discipline‐05

 

 シークがどんな子供だったのか、魔法への興味をどのようにして持ったのか。バルドルはシークの回想を全て読み取っていく。


「魔法の本を買って貰ったのが君の運命となった訳だね、僕以外の武器を殆ど扱っていないのも好印象だ」


「そりゃどうも。初めて魔法を使った日、めちゃくちゃ怒られた」


「魔法を使う事は諦めなかったんだね」


「日照りの時に水を撒くくらいの雨を降らせたり、褒められたこともあったからね」


 自分に全てを見せてくれる、それはバルドルを信用しているということだ。バルドルはそれを実感する時、「相剣」として誇らしい気分になれる。


 シークが果たしてそれに気付いているのかは分からない。1つ言えることは、バルドルもまたシークを信用していて、自分の事を誇らしく思ってくれているシークを『相人』だと認めているということだ。


「僕の今までをお見せ出来なくて悪いね」


「いいよ、必要な事は話してくれるだろ」


 ゼスタとビアンカも気が付けば休憩に入っていて、話す声も草を踏む音も、空気を斬り割く音も聞こえない。


 シーク辺りを見渡した後、草の上に寝転んだ。雲が流れる空を見上げ、今一度、初めて魔力の流れを感じた時の事を思い出していた。


「あの時は魔力を流そうとしたんじゃないんだ。どこに魔力があるんだろうって、探したんだ」


「気力も同じだよ。僕は君の気力を、戦いの中で少しずつ蓄えている。けれどそれは、君が溢れさせたものに過ぎない。気力はどこからやってくるんだい」


「ん~、胃袋かな、それとも吸収するとしたら腸かも」


「試した事は?」


 シークは目を閉じ、気力がどこから湧くのかを探り始めた。胃袋なのか、腸なのか。1つ1つ扉を開けるように確かめていく。


「シーク。気力って、気持ちの力と書くんだよね。気持ちがどこから湧くのかを尋ねても? 僕は心鉄しんがねだ」


「気持ち、か。どこだろう。心だとは聞くけれど」


「剣の心鉄は周りより柔らかいんだ。柔らかい心鉄は、硬い刀身がポッキリ折れないように僕を守ってくれる。いつだって変わらない」


「人間と一緒だ。体が弱っている時は心で立ち上がる。心が柔軟なのは良い事だよ」


「生憎、僕に立ち上がる足はないけれど」


 シークは心が何なのか考え始めていた。


 魔力は備わっていない人間もいる。しかし気力が備わっていない者などいない。ただ使い方が分かっていないだけだ。


 魔法使いは気力よりも先に魔力を使ってしまうため、気力をの制御が総じて下手な傾向にある。シークもその例に漏れない。気力を感情と勘違いしていると言ってもいい。


「俺の支え、心……」


 シークはそれが何かを掴みかけていた。確かに自分の中にあるのだと、それは分かった。あとはどう使うかだ。


 ビアンカやゼスタは学校でその訓練をし、自在に操れるようになった。そのきっかけは人それぞれで、例えばゼスタが習得した方法を試したとしても、シークに合うとは限らない。


 一方、一度コツを掴めば、歩くことと同じで決して忘れない。


「ねえビアンカ」


「なに? どうかしたの?」


「ビアンカは……どうやって気力の使い方を覚えたんだ?」


「私? ん~、上手く言えないんだけど、授業で気力を引き出す特訓が続いてた頃、ある日夢の中で槍が出てきたの」


「槍?」


 シークは予想外の答えに体を起こした。ビアンカはシークが気力の使い方で悩んでいるのだと気付いたようだ。


「ゼスタ! ちょっとこっちに来て、気力の使い方をシークに教えてあげたいの!」


「気力? ああそうか、魔法使いは技の特訓を受けねえんだったな。つか気力の使い方を知らないまま、今まで剣を使ってたって……それはそれですげえ話だな」


 ゼスタもシークの横に腰を下ろす。シークは偶然聖剣を拾っただけの魔法使いだ。ゼスタも改めて言われるまですっかり忘れていた。


 今のシークの戦い方は非常に危うい。ゼスタにも友人として焦りが生まれる。


「私は夢で槍を見た時、それを手に取った自分を俯瞰してた。槍に湯気みたいなものがどんどん集まっていくの。ふと手にしていたはずの槍が消えて、代わりに具現化された光る槍が手元に残ってた」


「具現化した、槍……まるで魔力みたいな話だ」


「そうなの? 私はその時に決めたの。絶対にランスになるって。そして、待ちに待った槍の授業の時……気力が槍に流れ込んでいくのが分かったわ」


「勝手に?」


「ええ、自然と流れていったの。そのまま一番簡単な『二段突き』で木人を攻撃した時、粉砕しちゃった。先生からおめでとうって言われて、これが気力なんだって理解したわ」


 ビアンカの話は、良いヒントになっていた。ただ、既に剣を持った状態ではあと一押しが足りないようにも感じる。


「ゼスタは?」


「俺か? 俺は気力に関しては苦労した方だな。今のシークの悩みなんて、そりゃあもう何十日と味わったよ。無理矢理全身の毛穴をこじ開けるつもりで、頭の血管がブチ切れるんじゃないかってくらい毎日気張ってた」


「その話、時々学校帰りに愚痴ってたね」


「ああ、その頃の話さ。シークがふと自分の魔力をどうやって解放したかの話をしてくれたよな。毎日毎日、自分の呪文に魔力が乗ったらいいなとずっと思ってたって」


 ゼスタは当時、シークが初めて魔法を成功させた時の話を参考にしていた。彼は自分が繰り出す特訓の一撃一撃を、まるで術式を読むように念じながら繰り返した。


 自分の斬撃を思い浮かべ、そこに気力が乗るとどんな技になるんだろうかと。


 そんな日がしばらく続いたある日、ゼスタはいつものように武器の授業で悪戦苦闘していた。


 手に持っていたのは斧。もしもこれが魔法なら、斧が光って雷を落とせるんじゃないか。そんな事を考えながら斧を振り下ろしていた。


「気力を強引に溢れさせることくらいは出来るようになってた。まるで効率なんて考えていなかったけどな。どうせなら魔法のようにポンッと形になってくれたらなって、そう思った時だった。シークが言った魔力溜まりみたいなものが胸の中で脈打った」


「俺が魔力を使った時と一緒だ」


「ああ、気力も同じだった。じわりと染み出したものを自分で掬って、それを斧の刃に塗るような感覚だった。ただの素振りだったのに、気が付いたら斧が石の床にめり込んでいたよ」


 ゼスタの話はビアンカの話をしっかりと補完してくれた。気力はどこかにある。それが何処にあるかではなく、その気力をどうしたいのか。


 シークはビアンカとゼスタの話を反芻し、まずは気力ではなくバルドルをイメージした。次にどんな攻撃をしたいのかを明確にする。


「刃に気力を塗る……完璧じゃないけど、何か掴めた気がする。……よし、休憩終わり! 特訓再開だ!」


 シークは立ち上がり、バルドルを構えた。バルドルの軽いのに頼りになる重みと、自分のために一緒に悩み、解決策を考えてくれる仲間の大切さ。それらがシークにとっての活力だ。


 それを気力と呼べるなら、今度こそ上手くいく気がしていた。


 心の中にあるそれら全てへの感謝、それとシークの理想。魔力の代わりに感じるものを思い浮かべたまま、シークはただバルドルを見つめながら剣を振り続ける。


「バルドル、俺が魔法剣を使った時も、受け止めてくれたのは君だった。剣技を習得して、気力を初めて流し込んで発動させるための武器も、君だといいなって思ってるんだ」


「光栄だね。君に眠る力を、僕が目覚めさせるとなれば気分がいいよ」


「じゃあ、俺の気力があともうちょっとって所にあったら、引っ張り出してくれないかな」


「なるほど。そうだね、うん、そうだ。僕も聖剣としてあるべき姿が何か、分かった気がしたよ。きっと上手くいく」

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