discipline‐13
シークの詠唱に魔術書の効果が乗り、バルドルが湛えるものとは別の炎が具現化される。
「まさか、術を二重に発動させるつもり?」
「バルドル、いくよ。3,2,1……」
シークは手を前方へかざし、渾身の一発を放った。
「……フレイムビーム!」
「ふれいむそ~どぉ」
同時にバルドルからも魔法が放たれる。2重になった魔法は街道の幅いっぱいに突き進み、一瞬で街道の土を露出させた。
一瞬で表面が乾き、雪が融かされたどころか、もはや水たまりの1つもない。
単体では他の強い魔法使いに比べて半分か、せいぜい3分の2ほどだった。しかし今は単純にその2倍。その威力はベテランをも凌いでいた。
「これ、すっごく魔力持っていかれてる……気がする」
「す、すげえ」
「何だ今の、二重に発動させたのか? どうやって……不可能だ」
ざわつく参加者の中で、一番驚いているのはシーク自身だった。元々シークは魔法を補助的に使っていて、こんな万全の態勢で放った事は殆どない。
自分で想像していた以上の出来に、自分がついて来れていないのだ。
「その聖剣……魔力を貯めて、更に発動まで制御できるってことか!」
「その聖剣とは失礼な呼び方だね。僕にはバルドルという立派でかっこいい名前がある」
「失礼、お前さんが喋る事は噂で聞いてたが、本当だったとは。御見事だったよ」
「どうもね。それと確かに僕は喋るし肩書は聖剣だけれど、さっきのは魔法だからズルはしていない」
他の参加者は魔術書だけなら負けていないと言い聞かせたり、先程までのシークのように、ただ純粋に威力に悔しがったりしている。
皆が様々な試行錯誤を始める中、管理所の職員が急いで他のバスターと共に移動式の監視台を先へ動かしていく。これから更に進行速度は上がりそうだ。
「シーク、ちょっとやり過ぎたかな」
「まさか、こうなるって分かってた?」
「自分の攻撃の結果には責任を持つべきだからね、おおよそは。それよりも、ボーっとしている暇はないと思うのだけれど……リベラに負けるよ」
「あっ、そうだった」
シークが慌てて魔法詠唱に入るのを見て、他の者も我に返ってまた雪を融かし始める。この大会は自身を高める事が目的ではない。今はリベラチームに勝たねばならないのだ。
小走りで進みながら魔法で雪を融かしても、もしくは1撃でどんなに遠くまで溶かしても、術者が移動しなければその先が拓けない。術を放ってゆっくり考察する間などない。
後方では現れたモンスターを退治しているバスター達、報酬を期待しているパーティーメンバーや町の住民もいる。その期待にも応えなければならない。
開通したら早速リベラまで向かおうと考えた、多くの商人達の馬車が数珠繋ぎで続いていた。
「うおりゃあー! 双竜斬!」
「みんな避けて! フルスイング!」
ゼスタとビアンカも他のバスターと共に、襲って来たゴブリンや、ウォーウルフなどを本気の一撃で倒していく。触発されたのは魔法使いだけではなかったようだ。
そうして凍えるような寒さの中でも熱気に包まれた街道は、特にギリング側から瞬く間に開通していった。
* * * * * * * * *
「勝ったのはギリングチーム! そしてこのリベラ・ギリング街道の開通にかかった時間は、なんと3時間45分! これはリベラ、ギリング間を行商の馬車で進むよりも早い速度であります!」
シークの魔法に触発されたのか、ギリング側の選手はもう燃えに燃えた。
終盤は炎や水などから身を守る魔法「シェルガード」を全員が掛け合い、魔法を交互に撃つ為に隊列を組み、殆ど走りながら突き進んでいった。
先に魔法を放った者が次の術者の邪魔にならないよう、退避場所を作るという徹底ぶり。
皆がマジックポーションをガブ飲みし、とにかく1発ずつ渾身の魔法を発動させ続けた。はたして賞金でその分が賄えるのか心配なくらいだ。
その結果、ギリングチームが街道の中間地点に辿り着いた頃には、まだリベラチームの姿は確認も出来なかった。
その差、待ち時間にして45分。
リベラチームは、まさかギリングチームが雪融かしごときで全力を出していたとは思っていなかったのだろう。
「ギリングチームには賞金、そして選手とそのパーティーの皆さんへ、リベラの町で使えるお食事券を贈呈します!」
「ヨッシャアアア!」
参加者の殆どは、勿論食事券ごときで大喜びするような経済状況でもなければ、年齢でもない。ギリングは勝ちに来ていた、それだけだ。
楽しそうだからやってみるか……程度だったリベラチームは、言い表せないような後悔の念を抱いていた。きっと次回の大会があれば、本気で挑んでくるはずだ。
「お疲れさん。さ、帰ろうぜ。暗くなっちまう」
「道中倒したモンスターの分は、護衛料として1体1000ゴールド出るんだって。久しぶりのお小遣いになっちゃった」
「わたしはアインスホテルのスイートルームの宿泊券を貰ってしまった。マーク夫妻にあげたら喜ぶだろうか」
「え、当たったの!? 凄いね、シャルナクって運がいいんだ」
ゼスタ、ビアンカは賞金とお小遣いでウキウキだ。シャルナクは観客の中で見事宿泊券をゲットしたらしい。
リベラ、ギリング双方から早速ついてきた商人が、目的の町を目指して動き出す。
帰りの足を見込んだ商魂たくましい馬車の御者達は、早速空いたスペースに乗って帰る客の呼び込みを始める。
最優秀賞はベテランの魔法使いだった。シークが負けたという事は、ゼスタとビアンカも賭けに負けた事になる。それでも久しぶりに楽しむ事が出来て、残念そうでもない。
「僕は結局モンスターを1体も斬る事が出来なかったよ」
「そういうルールだからね。じゃあ、モンスターの形をした雪像でも作ろうか?」
「僕の気を紛らわせて欲しいんじゃない、モンスターを斬りたいんだ」
「そっか、じゃあ仕方ない。明日から俺だけで魔法練習かな、斬るものないし」
「ああっ! 君ってばこういう時に酷いんだから! 『33セーテの聖剣にも16.5セーテの魂』(33セーテ=約1寸)って言うじゃないか!」
「え、言わないよ。しかもバルドルもっと長いじゃん」
バルドルといつものようなやり取りを交わしながら、シークはバルドルをとても丁寧に拭き始める。魔法を放つために使ったのだから、きちんと手入れをする。そんなシークの心意気が、バルドルはとても嬉しい。
「もう……そういうところがあるから、僕は君から離れることが出来ないんだ」
「ん? 何が?」
「言ってしまうと義務のように思われてしまいそうだから、秘密にしておくよ」
シークはバルドルを拭き終わると、自分の鞄に視線を落とす。中にはゼスタへの贈り物を入れた小さな紙袋が入っている。いつ渡すのか……悩んでいるのはビアンカも一緒だ。
このヤケクソ大会は、今後冬の野外で訓練するための下地になる。
明日からは魔法使いが雪原を心行くまで融かし、拓けたスペースでは武器攻撃職が鍛錬をする。そんな光景が見られる事だろう。
* * * * * * * * *
ゼスタの実家で誕生日パーティーを行ってから3日が経った。
ゼスタの耳には今日も赤いイヤリングが、そして寒い中でもマフラーを外し、わざと見えるように首から掛けられたペンダントが見える。
彼にとって初めての、宝石のアクセサリーアイテムだ。
ビアンカの耳には赤いスピネルのイヤリング。シークの首にはいつも青いサファイアのペンダントが掛かっている。皆、それぞれが贈りあったものを大切にしていた。
「もうみんな着いてるかな」
「久しぶりよね。手紙だと結構アーク級のモンスターを発見して退治してるって」
「メデューサ退治の事も色々話したいよな!」
今日は管理所にゴウン達4人が到着する日だ。3人は少し早めに武器屋マークに集合し、シャルナクと共に管理所へと向かっていた。
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