレスを吐くところだった。


「シーク!」


 シークの体を、キマイラの炎が包み込む。この炎で村を焼き払われ、村人たちは命を奪われたのだ。まともに喰らってはひとたまりもない。


「うそっ、シーク!」


 ビアンカが驚きと悲壮の混じった表情で叫ぶ。後方ではゼスタがキマイラめがけて突進し、蛇に噛まれるのも覚悟でケルベロスを構えていた。


「クッソ! キマイラ、こっちだ! ウオォォ……業火乱舞ゥ!」


「みんな避けて! ……アクア! 火が消えたらシークちゃんを安全な場所へ!」


 リディカがシークを包む炎を消そうと水魔法のアクアを放つ。レイダーはアクアを盾にして走り寄り、シークを脇に抱えようとする。


 しかし、その炎はレイダーやビアンカの目の前で消えた。


 赤から白へと変わった視界の中からは、湯気を立ち上らせるシークが現れた。


「ボーっとすんな! 反撃!」


 シークは全員を鼓舞するように大声を出し、再びブリザードソードを構える。そのまま狙いを顔ではなく足に切り替え、キマイラの関節部分を思いきり切り払った。


「グアァァ!」


「僕がブリザードソードの発動をシーク自身に向けたのさ。シークの氷漬け、どうだい」


「……破ァッ! 助かったよ、バルドル」


「もう! 防げるなら防げるって言ってよね!」


「ブルクラッシュ……うぐっ!」


「グルルルル……」


 キマイラのもう片方の前足がシークの横から襲った。シークは咄嗟の事にガードしきれず吹き飛ぶ。その間、ビアンカとゼスタは気力をしっかりと溜め、技を放とうとしていた。


魔槍スマウグ!」


 ビアンカがキマイラの後足めがけて閃光の一撃を放つ。僅かに逸れたが、キマイラのお尻部分を抉った。


 その間にシークが立ち上がった。今度はキマイラの目の前で剣を振り、嫌がるキマイラが手で振り払おうとする動きを誘う。


「シーク、1、2、3で燕返しだ」


「そんな急に切り替え……」


「1、2……」


「おいっ!」


「3!」


「くっ……スワロウリバーサル!」


 返し斬りがキマイラの左頬を抉る。庇った筈の顔面を切り付けられたキマイラは、いっそうの憤怒を見せる。


 もうキマイラはシークの事しか見えていなかった。一方、ゼスタは溜めた気を一気に放ち、キマイラの後ろ足を蛇ごと断ち斬る一撃を放った。


「再生するのは分かってるけど……よっ! 剣閃!」


 曇り空と燻る煙の空間に、見事な光の一枚板が現れた。蛇達はキマイラとの繋がりを寸断され、根元から崩れ落ちて力を失う。


「パラライズアロー!」


 その傷口を狙い、今度はレイダーが畳みかけるように麻痺の矢を放つ。神経毒を直接肉に打ち込むことで、キマイラの動きを今度こそ鈍らせるつもりなのだ。


「レイダーさんの狙い、すげえ……さっきから正確過ぎ」


「感動してる場合かよ、てめーは正確さを気にしろゼスタ! ほら手首曲がってんぞ!」


 体が頑丈で大きいため、どの一撃も致命打にはなっていない。傷ついても動けなくなるまで襲い掛かってくるのは、メデューサ戦でも分かっていた事だ。


 キマイラは噛みつこうとし、動かない後ろ足などまるで最初からなかったかのように暴れ回る。イライラしているのか、次第にその攻撃は激しくなっていく。


「炎くるぞ!」


「俺がブリザードソードで受ける! 頼むよバルドル」


「後でお湯を使って拭いてくれると嬉しいのだけれど」


 シークがバルドルに魔力を流し込む。炎が襲う瞬間、再びバルドルが効果を発動させる。2度目も炎のブレスを防いだつもりのシークは、氷を融かされた後ですぐに斬りかかろうとした。


「危ない! プロテクト!」


 が、一瞬蒸気で見えなくなる視界のせいで反応が遅れ、その次に襲いかかってきたキマイラの牙を防ぐ事が出来なかった。


「シーク!?」


「ぐあ……!」


「まずい、無双乱射!」


 シークは軽鎧を咥え上げられてしまった。キマイラの大きな口に生える尖った牙が、シークの胴鎧を噛み砕こうとひっかき音を奏でる。


 もがいてもその口の力が緩まない。それどころかレイダーの放った矢が突き刺さっても気にも留めず、キマイラはその力をさらに強めていく。


「くっ……ブリザード! 放せ……痛っ!」


 放たれたブリザードがキマイラの目に当たり、機能を低下させる。しかしそれでもキマイラはシークを噛み殺そうとするのを止めない。


「ヒール! プロテクトは何度でも掛け直すから耐えられるわ!」


「グングニル、お願い! 練習した牙嵐無双を!」


「あれはいけん、坊やまで感電させてしまう」


「じゃあもう一度スマウグ! ゼスタ、合わせて!」


 スマウグを撃つには数秒の溜めが必要だ。従って安全な所から撃つ必要がある。

 しかしビアンカは急ぐあまりその手間を惜しんでしまい、キマイラのすぐ近くで溜めを始める。


 それをキマイラの尻尾から生える蛇達が見逃すはずはなかった。


「おいビアンカ!」


「はっ、しまった……!」


 ビアンカの小手に蛇が絡みつき、自由を奪う。1匹がビアンカの首筋へと噛みついた。


「痛っ!」


 ビアンカの首から赤い血が糸のように垂れ、体にはたちまち痺れが回り始める。


「お嬢!」


「だい、丈夫! ……女は、力がない分を根性で埋めるのよ! ゼスタ、蛇を斬って!」


「任せろ、双竜斬! 大丈夫か!?」


「平気、リディカさんのケア貰ったら治る! とにかく……くっ、シークを解放させるの!」


「お前は胴を狙え、俺はあいつに飛び乗って首を討つ!」


「ケア! 何度も短い間隔で毒を受けては駄目! 無理をしないで!」


「しなきゃ……いけない時もあります!」


 駆けつけたゼスタが蛇を斬り落とし、ビアンカの拘束を解く。そのままキマイラへと飛び掛かり、虎のような頭へと剣閃を放った。


「おかげで溜め……られたわ! スマウグ!」


「満身創痍、気力を使い過ぎばい! お嬢、今撃ったらいけん!」


「今撃たなきゃいつ撃つのよ! 行けエェェ!」


「お嬢……」


 グングニルが制止するのも聞かず、ビアンカは渾身の一撃を放った。リディカはシークを守るため、プロテクトを張り続けている。ビアンカを連続して治癒する余裕はない。


 ビアンカは体が痺れ、全身を刺すような痛みが襲っている。矛先を安定させるのもやっとだ。それでもウォータードラゴン戦のような不甲斐なさを噛みしめたくなかった。


 グングニルはビアンカの想いを知り、思うままに発動させた。


「ギヤァァァ!」


 背中が綺麗な半円状に抉れ、キマイラは痛みに堪らず吠える。その隙にシークが解放され、地面へと右肩から落ちた。


「よし……」


 ビアンカはもう立っている事すら出来なかった。シークが解放された事を見届け、そのまま地面に体を預けるようにして崩れ落ちてしまう。


「今度は、絶対……助けるって……決めてたんだか、ら」


 麻痺、毒、そして気力切れ。ヒールやケアだけで立ち上がれる状態ではない。それでもビアンカは満足そうな笑みを浮かべ、そのまま意識を失った。


「ビアンカ!」


「くっそ、どうすりゃいいんだ」


 ゼスタはキマイラの頭部を斬りつけ、耳、鼻、目を損傷させていく。ゼスタが手を止めたなら、シークがまた攻撃されるかもしれない。


 その後方には再び生え始めた蛇、そして倒れたまま動かないビアンカがいる。


「ゼスタ君! ビアンカちゃんの援護に! いったん離脱だ!」


「レイダー、今は駄目! 逃げ回ってもしキマイラが村の人を見つけたら……」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る