GO ROUND‐06
シーク(バルドル)が蛇を切り刻んだ後、もうそこから新たに生えて来る事はなかった。
キマイラの死骸を魔法で燃やそうかとも考えたのだが、シーク達が必死の思いで倒した相手だ。跡形もなく消しては申し訳ないと思い、それは止めた。
「バルドル坊や、あんた……」
「ご苦労さん、バルドル。俺っちもこの村にちょっと居心地の良さを感じた時もあったんだ」
グングニルとケルベロスに声を掛けられた時、バルドルには何か違和感があった。視界が曇り、シークの頬を何かが伝う。頬の下、顎のあたりまでが濡れていた。
「成る程、これが涙、ね。人間は気持ちを表すのが本当に得意なんだから」
バルドルが剣である時、感情を表す手段は言葉だけ。もしくは怒りで刀身から気が漏れる事があるくらいだ。
そんなバルドルがシークの体を借り、初めて涙を流した。グングニルもケルベロスもその姿に驚いていた。
バルドルはとても悲しく、そして悔しかった。本当はシークに意気揚々とこの村を紹介し、当時の村長の子孫にでも会って、ついでに楽しい壮行会でも開いて貰いたいなどと考えていた。
しかし、目の前にあるのは面影すらない村の姿、つまり守れなかった現実だ。
「知られたくない気持ちは、隠しておきたいものだね」
体の後ろ半分、髪からふくらはぎまで、シークの体は泥がべったりとこびりついている。
その姿を気にする事もなくシロ村を悔しそうに眺めながら、シーク(バルドル)は鞄からポーションを取り出して飲み干した。苦い顔で村の防護壁に寄りかかって、目を閉じる。
目尻からはもう一筋、涙が溢れだしていた。
* * * * * * * * *
シークが静かに目を開けたのは、数秒程経ってからだった。
「終わったみたいだね。あ痛っ……」
「止め、僕に任せてくれて有難うね、シーク」
「俺はもう、立ち上がる力が残ってなかったからね。……仇は取れたかい」
「その判断は僕の『一振りよがり』では下せない。村の人に決めてもらうとするよ」
シークは痛む脇腹を押さえながら立ち上がる。流れていた涙は痛みのせいだと思って拭き、ゆっくりとキマイラの死骸へと近づく。
それからリディカとレイダーがビアンカとゼスタを介抱している事に気付き、具合がどうかを尋ねた。
「ビアンカとゼスタは……大丈夫ですか」
「2人とも気力切れよ。気力切れや魔力切れを起こすバスターなんて、長年やって来た私達だって殆ど見かけた事ないわ」
「文字通り全力を尽くしたってことだ、よくやってくれたよ。それに……」
レイダーは少し言い淀み、シークの背中に担がれたバルドルをチラリと見る。
「俺達では倒せないという事も、はっきりと分かった。ベテランだ、
レイダーは悔しそうというよりは、申し訳なさそうに呟く。それでも今は騎士の称号を授かった一流バスターだ。腕だけならシーク達よりも遥かに上だろう。
そんな彼が、実際に4魔のキマイラと対峙して身の程を知ったのだ。
如何にシーク達が無謀な状況で立ち向かってきたのか。そんな覚悟が本当に自分にあったのか、レイダーは分からなくなっていた。
「それにしても最後の動き、それにあの技……もしかして、あれがバルドルさんの言っていた『共鳴』かしら」
「ご名答。シークが僕に託してくれたのさ。勝手に体を借りる事は出来ないのでね」
「共鳴? 体を借りる?」
リディカにはゴーレムを倒した夜、シュトレイ山の麓で話をしている。けれどリディカは他の3人とテディには何も告げていなかった。レイダーは首を傾げたままだ。
「シークちゃん……いえ、シークくん、待って。……ヒール! ケア!」
「あ、有難うございます」
「ビアンカちゃんもゼスタくんも、どちらも骨などに異常はないわ。どこかゆっくり休める場所があればいいんだけど……」
「おーい!」
遠くから皆を呼ぶ声がした。振り向くとそれはゴウン達だった。
「皆、無事……みたいだな。生存者もいた、みんなとりあえずは助かった者達の所に行こう」
「ゼスタくんは俺が背負っていく。ビアンカちゃんは……」
レイダーがそう言ってゼスタを背中に負ぶり、シークをチラリと見る。
ゴウンやカイトスターも、俺がと言おうとして口を噤んだ。流石に年頃の女の子をおんぶする事に対して少し躊躇いと遠慮があるようだ。歳が近いテディへと視線を向ける。
「お、俺も駄目です! ここはパーティーメンバーのシークくんに……」
シークは笑いながらバルドルを入れた鞘を体の前に回し、ビアンカをよいしょとおんぶした。
「シーク、良かったね」
「痛た……、重っ……何が?」
「日頃は女の子に触れる機会などない君の、ひとときの喜びだ」
「この状況で? それとも、俺が邪魔『物』の君を誰かに預けて2人きりになるのを、応援してくれるのかな」
「ああ、シークってば酷いよ! 僕の事が何より大切なくせに! 僕の事が大好きって言ってくれたくせに!」
「色々誤解を招きそうだから本当に止めて、バルドル」
煙の臭いが立ち込める村の中、ぬかるんだ地面の音を立てながら歩く。
亡くなって動かない者の姿が見える。キマイラに捕食されずとも、もう少し早く駆けつけていればという思いが込み上げて来ないはずもない。
ただ、西の方はまだ被害が少なかったようだ。きちんと建っている家や、踏み荒らされていない畑もある。村は壊滅したが、全滅ではなかった。
悔やむ一方、救えた者もいたのだと考える他ない事も分かっていた。
「ああ、皆さん無事でしたか! それで、キマイラは……」
駆け寄ってきたのは白い半袖シャツに青い半ズボンの男。皆で救出した村人だった。
「倒しましたよ、こちらの少年達がね」
「あの、巨大なモンスターをあなた達が……?」
「驚くのも無理はないと思います、でもちゃんと倒しましたから。死骸を焼きたいのですが、良いでしょうか」
「も、勿論です!」
「それと、負傷した2人をどこかで休ませてもらえると……」
「あ、はい! 近くの家に!」
男が住人が逃げた後の家の1つを紹介してくれる。住んでいた一家は馬車に乗って南にあるマイムへと逃げたらしい。きっとすれ違った馬車だ。
シークはベッドの上にビアンカとゼスタを寝かせ、リディカと共にまだ燃えている建物をアクアで消火して回った。一通り終わるとシークとバルドルだけが別行動をして、少し村の散策へと向かう。
「……この広場で、ディーゴとデクスを囲んだお祭りをしてくれたんだ」
「歌を教えてもらったんだったね」
「うん」
バルドルは中央の石碑が崩れ、壊れた馬車の車輪や木片が散らばり、灰が積もったその空間をずっと眺めていた。バルドルがそんなにも思いを馳せる場所など、今までそうはなかった。
シークはバルドルにとって本当に特別な場所なのだろうと思い、気の済むまで待ってあげようと腰を下ろす。
「……天高く 掲げた刃の 指し示すは我らの
バルドルの歌声は相変わらず上手いとは言えないものだったが、更に今日はまったくもって元気がなかった。
「バルドル、忘れちゃったのかい」
「……今は歌えない。300年前に教えてもらったように、ここで披露するのが少し楽しみだったのだけれど。勝利の唄だというのにとても虚しくなる」
曇り空から雨が落ち、崩壊した村への追悼のように降り続く。
キマイラに勝った事は喜ばしい事なのに、この惨状を前にして、やったね、勝ったねとは言えない。シークはきっとそうしているあろうバルドルと共に黙祷をし、静かにその場を後にした。
「今だったら泣いてもバレないと思うよ、バルドル」
「おかげさまで、もう済ませたよ。お気遣いどうもね」
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