GO ROUND‐02


「ちょっと待って下さい! 状況が分かってないから、こうして向かおうとしてるんです。何かあったんですか?」


 怒鳴る御者に、ゼスタは大きな声で尋ねる。馬車が急に止まった事で、後続の御者が何事かとこちらを覗き込む。その馬車には積荷だけでなく、村人らしき姿も見えた。


「この先の村がモンスターに襲われたんだ! なんだかでっかくて、もうトラなんだかヘビなんだか、体に別のモンスターが寄生したような変な姿で」


「えっ!?」


 商人は目立つ腹を揺らしながら、額に張り付いた前髪を上げ、汗を拭う。シーク達は顔を見合わせ、思い当たる1体を「せーの」で確認した。


「キマイラ!」


「やっぱり……そうよね。まさかそんな、いきなり4魔との対戦になるなんて」


「キ……なんだって? な、なんだか分からないけど、あんたらも引き返せ! ここに留まってる訳にはいかねえんだ、どうしても行く気ならさっさと退いてくれ!」


 商人は恐怖のあまり、もうこれ以上この場にいる事ができないと焦っている。道を開けろと懇願しながら、今にも強引に馬車を出発させそうだ。


 事態をおおよそ察した一行は、マイムの町へと急ぐ馬車の列に道を開けた。馬車のガタガタと鳴る音も聞こえなくなると、風が草を撫でる音だけが残る。


「何の準備も出来てないや、でも急がないとシロ村の人達が……」


「全員逃げてくれたならいいんだけど、そうはいかないわね。たかが馬車10台で全員運べるとは思わない」


 本当にキマイラがシロ村を襲っているのなら、そんなに都合よく逃れられるとは思えない。


 ただ、生存者がいる可能性はまだ高い。商人の馬車のスピードと距離、村人と一緒に逃げる準備を考えると、襲撃からせいぜい1時間といったとこだ。


 シーク達には動揺が走っていた。この長閑な街道の先では、まさに今殺戮の限りが尽くされている。


「シーク、僕からお願いをしてもいいかい」


 バルドルの声は、いつもの飄々とした口調に聞こえる。けれど、シークはバルドルが何かとても真剣な思いを伝えようとしているように思えた。


「どうぞ、バルドル」


「どうもね。僕にとって……シロ村はとても思い出深い場所なんだ。無事だとは思っていない。けれどシロ村を救ってほしい」


「俺っちからもお願いしたい。アークドラゴンを討伐に出る前……ディーゴとデクスが束の間の休息を得た場所なんだ。4魔なんてもんを知る前にな」


「君達はとても『剣情深い』んだったね。俺も賛成。まだ村の人を助けられるかもしれない」


「僕の『剣情』はアダマンタイトよりも固く、そしてアダマントの甲羅より厚い」


 シークに続き、皆が深く頷いて同意する。リディカを除き、ゴウン達にとっては初めての4魔戦だ。8人での役割分担も決めていない。それでも、迷っている暇はなかった。


「倒す予定が早まった、そして……倒す理由が増えた。行くぞ!」


 この中で実際にキマイラと戦った事があるのはバルドルしかいない。どのような惨劇となっているのか分からないまま、8人と2本と1対は、シロ村へと早足で向かう。


「ほんの数日だったけれど、シロ村には世話になった。アークドラゴンを倒しに向かうと言ったディーゴ達へ、山開きの唄や、勝利の唄を何度も歌いながら儀式をしてくれたんだ」


「おもてなししてくれたんだね。俺達が今度は役に立つ番だ、君の恩返しに付き合うよ」


 バルドルに唄を教えてしまった罪深い村人……という言葉を飲み込み、シークは皆の先頭を走っていく。


 そして息があがった頃、シロ村はようやく見えてきた。


 木の先端を尖らせた杭が無数生えた防御壁に、あまり頑丈とは言えない丸太を組んだ門。その向こう側の光景が目に飛び込んできた時、皆が絶句した。


「こんな……まさか、壊滅」


「い、生きている人がいるかも! 助けないと!」


 至る所で建物から炎が上がり、見える範囲には無事だと思える場所が見当たらない。煙が立ち込めて鼻をつんと刺すような臭い、人の声など聞こえてこない。


「キマイラの吐く炎か、それともどこかの家の火が燃え移ったか……」


「そんな事はいい! 手分けをして生存者を……」


「まずキマイラがいないか確認するんだ! 安全を確保できていない今、キマイラをこの村から遠ざける必要がある!」


 ゴウンの声に頷き、シーク達はキマイラを探す。もしかしたらと思い、生存者への声掛けも欠かさない。


「誰かいませんか! 助けに来ました!」


「おーい! 返事してくれー!」


 炎に包まれた木造の平屋、まだ苗を植えられて間もないのに踏み荒らされた畑。そんな村の中を駆けまわるうち、遠くの方からリディカが大声で皆を呼ぶ声が聞こえた。


「生存者がいたわ! 西の方の家よ! 倒壊した家の下敷きになっているの、手伝って!」


 皆が駆けつけると、1人の男が倒壊した家の柱に胴体を挟まれた状態で呻いていた。皆でタイミングを合わせ、少しだけ柱が浮き上がる。その隙にリディカとビアンカが男を引きずり出した。


「あ、有難う……うっ、有難うございます……!」


「何があったんですか? もしかしてモンスターですか」


 白い半袖シャツに青いハーフパンツの男は、汚れた衣服をはたき黒いボサボサの髪をかき上げながら頷いた。靴は履いていない。そんな暇はなかったのだろう。


「そうです、一体あれは何なのか……」


「見た目は虎かバク、尻尾に蛇が生えているような?」


「そ、そうです! まるで見たことのないモンスターが突然現れて……村の外に逃げた者もいますが、多くはまだ……」


「そのモンスターは何処に?」


「わ、分からない、でも襲われてまだそんなに経っていない。まだ村の中じゃないかと」


 バルドルからは白く禍々しい気が溢れだす。どうやら本気で怒っているらしい。一方、シーク達はバスターの亡骸を見た事はあっても、実際に人が襲われる所を見たことがない、その顔は少し青ざめてもいた。


「……ここは俺達に任せてくれてもいい。勝てるかは分からないが、君達とテディで生存者を探すんだ」


 カイトスターがシーク達の顔色を見て、無理をするなと伝えてくる。しかし、シーク達はそれには頷かなかった。


「……バルドルがとても怒っていますし、仇は俺が取らせます」


「ああ、ケルベロスも心穏やかじゃないみたいだからな。いいよな、ビアンカも」


「え、ええ。他にも生存者がいるかもしれないし。私達だけで倒せるかは分からないから、できればあと1人、2人手伝っていただきたいんですが」


「分かった。リディカ、レイダーはシーク君達とキマイラを! 俺とカイトスターとテディは生存者の捜索だ! よし、急げ!」


「お嬢、一度天高くあたしを投げてみてん。高い所からあたしが近くにおらんか探しちゃるけん」


「わかったわ!」


 ゴウン、カイトスター、テディが生存者を探すために走り出す。それを見届けた後、ビアンカがグングニルを天高く投げてキマイラの位置を探らせた。


 7,8秒ほどしてグングニルが先を下に向けて落ちてくる。ビアンカは器用にキャッチした後、グングニルをくるりと回してから構えた。


「どうだった?」


「ああ、おったばい。ここから北東、村の端で暴れとる。もしキマイラが逃げたら次にどこが襲われるか分からん」


「急がなきゃ!」


 シーク達は言われた方へと走り出す。倒壊した家屋で行く手を阻まれ、時には途中で柔らかい土に足が沈むような畑の中を横切る。そうして村の北東の防御壁の手前まで来た時、とうとうそこにいるモンスターの姿を捉える事となった。


 黄土色に近い体に、獅子のような顔。虎のように太い足、尻尾の代わりに3匹の蛇が生えている。


 そのモンスターは、畑に立っていた案山子かかしを噛み砕こうとしている所だった。


「キマイラ……」

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