【13】GO ROUND~季節とこの世の移り変わりを~

GO ROUND‐01

【13】


 GO ROUND~季節とこの世の移り変わりを~



 

 世界各地でアーク級モンスターの確認や、魔王教徒捕縛が始まった。


 商人でもバスターでもない者が、わざわざ雪に閉ざされた地を訪れることなどない。そのような者が町に来れば分かりやすい。


 シャルナクは獣人として魔王教徒の味方を装い、しばらくはおとりとして魔王教徒の逮捕に協力していた。だがそれもひと段落だ。彼女は今、ギリングを離れて故郷のムゲン自治区へと一時的に帰郷している。


「ああ、久しぶりの故郷……やはり心が安らぐ」


 ムゲン自治区は北緯25度程。真冬であっても日中の気温は20℃近く、砂漠や荒野の夜も10℃以下になる事はない。


 湖の霧が晴れた頃に湖畔へと辿り着いたシャルナクの一行は、故郷で早く両親に会いたいシャルナクを先頭に、村長宅と向かっていた。


「シャルナク! ああ、元気だったか!」


「父さま、母さま、ただ今戻りました。シャルナクはこの通り元気です、人間の皆はとても良くしてくれます」


「そうか、それは安心だ。それで、後ろの方々は……」


 父親のキビウクと母親のイジラクが嬉しそうにシャルナクを抱擁する。ナンに戻ってきたシャルナクは、バスターを3組連れていた。


 バスター達は、粗末ながら意外にもしっかりとした家々に驚いていた。ここに来るまでに見てきた村の建物と然程変わらない。


 違いと言えば道路の概念がないために、あちこち好き勝手に家や畑が作られているくらいだろうか。


 もっとも、その驚きは全員に猫のような耳がある事に比べたら小さい。


「皆は、魔王教徒の動きを知るために、このムゲンの地にしばらく留まる者達です。どうか温かく迎えて欲しい」


 ここに訪れた3組は、ベテランの域に達した者ばかりだ。バスターになってから10年と7年のオレンジ等級、それに5年目のブルー等級。


 ナンを拠点に1組、キンパリを拠点に1組、そしてブルーランクバスターの5人組がその連絡役をすることになっている。


 数日後にはもう1パーティーが合流する。外との連絡係を担う傍ら、獣人の中で魔法が使えそうな者に、回復魔法を教える計画だ。


「あの若者たちはどうしたんだ?」


「シーク達は今、魔王教徒や、メデューサ以上に強いモンスターと対峙する為、最前線で活躍しています。わたしも何かできればと、ここにバスターを連れてくる役を引き受けたんです」


「シャルナク、ひとまず着替えていらっしゃい。皆さんも、滞在できる家を用意しますから」


「有難うございます。獣人の方と接した事がなかったため、色々とこの村のことが分からないのですが……粗相のないようにいたしますので」


「畏まらなくていいんですよ。さあ、ご案内します」


 イジラクがバスター達を村の集会所へと案内する。以前、メデューサの麻痺で部屋の外にまで患者が溢れかえっていた集会所も、今は元の静かで綺麗に保たれた空間になっていた。


 シャルナクはバスターの活動が軌道に乗ったら、後から合流するパーティーのうち、2名と共にギリングへと戻る事になっている。その際、村に希望者が居ればギリングに連れていく事も考えていた。


「シャルナク、人間の町での暮らしは大丈夫か」


「はい。シークの知り合いの老夫婦が面倒を見てくれています。わたしを我が子のように扱ってくれる、とても優しい夫婦です」


「そうか、バスターの手伝いの方も順調なようだ。その……もうこの村に帰るつもりはないのか」


「……わたしは、獣人が世界のどこに行っても安心して過ごせるようにと外に出たのです。今はまだその時ではありません。それに面倒を見てくれているマーク夫妻は、わたしを鍛冶師にしようと張り切っていますから」


 シャルナクは人間の世界で見た事、感じた事、そして学んだ事をキビウクに伝えた。自分が使命を与えられて送り出された以上、今の居場所はここではない。彼女の真っ直ぐな思いに、キビウムも頷いた。





 * * * * * * * * *





 一方、シーク達とゴウン達、合わせて8人は南の砂漠国「テレスト王国」の南端の港から船に乗り、3週間程の船旅を終えた頃だった。


 到着したのは「ギタ」の中規模な港町「マイム」だ。ギタは南半球のマガナン大陸の西側に位置し、南北に細長い国である。


のんびりとしたこの港町は、派手な建物も煌びやかな装飾も色彩もない。西に広がる海以外、周囲の茶色く乾燥した礫砂漠れきさばくに溶け込んでいる。


「石や木造の真四角な家が多いね」


「そうだな。簡素に見えるけど、ここまで形が揃ってると見栄えがするな」


「もともとギタは非定住民族の国だったの。凝った造りや豪華絢爛ごうかけんらんな装飾なんかは無意味だったのよ。その名残で今でも家にあまり手間を掛けないの」


「ビアンカちゃん、よく知ってるね」


 8人は何も箱型の家々が並ぶ街並みを見学するのが目的ではない。彼らはこれからシロ村まで北上し、そして東にあるギタカムア山を目指すのだ。


 ヒュドラを倒すためとはいえ、春まで何か月も待つのは時間が勿体ない。そこで彼らはその分を移動時間に充てる事にした。順番を変更し、キマイラから倒すつもりだ。


 シュトレイ山の雪が融ける頃に、またヒュドラ討伐へ向かうつもりでいる。


 マイムからは舗装されていない街道を北へと進む。左手には延々と続く海岸線を、右手には平原の先に連なる山々を臨む。


 2日歩き、今日中にはシロ村に着くだろうと安心した所で、8人はいったん休憩を取るために座り込んだ。


「まさか、あのバルドルとケルベロスの不思議な民謡の本場に来る事になるとはな。不安だぜ」


「どうする? 本当にあんなヘンテコな唄だったら」


「ヘンテコとは酷い言いぐさだね。朝はいつも僕の歌声でスッキリ起きていたじゃないか」


「まさに歌声の問題なんだけど……まあ、いいか。本物聞いた時に分かる」


 バルドルはシークが驚いて起きているとは思っていないらしい。


「たまにシークもゼスタも、バルドル達を大浴場に連れて来てるでしょ。壁越しに聞こえるのよ、すっごいのが」


「お褒めに与り、どうもね」


「俺達もシロ村には寄った事がなくてね。そんなに唄が色々歌い継がれているのなら、陽気な村なんだろう。楽しみだ」


「でも、地図で見る限りじゃあギタカムア山からシロ村まで、歩いて丸1日くらいで着いちまう。この距離でキマイラが暴れて大丈夫なのか?」


「そうね……あら?」


 リディカがテディの持っている地図見ながら顔を上げた。その視線の先、シロ村方面からは、物凄いスピードで走ってくる馬車の姿が見える。それも1台、2台ではない。10台以上が連なってこちらの方へ近づいている。


「あれって馬車だよね? でもこんな所であんなに急ぐ必要なんてある?」


「乗り心地悪そうだな」


「運び屋さんの娘として、お嬢の目にはあのキャラバンの走り方はどう映ると?」


「積荷がないのなら、帰りで次の予定があるのか……もし積荷があるのなら商人失格ね。あんなに揺れて荷物が無事なはずないもの。でも、あんなに連なって急ぐ……まさか」


「そうやね、あたしも思いよった。あれは何かから逃げよるんやなかろうか」


 馬車は1台、また1台とシーク達の横を通り過ぎていく。その様子はグングニルが言うようにまるで何かから逃げているようだ。


「ちょっと止まって貰おうぜ」


 脇をすり抜けていく馬車はシーク達に何かを教えてくれる訳でもない。止まってくれとジェスチャーしても、見向きもしてくれない。


 ゼスタは仕方ないと呟いてから道のど真ん中に建ち、両腕を広げて通せんぼの格好をした。


「止まってくれー!」


 流石に轢く訳にもいかないため、馬車の1台がゼスタの目の前で止まった。そうなると、後に続いている馬車も止まらざるを得ない。


「すみません! 俺達シロ村を目指してるんだけど、そんなに急いで何か……」


「危ねえだろう! それに、こんな時にシロ村に呑気に向かう奴があるか! 乗せてやるからすぐに逃げるぞ!」

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