discipline‐12


 

 周囲の魔法使い達は、どんどん強力な炎の魔法を繰り出して雪を融かしていく。シークも負けていられない。


「フレイムソード!」


 シークが魔術書で魔力を増幅させ、バルドルにその魔力を込めた。バルドルを振り下ろせば、まるで竜のような炎が雪の中を暴れ回る。真っ白な雪は、その筋に沿って一瞬で蒸発していく。


「おお!」


「やるな、シーク・イグニスタ!」


「今のは魔法!? 武器技じゃないのよね?」


「新人のフレイムビームにしては威力があり過ぎない?」


「すげえぞ!」


 気力を使う事が反則でなければ、もっと威力を発揮できただろう。バルドルは不満そうだが、シークは魔法使いとして認められ嬉しそうにはにかむ。


「流石は勲章持ち! だが魔力の量なら負けてねえ、見とけよ……フレイムビーム!」


 シークの隣にいた黒いローブの男が、魔術書で目一杯魔力を増幅させた。シークは周囲の闘争心をいっそう煽ってしまったらしい。


「うわっ!? すごい、街道の幅まるっと融かして……あーもう、魔法使いとして負けるのってホント悔しい!」


「はっはっは! どうだ見たか! ライバル心剥き出しでこのまま進んでいくからな。融かせる雪がないとベソ掻かないよう頑張るんだな!」


 男はシークを横目で見てニッと笑う。少なくとも10歳は年上に見えるが、まるでイタズラ好きな子供のように楽しそうだ。次から次へと魔法を繰り出して進んで行く。


 他の魔法使いも、我先に一番手前の雪を溶かさんと駆け足で魔法を繰り出す。振り返れば、街道に雪があった事など嘘のようだ。


「前の奴ら、退け! 次は俺が撃つ! よし……見とけよ、フレア!」


 今度は茶色いトンガリ帽子に青いローブの男が魔法を放った。街道そのものが吹き飛ぶのではないかという程の爆風と共に、雪が解けた大地が巨大な円を描く。


「バーカ! やり過ぎだ! 街道破壊したらどうする!」


「へへっ、つい張り切っちまった」


 魔法披露の大会ではないというのに、それぞれが自慢の1発で賞賛を浴びようと前に出る。


 みんな、本当に楽しいのだ。


 基本的には噂や等級昇格などで他人の力量を測るしかない。実際にどれ程強いのか、またはそうでもないのか、それに比べて自分がどうなのかと比較するなどという機会がない。


 はっきりと肩を並べて認識できるライバルは案外いないものだ。


 特に発動させるまで誰にも分からない魔法職にとって、威力を精一杯他人に見せつけ、競い合える場などない。


「フレアか……俺も使えるけど、今の威力を見せつけられたらちょっと披露できないな」


 しかもこの場には若手や観客も大勢いる。先輩マジシャンとして尊敬されたい、絶対に負けられないという思いはいっそう強くなる。


 魔力切れで倒れ混むのも覚悟で、渾身の一撃を見せるのは当然だった。


 シークもシークで、「いいなあ、すごいなあ」と、悔しそうな声を漏らしている。選手達はそれはもうとても気分がいい。シークの素直さは燃料投下になっていた。


「シーク、はやく! どんどん撃っておくれよ! あの人の持っている魔術書、なんだかいけ好かない!」


「フレイム……ソード! 例えばどんな風に?」


「パラパラと捲れるページが、いちいちヒラヒラして僕を煽っているみたいなんだ。悔しいったらありゃしない」


「……甘えん『棒』め」


 シークにとっても、この大会はとても良い刺激になっていた。


 周囲の評価を自分の中で消化出来ず悶々としていた所に、自分の実力を試せる機会が訪れたのだ。


 本当は魔法の才能も平凡で、聖剣を手に入れたから強いだけ。大した事ない奴だ。


 そう思われたくはない一心で磨いてきた魔法の技術も、他者と比べなければその程度が分からない。


 シークはバスター同士の交流も殆どない。他のパーティーで交流があるといえば、ゴウン達だけだった。この馬鹿げた雪かきは案外大きな収穫になるのかもしれない。


「イグニスタ! お前せっかく杖代わりに剣を使って発動させてんなら、剣先をしっかりと発動させたい方に向けな! 魔法使いは発動の瞬間、手の平や武器で発生する先へと操る。そう習っただろ?」


「フッ。まだまだ、だな」


「はっ……そうか、遠くを狙おうと打ち上げる必要ないんだ。有難うございます!」


「敵に塩を送るのは気が進まねえが、お前には期待してる奴がごまんといるんだ、不甲斐ない魔法使ってんじゃねえぞ」


「はい!」


「シーク、君はとても楽しそうだね」


「ああ、楽しいよ、とても楽しい」


 シークのやる気がどんどん上がり、込められる魔力の質も高くなっていく。一度に溜められる魔力は、何年も一筋で術を磨いてきたベテランには及ばない。


 それでもシーク達はいままで悩み、アイデアを出し、ここまでやってきた。シークはこの場でどうしても「噂だけじゃない、真の魔法使い」と思われたくて、その方法を考える。


「僕は塩は苦手だね。塩なんか『贈られた』ら宣戦布告だよ」


「塩を送るって『助ける』って意味だよ。アスタ村では塩を買うのも大変なんだ。重いくせに海から遠いせいで運賃も掛かる。高級品なんだから、俺は貰えると凄く嬉しい」


「僕は出来れば綺麗なタオルか、洗浄液でも貰いたいものだ。もしくはセットで」


「……あっ」


「どうかしたかい? シーク。まさか僕を拭くためのナイトカモシカ革クロスを忘れてきたなんて言わないよね」


「ううん、バルドルの言葉でピンときちゃった。試したい事があるんだ」


「僕を綺麗なタオルで拭くのかい? まあまあ歓迎するよ」


「違うよ」


 シークは他の魔法使いと競うように魔法を発動させながら、マジックポーションを鞄から取り出して一気に飲み干した。何か魔法を試す気だ。


「そのマジックポーションって、共鳴した時に初めて味を知ったけれど、なんだか幸せな気分にならないね」


「うん、不味いよ。美味しい味ついてるやつは値段が高い上に、1ヶ月くらいしか消費期限がなかったりする」


「今度食事前にうんと疲れてくれるなら、代わりに僕が共鳴して料理の味を確認しても?」


「却下。さあ、バルドル。出番だよ」


 シークは革のバンドで腰に携えていただけの魔術書を右手に取り、そして術式のページを開く。バルドルを左手に持ったまま、シークはニッと笑ってバルドルに考えを読ませた。


「君は時々大胆な事を思いつくね。一応尋ねておくと、君は僕の事を頼りにしているということでいいのかな」


「勿論。愛剣にこの成功を託すってこと」


 シークはバルドルに魔力を溜め、剣先をしっかりと前方に向ける。バルドルの刀身は淡く赤みを帯びたオーラに包まれていく。


「あの……愛剣って『愛人』つまりは『本命じゃない』って意味ではなくて、僕が他の何よりも大切ってことでいいのかな。大切な事だから確認しておきたいのだけれど」


「それ今確認する事? 勿論君が1番で、君以外に俺を託せる武器はないよ、バルドル」


「安心したよ。さあ続きをどうぞ」


 禍々しいオーラを湛えたバルドルは、緊張感を同時に纏う事は出来ないようだ。シークはやや魔力が逆流してしまい、もう一度バルドルに魔力を込め直す。


「バルドル、いいかい、発動を我慢してね。掛けるよ」


「いいよ。君の1番になれない『愛本』で魔法を放つのに合わせる」


 シークが深呼吸をして目を閉じ、自分の手とバルドルとの接点だけに集中する。魔力の流れをしっかりと感じ取りながら魔法を唱えると、バルドルを覆っていた禍々しいオーラが一気に炎に変わる。


「お、おい、あれは……何だ!?」


「剣が、光っている!?」


 我先にと先を目指す選手達が手を止め、シークへと振り向く。そして彼らはシークの姿を見てそのまま固まった。

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