discipline‐04

 

 魔力を込めた後で技を発動させる事は出来る。ただ、それは風を纏っても炎を纏っても、結局バルドルで斬る事に変わりはない。


 シークが目指しているものは違った。バルドルの刃の斬れ味を、風の刃や炎の刃に持たせたいのだ。


 それはビアンカが放つスマウグのように、武器本体の威力を使った気弾のようなイメージだ。剣技には殆どない遠距離攻撃を可能にする、画期的な案のはずだった。


「練習した事もない技を今から、それも初めて対戦する相手に使いたいとはね。今この時点で不発ってのは無謀過ぎやしないかい、シーク」


「こんなに難しいと思ってなかったんだ。町の中で試す訳にもいかなかったし」


「僕がいくら立派な聖剣でも、君の努力なしでは力になれない」


「君だって、さっきは乗り気だったじゃないか。……って、自分で立派って言う?」


 シークが苦戦している頃、ゼスタはケルベロスの指南を受け、メデューサに止めを刺した「業火乱舞」の自力習得を目指していた。


 無数の斬撃の1つ1つへと瞬時に気力を込め、そして業火に練り上げていく技。ベテランでも使える者はごく僅かだ。本来魔力で行うべきところ、己の気力で無理矢理業火を生み出す。それは並大抵の努力で出来る事ではない。


 そんな高度な技術が必要な気力技に比べ、魔法なら炎を生み出す事くらい造作もない。従って、魔力があるバスター志願者は殆どが魔法使いを目指す。努力の過程をある程度省くことが出来るからだ。


 一方、ただ力を込めて解き放つだけの「魔槍スマウグ」は単純で分かりやすい。


「灯台のように、光を真っ直ぐ放つイメージ……」


「アルカ山で使った時の3倍は集中せんと、威力が足らんごとなるばい」


「そういえば魔槍まそうグングニルで撃つ魔槍スマウグって、なんだかややこしいわね」


「スマウグはね、伝説の邪竜スマウグの事なんよ。技がまるでスマウグが飛び掛かるごとあるけん、そう呼ばれるようになったと」


 グングニルはふと考えた。技の成り立ち、イメージ、それらを知らずに技を極められるだろうか。グングニルは良い機会だからと、ビアンカに説明を始める。


「昔は魔槍まそうも何本かあってね。スマウグは魔槍やないと撃てん技やった。そのうちスマウグを『魔槍まそうを撃つ』っち言うようになって、そこからスマウグが魔槍っち呼ばれるようになったと」


「そうだったのね。魔槍のことをスマウグって言う訳じゃなくて、スマウグの事を魔槍って呼ぶ訳ね」


「そう。今度、邪竜スマウグを調べてご覧なさい。縮んで、そこから一気に伸びて向かうような動きをイメージしてみり。これが出来るようになったら牙嵐無双がらんむそうも教えちゃる」


 ビアンカは早くも完成度の問題という所まで来ている。そんなビアンカの動きも見つつ、ゼスタもケルベロスにうっすらと炎を纏わせる事が出来ていた。


「斬撃の次、片手の動きが終わった後だ! もう片手で攻撃するまでの間で気を溜めて、んで振り下ろしの時だけ燃やすんだよ、あー違う! 気が溜まるまで待っちゃいけねえ」


「だーっ! 難しすぎるだろこれ。技を撃つ間に気力切れを起こしそうだ。気力を溜めるんじゃなくて、最初から燃やすつもりでいってみるか……」


「共鳴して出来た技は、ゼスタの潜在能力で習得出来る技だ。まあ色々試してくれ」


 ゼスタも技の練習に入り、既に問題の解決方法まで見出している。シークはまだ初期の段階で躓いている事に不安を覚えていた。


「……ひょっとして、俺って才能ない?」


「『無責任を負う』つもりで言うとだね。君の才能は確かなものだよ、シーク。今苦しんでいるのは君が魔法使いだからさ」


「魔法と相性が悪いってことかな」


「違うよ、君が単純に剣術に慣れていないのさ。今までは技の型を覚える事を重点的にやってきた。だから君は『力を込める』という練習は殆どしていない。言うなれば今までは演武、これからは剣術」


「形だけだったって事か、確かにゴリ押しだった感じはするね。おかげでだいぶ筋肉もついたけど。ってことは、バルドルに気力を流す訓練をしない事には、理想の技に到達できないのか」


 シークはゆっくりと目を閉じた。バルドルの言う通りに精神統一をし、自らの神経をバルドルを握る両手に集中させる。


 腕から指先に何かが流れるようなイメージと共に、このような技にしたいとイメージしながら姿勢を維持する。


「手に流れを集めて、冷たい鉄を手の熱で温めるようなつもりで。それを僕に伝えていくんだ」


「……伝わってる?」


「いや、全然」


「そんなキッパリと言わなくても……」


「僕は『本当つき』なのだから、それは仕方がない」


 シークはガックリと肩を落とす。


 今までは全身から強引に気力を溢れさせていた。その効果は筋力の補助に使われ、バルドルには殆ど流れていなかった。


 今度は局所的なコントロールが必要になる。シークは力任せなやり方を改め、体内の気の流れを探るように深呼吸をした。


「初めて魔法の本を読んで、一人でコッソリ練習をしていた頃を思い出すよ」


「おや、何百年も生きてきた僕の前で昔話かい」


「持ち主の事を、ちょっとは知りたいなんていう可愛げがないのかい」


「可愛いよりはカッコイイの方がいいのだけれど。そういえば君はあまり自分の事を語らないね。少し聞いてもいいかい」


「じゃあ、ちょっと昔のことを。君がまだ森に『あった』頃だね」


 シークは目を開け、草の上に腰を下ろした。バルドルを鞘から出したまま、初めて魔法を覚えた頃の事を思い出す。バルドルはその思い出を読み取っていく。


 草原を吹き抜ける風は木を燻したような匂いを纏い、深呼吸をしても不快ではない。昔を懐かしみながら一休みするには心地良い。


 シークが魔法を初めて使ったのは6歳の時だった。


 伝説の勇者の話を幼年学校で習った日、シークはその足で村の資料室に駆け込んだ。まだ満足に読めもしない分厚い本を借りるためだ。


 1ページを読むのに何分もかかり、時には声を出しながら文字を追ったその本は「勇者伝説」だ。


 そこには勇敢なソードのディーゴ、そして仲間の旅が書かれていた。ディーゴは勇敢で、モンスターをバッサバッサと斬り倒していく。彼は旅をする中で、魔法使いと出会った。


 魔法使いはランプもないのに灯りをつけ、雲もないのに雨を降らせ、何もない空間に風を起こした。


 シークにとって、それはとても衝撃的で胸躍るものだった。


 幼い子供は不思議なもの程知りたくなる。武器や勇者への憧れが募る一方で、シークはどうしたら自分も魔法が使えるだろうかとも考えるようになっていた。


 シークは誕生日に両親に強請って、町から魔法とは何かという本を取り寄せてもらった。シークはそれを毎日毎日、魔法が幻となって目の前に出てくる程読んだ。


 あまりに捲り過ぎて、ページの角がボロボロになったくらいだ。


 魔術書ではないため、魔力に影響を及ぼす事もない。シークは自分に魔力があるか否かも知らないまま、いつかは自分も魔法が使えると信じていた。


『まほーを、となえる、には、まりょく、が、ひつよおです。しずかにめを、つぶります。からだのなかを、ちでは、なくて……しんぞお、から、すきなだけ……ながせるような、まりょくだま……り、を、かんじてください』


『そこから、ながすまりょくを……』


 本を買って貰ってから2カ月、シークが魔力の流れを理解し始めてから数日が経っていた。


 その日も何十回と読んだ術式のページを、何度も何度も読んでいた。その時、突然シークの体の中で何かが押し出されるように流れた。


 ハッと気づいた時、シークが口にしていた呪文はアクア。


 何かがおかしいと気づいた時にはリビングのテーブルの上は水浸しだった。驚きに声を上げたシークに気付いた母親が何事かと見に行くと、水浸しになったまま固まっているシークがいた。


「見えたかい、バルドル。これが俺と魔法の出会い」


「僕との出会いより感動的とは恐れ入ったよ。どうもね」

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