discipline‐10

 

 

 * * * * * * * * *





「ねえシーク」


「ん、なんだいバルドル」


「僕はとても暇なのだけれど、気付いているかい」


「じっとしている事に関しては、人間よりうんと得意だって自慢していたじゃないか」


「得意だからってそれが楽しい訳じゃないんだ、我慢出来るってことなんだよ。つまり今この瞬間だって、僕は我慢しているのさ」


 ニータ共和国の高原で特訓を行ったシーク達は、11月末になり、エンリケ公国を行きを諦めていた。例年よりも早く雪が降り始め、峠越えの山道が冬季封鎖されてしまったのだ。


鉄道を使ってカインズに向かい、そこから南下する事も出来た。しかし3人はそれをせずにギリングに戻っていた。


 南のテレスト王国に滞在していたゴウン達がギリングに立ち寄る。彼らに鍛えてもらうのだ。


 予定ではゴウン達がギリングに着くまであと4日。この数日は、ビアンカもゼスタも実家で待機していた。シークも宿から出ずに、部屋の中で腕立てや腹筋、スクワットなどをして過ごしている。


 その理由は、近づいた窓の外にあった。


「こんな中、モンスター退治に出かけられると思うかい?」


「う~動かされたい、動かされたいよ僕は! もう4日も素振りすらして貰えていないんだ、僕の事を少しは哀れんで欲しい!」


「俺だって参ってるよ。体は動かせないし宿代ばかりかかるし。せっかく特訓したってのに、これじゃ体も技術も戻ってしまう。あー動きたい! 俺も君を振り回して大暴れしたい! あーもうやだ、俺も暇!」


 円柱型のストーブが植物油を燃やしていて、おかげで室内は温かい。しかし窓の外は別世界だ。


 12月に入り、1日の気温は常に0度を下回る。ギリング周辺は雪が降り続いていて、家々は1階の窓まで埋もれそうだ。雪かきをしてもすぐにまた降りだすため、キリがない。


 シークも学生時代には苦労した。通えなかった日もあったし、帰れずにゼスタの家に泊めて貰う事もあった。


「明日、ゼスタの誕生日なんだけど……」


「お? 外出するのかい? 今から外出するんだね?」


「うん……暇なのにプレゼントも買えてないからね。ゼスタが要らないって言い張るから、ビアンカと予算3万ゴールドでそれぞれ何か贈ろうって話」


「力増幅の効果があるペンダントや、イヤリングがいいね」


「ビアンカがガーネットのペンダントを贈るってさ。俺はどうしようかな」


「それなら揃えてガーネットのピアスを贈るべきだ。気力を保つ効果があるからね」


「揃える、か。いいね、そうしよう」


 シークは温かなアンゴラの白いセーターのまま、大き目のグレーのロングコートを手に取り、革の手袋をはめる。最後に雪の中も歩きやすい黒いブーツを履く。


 が、シークはそこでいったん考えた後、一度コートとアンゴラのセータを脱いだ。カシミヤのセータに着替えて軽鎧を着て、ブーツの代わりに足具を、手袋の代わりに小手を身に着けてコートを羽織る。


 バルドルの悲しそうなオーラを感じたからだ。


「……雪が激しくなったらすぐに帰るからな」


「もしかして……もしかして! うん、うん! ついでにクエストを受けるってのはどうだい? お金、必要だよね?」


「こんなに雪が積もってるってのに、モンスターがうろついてると思う?」


「もう……シークってば夢がない人間になってしまって。僕は悲しい」


「モンスターがうろついてる事を夢と説く君に言われたくないかな」


 シークが外で素振りをしてくれる。バルドルは先程の不貞腐れたような声など忘れ、無邪気に声のトーンを上げた。


「ああ、早く斬りたいな~、き~りた~いな~っ!」


「歌うなって、また隣の部屋の人に壁を叩かれるぞ。それに物騒だから斬りたいとかほんとやめて」


「雪の日はずいぶんと『剣権』が侵害されるね」


「じゃあ雪を訴えてくれ。雪相手に敵討ちするなら付き合うよ」


 ゆるやかな螺旋階段を下りると、外出名簿に名前を書いて玄関の扉を押し開ける。雪のせいでしっかり開かないため、すり抜けるように出るしかない。シークは両側に背丈以上の雪が積まれて細くなった通りを歩きだした。


 正午まであと2時間。もう明るくなっていい時間だというのに、厚い雲はシークのコートと同じ灰色で空を覆う。吸い込む空気は肺まで凍らせそうだ。


 開いている店はまばらだ。魚屋は少しばかりの干物を並べ、八百屋は野菜が凍らないよう、ストーブを店先に出している。


 すぐ近所で見つけたアクセサリー屋は閉まっていた。シークは仕方なしに北門の近くにあるアクセサリー屋まで足を運ぶことにした。


 なぜ仕方なしなのか。それは北門に向かう途中で管理所の前を通るからだ。


「シーク、ねえ、管理所にはどんなクエストが出ているかな」


「どんなクエストが出てるかって? あっても何も出来ないよ」


「町の近くでこなせるクエストがあるかもしれないよ? きっと今日のご飯が豪勢になる」


「出ていても平原の雪かきなんて誰もしないんだ、歩けると思うかい? そりゃあ君は歩かなくてもいいだろうけどさ」


「お願い、お願いだ! ……見るだけでも、ね? 見るだけでもいいんだ!」


「甘えた声出しても駄目。クエストの受注は晴れて気温が上がった日に、雪が融けてから」


「見るだけ、見るだけなんだ。暇なのだからちょっと散歩のつもりで、ね?」


「はぁ、分かったよ」


 シークは何だかんだ言ってもバルドルに甘い。ため息をつきながら管理所に着くと、積雪で埋もれた扉を押し開けて2階を目指した。


 石造りのせいか、館内はひんやりとしている。大きなストーブが用意されているが、雰囲気だけでなくとても寒い。職員は全員クリーム色のコートを着たまま仕事をしていた。


「クエスト……どこから見たい?」


「オレンジ!」


「はいはい」


 シークがバルドルを手に持って掲示板を眺める。天候のせいか依頼は少ない。受注する者もいないのか、貼り出しの日付が数日前のものも目立つ。


「あれ? ギリングでイエティ討伐のクエストが2つも出てる」


「雪の季節には、シュトレイ山脈から食べ物を求めてイエティーが降りて来る事があるんですよ」


「あっ、こんにちは……」


「どうもね」


 シークが振り向くと、そこにはマスターが立っていた。鼻下の髭は相変わらずしっかり整えられ、人の良さそうな笑顔でクエストの説明をしてくれる。


「この季節に行商をする者にとっては脅威になるんです。この北の街道がイエティーの行動範囲と重なるようで、時々こうして依頼が来るのですよ」


「シーク、これは人助けだよ! 僕は決して『剣助け』をしろと言っているんじゃない、断じて僕のためじゃない」


「……はぁ、結局こうなるんだから」


 シークはガックリと肩を落としつつも、イエティー討伐のクエストを受注した。対照的に、バルドルは調子の外れた鼻歌交じりでご機嫌だ。


 もう戦いが終わった後にナイトカモシカ革クロスで丁寧に拭かれ、天鳥の羽毛クッションの上にゆっくりと置かれる所まで思い浮かべている。


「こんな雪の日にバスター稼業に勤しむ者なんて滅多にいない。暇を持て余した連中が、雪かきの人員募集で集まってくれるくらいさ」


「シーク、ファイアーソードで全部溶かしてあげるのはどうだい」


「町中で許可もなしに攻撃魔法を使ったら逮捕されちゃうってば。あ……でも」


 シークはふと思いついたように顔を上げ、マスターに1つ提案をする。


「魔法使いを集めて、街道の雪を溶かすのはどうでしょう。流通や人の往来も、雪融けまで待たずに済みますよね」


 バスターは炎の魔法で雪を融かしながら雪原を進む事がある。シークはそれをもっと大々的に行おうと考えたのだ。


 マスターは指折りで何やら数えて頷き、シークにニッコリと笑ってみせた。


「……モンスター討伐にも向かえず、移動すらできず、バスターも住民も鬱憤が溜まっております。そのアイデアを利用してちょっと面白い事を企画しようと思うのですが、如何でしょうか?」

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