discipline‐11
企画というものが想像できず、シークはどんなものなのかを尋ねる。
「街道の雪を融かすことができ、かつバスターの皆さんが退屈など一気に吹き飛ばして盛り上がれるものですよ」
「雪かきじゃあ盛り上がらないし、魔法は関係ないですよね。雪像を作るには時間もかかり過ぎます」
「いえいえ、簡単な催しですよ。魔法で雪を融かして競う大会を開催しようかと思いまして」
「えっ、大会?」
「何もしないよりはいいでしょう?」
* * * * * * * * *
午後になり、ギリングの北門には魔法使いや見物人が続々と集まっていた。一体こんなにも多くのバスターがどこにいたのか。皆暇を持て余していたようだ。
管理所の放送が町中に響いてから2時間。それでこれ程集まるのならまずは成功だろう。
「それでは、第1回、雪融かし大会を開催いたします! 魔法使いの皆さんは位置について下さい!」
大会のネーミングセンスはさておき、北門には選ばれた30人の魔法使いが並ぶ。その中にはシークの姿もあった。
「まさにヤケクソってやつだね」
「そうだね、まさにそれ。でもこんな馬鹿馬鹿しい大会でも、やる気になると楽しいよ」
「何も斬る事が出来ないのはつまらないけれど、僕も参加させてくれてどうもね」
この大会は、街道の雪を魔法で融かして進む、ただそれだけだ。それ以外のバスターは見物の一般人をモンスターなどから護衛しながらついていく。
「まず、ギリングの北門からスタートです! 先に街道の境界の石柱に辿り着いた町が勝利! 勝てば2万ゴールドと、負けた方の町で使える豪華お食事券1万ゴールド分を、なんと選手が所属するパーティーの人数分貰う事が出来ます!」
「よし! 絶対リベラに勝つぞ!」
「おう! マジックポーションのストックは山ほどある! 魔力が尽きたら使ってくれ!」
この大会はギリングだけではなく、リベラをも巻き込んだ対抗戦になった。リベラでも暇を持て余したバスターが足止めを喰らっている。そこでギリングとリベラの管理所が電話で打ち合わせをし、対抗戦という形を取ったのだ。
もしも雪かきをするとなれば、報酬のゴールドとお食事券程度の費用では到底足りない。こんな大会であれば、発注する町も、バスターを鼓舞する管理所も、誰も損をしない。
退屈は最高のスパイス。まさに管理所の読み通りだった。
「人が通っている可能性がありますから、きちんと移動式の監視台も持っていき、視認と拡声器での案内を行い、安全を確保いたします! 一般の皆様には、町長とアインスホテルの協賛により、3組様にスイートルーム宿泊券が当たるチャンス! さあ精一杯応援しましょう!」
「バスターさん! 絶対勝ってくれ!」
「スイートルームなんて生涯に1度だって泊まれるか分からねえ、頼む魔法使い様!」
腰の高さまである門の外の雪原を見据えながら、双方の町のバスターは開始の合図を待っている。曇り空は相変わらずで、時折チラチラと雪も舞っている。それでも参加者達の熱気の前には些細なことだ。
「選手の中で一番活躍した方には、町長から賞金10万ゴールド、管理所からエリクサ―が10本が贈られます!」
「エリクサ―!? 絶対に負けないわ!」
「はっ、俺はとびきりの魔術書を新調したばかりだからな。この大会の主役は俺が貰った!」
バスターや観客は賞金で釣られ、町や管理所の思惑通りに手の平で踊らされている。シークもその中の1人だった。
「見てよバルドル、あのバスターの人が手に持ってる魔術書、凄いな……」
「僕以外の武器を褒めるなんて、まったく酷い持ち主だよ君は。魔法を撃ってよし、モンスターを斬ってよしの僕よりも、そんなに『他本』が魅力的かい」
「分かってないな、バルドル。俺と君とで、あの凄い魔術書よりも活躍するんだよ。強いライバルがいると燃えるだろう」
「まあ、魔術書くらい魔法剣で言葉通り燃やせるのだけれど」
「いや、そういう意味じゃないって」
踊らされているシークは、バルドルを躍らせるために耳触りの良い言葉でやる気を引き出す。すぐ後ろにはゼスタとビアンカ、そしてシャルナクまでもが応援に駆け付けていた。
「シーク! 10万ゴールドよ10万ゴールド!」
「誰が最優秀選手になるか、見物人で賭けてんだ。絶対勝ってくれよシーク!」
「2人とも、純粋な気持ちで応援をしなければ。でもわたしも……スイートルームには興味がある」
「まったく、本当に人間は欲深くてお金が大好きなんだから。戦えるだけで幸せな僕を見習ったらどうだい」
「あたしはこれでビアンカが賭けに勝ったら、天鳥の羽毛を使った特注のマットを作ってくれるっち約束してくれとるけん、全力で応援するばい」
「はぁ!? なあゼスタ、俺っちは? 俺っちには何かねえのか!?」
シークは苦笑いし、バルドルをしっかりと握り直す。もうすぐスタートの時間だ。
「あの~シーク、僕には何か買ってくれる……のかい?」
「『戦えるだけで幸せな僕』は他に何を望むというのかな?」
「う~、シークぅ~」
「分かったよ、欲深い君のためだ。今度武器屋マークで好きなもの1つ選んでいいよ」
「やった! 頑張ろうねシーク!」
「聖剣じゃなくて、おねだり上手に肩書きを変えてやろうかな……」
選手達は、応援なのか何なのか分からない観客達に見守られてスタートを待つ。マスターの説明が終わり、やがて町長がスタートの合図を出すため、懐中時計を見ながらカウントダウンを始める。
「それでは! 5、4、3、2、1……スタート!」
「うおぉぉぉ!」
「ファイアーボール!」
「フレイムビーム!」
ズドンと体の芯まで響く空砲と共に、選手が一斉に術を発動させた。人が1人通れる程度の幅で雪を融かしても意味がない。きちんと街道を開通させなければ失格だ。
真っ白な雪原にはあっと言う間に道が現れる。魔力が高い者がどんどん先へと進み、他の者は街道の端まで綺麗に露出させるため、細かに魔法を唱え続ける。
その丁寧な仕事っぷりも、もちろん評価の対象だ。シークは他の熟練の魔法使いに混じって、負けじと進んでいる。バルドルを使ったファイアーソードなら、幅はともかく遠くまで溶かすことが出来る。
「よう! やっぱり噂通り優秀みたいだな! でも幾らあの有名なシーク・イグニスタが相手でも、魔法の事なら負けないぜ?」
「たまには勝たせて貰わないと、ベテランの意地ってもんがあるからな。魔力も魔術書も万全で挑ませてもらう! 最優秀賞は俺のもんだ」
ベテラン達は彗星の如く現れた期待のルーキーに負けじと、あるいは良い所を見せようと必死だ。並みならぬ対抗意識でどんどん雪を融かしていく。オーバーペース気味にすら思えるが、リベラチームの速度が気になる所だ。
「あ~ただ雪を融かしているだけだってのに、なんでこんなに悔しいんだ! やっぱり魔法って積み重ねと魔術書がほんと大切だよなあ!」
「君が諦めると、必然的に僕まで負けることになる。君にナイトカモシカ革クロスをロールで買わせるまで、僕は諦めない。ほら魔力を込めて」
「え、ロールで買わせる気!?」
「うん」
どこが戦えるだけで幸せなのか。バルドルの物欲も計り知れない。
シークはファイアーソードを駆使しながらなかなかの活躍を見せていた。その視界には他の魔法使いの魔術書が嫌でも目に入ってしまう。
「はぁ……あの魔術書、完全攻撃術特化型なんだってさ。あっちの人はミーミルの樹の表紙に、銀の装飾だって。凄いなあ、いいなあ」
「買える強さに負けているのはいい気がしないね」
「じゃあ全力の魔法剣でどこまで燃やせる?」
「そうだね。横のミーミル樹皮の魔術書を悔しがらせるくらい遠くまで」
「君のライバルは選手じゃなくて、魔術書なのか」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます