discipline‐14
雪かきがおおよそ済んで、この数日は晴天が続いて積雪もない。ギリングの通りは両端に雪の塊が高く積まれてはいるものの、石畳はしっかりと見えている。
人々は靴底にゴム板を取り付け、滑らないように歩く。商人達は開店休業状態だった期間の売り上げを取り戻そうと必死だ。
「ああ、見切り市だって。野菜に、あっちは肉と卵! アスタ村に買って帰りたいな……」
「パパがキャラバンの再開ですごく忙しそうだったから、多分凄い量の物資が行き来してると思うわ。欲しい物を買うならもう1日待った方がいいかも」
「わ、わたしはまだ何が高くて何が安いのかが分からない。色々教えて貰ってはいるんだが……」
貧しい家庭のシーク、そもそもお金の価値すら分かっていないシャルナク、そしてごく一般的な中流家庭のゼスタ。3人はビアンカから簡単な買い物や品ぞろえの知識を伝授され、時々成程と頷いている。
「お野菜とか、お魚とか、旬のものがいちばん安くて栄養があって美味しいの。たくさんあると取り合いにならないでしょ?」
「旬か。確かに母なる水面のイース湖でも、卵を抱えた時期の魚が一番獲りやすく脂が乗っていた」
「お店を2、3軒回れば、ここは葉物が安い、ここは根菜が安いとか、色々分かるわ。馬車が行き来している所を見れば、今何がよく入ってきているかも分かる」
「流石、ギリング屈指の会社の令嬢だ。エンリケ公国やエバンへの船旅でも助かった」
「ふふん。私だって、親に甘えて贅沢してた訳じゃないんだから。勉強もしたし、結構お金については厳しかったのよ」
「おまえ、本当に金持ちか? 案外せこいよな」
「あのね、ゼスタ。お金ってのはね、無駄に使うものじゃないの。持っている時こそ考えて、使うべき時に使うの。シークはその点、結構しっかり者。必要なタイミングで必要なだけ買うタイプ」
「その点については僕も同意だね。シークは少ない手持ちの中、必需品である剣の手入れ品を最優先で購入したんだから」
確かにシークは無駄遣いをしていない。
実際には贅沢をした事がなく、何を買うにも躊躇ってしまうだけなのだが、見方によっては賢い買い物をしているようにも受け取れる。
「へいへい、どうせ俺はお前ら任せで何も考えてねえよ。まあバスターとして持ち物が多くなるのはナシだから、無駄遣いはしてねえつもり」
「お? でも一昨日は俺っちを置いて、雪かき大会の討伐報酬持って、酒が飲める歳になったからって酒場に……」
「おいコラ! 内緒にするって約束で剣のカバー更新してやったんだろ!」
「ゼスタ。ネクロマンサーが何処にいるか分からないし、稼げるクエストも少ないし、おとなしくしないとって言ったの誰よ」
ビアンカの追及に対し、ゼスタは両手でバツ印をつくった。そして1杯だけ試しに飲んだだけと主張する。行ったことは否定しないつもりらしい。
「……あ、分かった。ゼスタが学校帰りに『あの店に行ってみたい』っていつも言ってたところだ」
「なっ!? ちょっとシークくん? な、何を言っているのかな君は」
「シーク、それどこよ」
「綺麗なドレスを着た女の人が沢山いるお店だよ。つきっきりでお酒を注いでくれるんだって。俺も興味なくはないけど、凄く高いんだよね確か」
「ゼスタ達の職業校からの帰りで近いのは……フラワーズか、レインボーね。もしフラワーズなら1人3万ゴールドくらい使うはず、お父様が接待で時々行ってたわ。お母様はいつも呆れてたけど」
「3万!?」
シークはおおよそ分かっていたが、自分を連れて行ってくれなかったという若干の不満を乗せ、敢えて擁護せずにいた。
「あーもう、そうだよその店だよ! めちゃくちゃ楽しかったし金も使った! 会計ん時は正直こんなにするのかって驚いたさ! でもいいじゃんか1回くらい……綺麗な女の人となんて接する機会もねえんだから!」
「別に? 自分のお小遣いで何をしようが勝手だし? 普段接してる私やシャルナクじゃ不満なんでしょうし?」
「お前やめろよその可愛いの押し付け! シークも何とか言ってくれよ、お前だって行ってみたいだろ?」
「えっと……」
突然話を振られ、シークが苦笑いでやり過ごそうとする。しかし、そこはバルドルの本当つきが発揮されてしまう。
「君だけ1人で行っちゃったくせに、行ってみたいだろ? だなんて酷な問いかけだね。シークだって誘ってくれたならきっと喜んださ。シークは『1人』じゃ心細くて行けなかったというのに」
「……バルドル、言葉多き者は品少なしだよ」
「品少なし? 品数が少ないどころか僕は一点物だよ、おまけに寡黙な物だ。者ですらないよ、どうもね」
「……シークもそういうお店に興味あるのね、あ~もうヤダヤダ!」
「心配しなくてもお前に接客されたくねえよ、なあシーク」
ビアンカがゼスタの言い返しに睨む。そんな2人を止めに入ったのは、意外にもシャルナクだった。
「あ、あの、わ、わたしは興味がある。その、ビエルゴおじさまに話を聞いたんだが、美しい所作や気遣いが参考になると聞いて……一度学びたいと思っていた」
「おーそうかそうか! じゃあ今度シークとシャルナクも行こうぜ!」
「ちょっと! え、シャルナクまで……」
「無駄なんだろ? 今度俺達だけで行って来るわ」
「なっ……悪かったわよ、私も連れて行ってよ」
悔しそうなビアンカに、3人がたまらず笑い出す。もう管理所は目と鼻の先だ。
とそこへ、後ろからシークの肩を叩く者が現れた。ガチャリと音の鳴る装備、それに足音は複数人。4人が振り返ると、そこにはゴウン達が立っていた。
「あっゴウンさん! お久しぶりです!」
「みんな、久しいね。元気だったかい?」
「はい!」
ゴウンが以前よりも短くなった顎鬚をさすり、ニッと笑う。その横にはリディカ、そして腕組みをして笑顔を見せるカイトスターと、軽く手を振るレイダーがいた。
その横にはもう1人、どこかで見たような顔の青年が立っている。
「こいつは君達も1度会っただろう、大森林で」
「大森林で……あっ! えっと、名前は……」
青年は覚えていなくても無理はないと言って笑い、笑顔でシークと握手をした。
「テディ・スートだ。大森林では助けてくれて本当にありがとう」
「何故ここにいらっしゃるんですか?」
「あの後、バース共和国の港に着いた所で持ち金がなくなってね。暫くメメリ市を拠点に細々とモンスター退治をしていたんだ。帰ったらバスターを辞めるつもりでね。そしたら偶然ゴウンさん達と再会して」
「辞めてしたい事もないのなら、もう1年頑張ってみないかと誘ったのさ。仲間の形見も探したいと言っていたし、君達3人のように……ん? そちらのお嬢ちゃんは」
ゴウンがシャルナクに気付いた。シャルナクはフードを取って猫のような耳を露わにし、自己紹介をした。
「わたしはシャルナク。大いなるムゲン地にあるナン村の、村長ハティの娘だ。シーク達に案内され、今は人間の暮らしを色々と教わっているところだ」
「そうか、君がビアンカちゃんからの手紙で紹介されていた子か! 宜しく、俺はゴウン・スタイナー。妻でマジシャンのリディカに、ソードのカイトスター・マイス、アーチャーのレイダー・ヨーク」
「初めまして、よろしく」
「綺麗な子だね。美人が2人も一緒でシークくん、ゼスタくんも嬉しいだろう」
ビアンカの「ほら見なさい」とでも言いたそうな顔にも、今は言い返せない。シークは寒いので建物の中に入りましょうと移動を促した。
管理所の休憩スペースの椅子に座り、8人はテーブルを囲んで近況を報告し合う。
シーク達はメデューサ討伐やナン村の事、魔王教徒に襲われた時の事について、詳細に説明を始めた。
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