GO ROUND‐03

 

「グルルル……」


 キマイラがシーク達の存在に気付いた。鋭くも白濁した目で睨まれ、5人は思わず足が竦みそうになる。


「メデューサと一緒で、尻尾の蛇は麻痺と毒を持っているんだったな。俺っちが尻尾の動きは見ててやる」


「体と顔の動きに集中、炎のブレスにも要注意だよね」


「基本的に俺とリディカは後方にいる。遠距離攻撃の時だけ気をつけてくれ」


 馬車1台分ほどもある巨体は、5人へと少しずつ歩み寄ってくる。


「……戦いの火蓋を切って落とすのは僕だ。炎以外の魔力をめいっぱい僕に込めておくれ」


「分かった。ブリザードなんてどうだい」


「うん、いい選択だよ」


 ビアンカが前を向いたまま頷くのを確認し、シークはバルドルに魔力をめいっぱい込めた。バルドルの刀身がやや青白く光った直後、シークが先制攻撃を仕掛ける。


「いくぞ! ブリザードソード!」


 シークがキマイラの額めがけて斬りかかった。すぐにバルドルに魔法剣の発動を任せ、瞬時にアクアを唱える。予想される炎のブレスを打ち消すためだ。


 雪かき大会で見せた同時撃ちは、魔法と魔法剣の組み合わせでも出来るようになったらしい。


「うっ、おっと!?」


 けれどキマイラの攻撃は炎のブレスではなく、左前足による引っ掻きだった。シークはすぐに左へと避け、顎下を思いっきり切り上げた。


 体勢を崩して深くは斬り込めていないが、それでも体毛と厚い皮膚をザックリと斬った感覚がある。


「次は私! 黒点破!」


「お嬢、もういっちょ!」


「破ァァァエイミング!」


 キマイラは自身の右脇に動いたシークを目で追い、今度は右足で払い飛ばそうとする。その左脇腹へと目掛け、ビアンカが突き上げと斬り払いの攻撃を連続で叩き込んだ。


「ギエェェェッ!」


 キマイラは不意打ちを喰らい、咆哮で怒りをあらわにした。尻尾の蛇達はビアンカへと狙いを変え、毒牙を剥き出しにしている。


「お嬢、尻尾から逃げり! 前転して胴体の下! そう、もぐり込んだらすぐに出てそのまま全力で離れる!」


 蛇がビアンカの動きを追う。キマイラもビアンカを睨みつけている。


「交代だシーク! 俺に任せろ! 最初からぶっ放すぜ……!」


「おうよ! 練習の通りやれ! 俺っちが制御してやる!」


「ウォォォ……! 業火乱舞!」


 尻尾の蛇の視線はまだビアンカを追っている。ゼスタは背後に回り込み、尻尾の蛇達を業火の刃で根元から斬り落とした。


「ギヤァァァッ!」


 油断した所を責められ、キマイラの目は忌々しさを隠さない。そのまま頭を低くし、ゼスタへと突進を始めた。地響きがゼスタの踏ん張りを奪う。


「ケルベロス! 耐えるぞ!」


「プロテクト! 吹き飛んでも後転して距離を取って!」


「パラライズ……アロー! 麻痺が効けば5分で動きが鈍る! 後ろ足付近は俺が狙うから、胴体は任せたぞ!」


 レイダーの麻痺毒を塗った矢は、当てるのが特に難しい足の裏に突き刺さった。キマイラが駆けている瞬間を狙う神業だ。


「ギャッ! ……グオォォォ!」


 体勢が崩れたキマイラは、ゼスタへと倒れるような体当たりを喰らわせた。ただのしかかっただけの攻撃など脅威ではない。ゼスタは足を擦りながらも踏ん張り、しっかり耐えて見せた。


「ゼスタ! 大丈夫か!」


「大丈夫だ! 俺がどんだけミノタウロス相手に踏ん張る特訓してきたと思ってんだ……」


「駄目! ゼスタ避けて!」


 ゼスタがシークの問いかけに応じている間、キマイラは口を大きく開けていた。真横から見ていたビアンカは炎のブレスが来ると気付き、慌ててゼスタに声を掛ける。


 ゼスタがハッと顔を上げた時、目の前のキマイラの口内には既に炎が生み出されつつあった。急に周囲の温度が上がり、熱気が襲ってくる。


「間に合わない! ゼスタ下がれ! アクアソードォォ!」


 シークはキマイラから離れた場所でバルドルを思いきり振り下ろし、アクアの魔法を込めた斬撃を放った。水の壁となったその一撃は炎を遮り、ゼスタは蒸発する水の熱さに飛び退くだけで済んだ。


「あっぶね、助かった……! クッソ、正面は危ないな、もし今噛みつきまでされてたら、腕を持っていかれてた」


「ゼスタ、盾役は無理だ! キマイラを翻弄させて手数で圧そう!」


「シーク、キマイラの尻尾が復活する」


「メデューサの時と同じか……」


「結局はキマイラの息の根を止めるしかないね」


 キマイラは前足で地面を掻き、再びゼスタに突進しようとする。足の裏に刺さったままの柳葉やないばやじりなど気にする素振りもない。


 牙を剥き出しにしてフー、フーと唸り、姿勢を低く保っている。


「ゼスタ右に避けるんだ! 妨害しなきゃ……アイスバーン!」


「私がいく! ゼスタ反撃してよね!」


「治癒魔法を挟んで援護するわ! みんな好きなように攻撃して!」


 ビアンカがキマイラの頭上高くに跳び上がった。キマイラの脳天へと狙いを定め、グングニルの矛先を突き刺す。


「アンカースピア!」


「助かる! 剣閃!」


「ブリザードソード!」


「もう、いっちょ! フル……スイング!」


 アイスバーンでキマイラの足元が滑り、今回も突進の威力が弱められた。キマイラは凍った地面に爪を立てて踏ん張っているだけで精いっぱいだ。ゼスタがすかさず気力で作り出した炎の残像を刃に変えて斬りつける。


 シークが振るう氷の刃が焦げたキマイラの皮膚を凍らせ、斬り込んだ部分を壊死させる。ビアンカはその攻撃に合わせてキマイラの後ろ足を水平に払った。


「蛇を避けろ! ゼスタ下がれ!」


「わりい! ケルベロス助かった!」


 足元が滑るせいでやや力が逃げてしまったが、それでもシーク達は優勢に見えた。


「ブルクラッシュ!」


「双竜斬!」


「立ち上がらせないわ! もう一度……フルスイング!」


 ブルクラッシュはシークの得意技だ。ただ思いきりバルドルを振り下ろすだけ、だからこそ威力だけを考えられる。そこにゼスタがケルベロスで弧を描くような斬撃を合わせる。


 3人はキマイラが動きを止めている隙に猛攻撃を仕掛けていく。3人や後方のリディカ達、そしてバルドル達さえも、キマイラ本体にあまりにも注意を向け過ぎていた。


「あぁいけん! お嬢! かがみっ!」


「えっ!?」


「ビアンカぁ!」


 押せると思い、一瞬油断をしていた。気付いた時には尻尾の蛇が3匹とも一斉にビアンカへと飛び掛かり、布の部分へと噛みついていた。


 エイントスパイダーの糸で織られた布は、幸いにも蛇の牙を貫通させていない。しかし槍は間合いを取れない状況に不得手だ。


 幾ら生地が丈夫でも、牙からは次第に毒が染みていく。グングニルの柄で振り払おうにも叶わない。


「大丈夫かね、お嬢! ああ駄目ばい、あたしを真正面に構えな! 来るよ!」


「はっ……!」


「ビアンカちゃん! プロテクト!」


「パワーショット!」


 ビアンカがグングニルを構えた瞬間、ガチャリと鈍い金属音が響いた。プロテクトの発動とほぼ同時だが、効果が乗るには僅かに時間差が出来てしまう。


 それはレイダーの渾身の矢がキマイラへと突き刺さる直前だった。蛇でビアンカの身動きを封じている隙に、キマイラは首のスナップを利用して左頬を思い切りビアンカへと叩きつけていた。


「ビアンカぁぁ!」


「ぐっ……はっ」


「クッソ! キマイラァ! こっちだ!」


 レイダーが慌てて鏑矢を空中に放つ。ヒュウゥと空を裂いて鳴る音で注意を引き付けるつもりだったが、キマイラはビアンカへの狙いを変えない。


「お嬢、お嬢! 立てるね、ああこりゃまずいばい、歯ァ食い縛り!」


「ヒール! 耐えてぇ……ビアンカちゃん、返事をして!」


「こっちを向けぇ……ポイントショット!」


 地面に倒れたビアンカは起き上がる事が出来ずにいた。レイダーがキマイラの首元に再び渾身の矢を放つが、それでもキマイラの狙いはビアンカに定められたままだ。


 リディカがヒールを放った時、キマイラは大きな口を開け、再びビアンカの至近距離で炎を蓄え始めていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る