discipline‐03

 

 シュトレイ山が雪に閉ざされる季節は、人が訪れる事もなくなる。警戒は必要だが、襲われる可能性もぐっと低くなる。ヒュドラは爬虫類と考えられていて、雪の中を何十キロメーテも動き回るとも思えない。


 「風が気持ちいいわね。ちょっと肌寒くはあるけど」


 ビアンカがグングニルをバトンのように回し、とても軽やかにフラッグをはためかせている。


 あとひと月もしないうちに、この辺りもコートを手放せなくなる。標高の高い村の周辺は雪が降りはじめ、更なる高地トレーニングどころの話ではなくなってしまう。


 春まで時間はあっても、特訓に適した気候と場所は限られるのだ。


「そろそろ戻ろうか。西に雨雲が出てきた」


「この爽やかな気分のまま終わりたいな……そうしようか」


 シーク達は麓の町ミミラに戻り、クエスト報酬を受け取った。ギリング周辺とは違い、この辺りはブルー等級程度のモンスター、特に鳥型が多い。稼ぐにはもってこいだ。


 木造の建物が多い町の中で、管理所だけは他の町と変わらない。3人は慣れた足取りで管理所の2階に上がり、クエストの掲示板を眺めていく。


「本日、ハーピー、パズズの目撃情報はありません……だって」


「いたら特訓やクエストどころじゃないもんな」


 人間の体に鳥の頭と翼を持ち、鳴き声で獲物を気絶させて餌にするハーピー。同じく鳥のような姿で、疫病をばら撒くパズズ。オレンジ等級のこの2体が現れた際は、討伐クエストの受注者以外は外出が禁止となってしまう。


「……あったわ、ルフ討伐」


「ルフって、リディカさんがくれたノートの中で、オレンジ等級では最強クラスって書かれてた奴だよね」


「えっと……『翼を広げると、私達が4人並んで手を広げたよりも大きく、人間を2人くらいは簡単に連れ去ってしまう。爪と嘴の攻撃は当たり所が悪ければ一撃で戦闘不能、魔法がなければそのタイミングしか攻撃のチャンスがない……』らしいわ」


「つか、この町にパープル以上のバスターなんているのか? 他の町でも滅多にいないんだぜ?」


 パープルのクエスト「ヌエ討伐」は、もう2週間以上貼り出されたままだ。バルドル曰く、キマイラよりも2回り程小柄で、炎のブレスを使ってくるらしい。


 バクのような見た目に尾は蛇、手足は虎のように太く、夜行性。怪音波で人の思考能力を著しく低下させる。


 勇者ディーゴ達も倒したことがあり、その時は1時間程の戦いになったのだという。


「ずっと残ってるって事は、そうかもしれないね」


「ヌエと戦えたら、キマイラ戦が随分と楽になると思うよ。ヌエはキマイラをうんと弱くしたようなモンスターだからね」


「うんと弱くしても勇者達が1時間で倒せるレベルかよ」


「私達より確実に上って事ね。それより弱いルフを倒せなきゃ挑む資格すらないわ。次はルフ討伐のクエストを受けましょ」


「この状態で、俺達よく4魔討伐なんて掲げたよな」


 鳥型のモンスターは、不利になってきたと悟ると飛んで逃げていく。人間を襲い憤怒している間に勝負をつけるのが重要だ。如何に高く跳び、いかに早く叩き落とすかが鍵となる。


 ハーピーの音波攻撃はシークのケアで無効化できる。それ以外は大型の鳥と変わらない。


 パズズも一般人にとっては恐怖となるが、体が大き過ぎて長時間浮遊していられない。時折地面に降りるため、比較的攻撃もしやすい。シーク達はもう既に数体を倒して慣れていた。


 とは言っても、武器が当たるのはせいぜいジャンプして手が届く範囲。大体はシークの魔法のおかげである。


「あの……鳥系のモンスターはそろそろ飽きてもいいと思うのだけれど」


「俺っちもそう思う! 気が合うな、バルドル」


「ハーピーに魔法を当てて、高度が下がったところでビアンカがグングニルを投擲。もしくはゼスタが双竜斬、落ちたところを仕留める。暇だし特に僕の出番が少ない」


 鳥系のモンスターは本来魔法や飛び道具で倒しきるもので、剣や槍で倒すものではない。実際、ある程度まではシークが魔法で攻撃して弱らせてから武器を使い始める。


 バルドルの言う通り、近接武器にとっては面白くない相手だ。


「だからルフ退治に移るんだよ。その後、デビルウルフを1人で倒せるようになったら上のネネキ村に移動」


「でも、結局は同じ戦法になるじゃないか。僕は魔法に出番を奪われて斬り足りないのだけれど」


 不満を漏らすバルドルに、シークは人差し指を立てて振る。


「チッチッ、俺達が今まで訓練してきた成果、それには君達が不可欠なんだよ」


「どういうことだい?」


武器きみたちで倒すのさ」


 バルドルはあえてシークの心を読まずに考える。ゼスタやビアンカにも秘策があるらしい。


「お嬢、何ね。何がしたいんね」


「うわ、ゼスタがニヤついてやがる! しまりのねえ顔やめてさっさと教えろよ」


「あー駄目だからね! 答えは言わないでおくれ、僕は当てたいんだ」


 バルドル達は、しばらく「ぐぬぬ」や「あー分からない!」などと唸っていた。シーク達は答えを告げずにルフ退治を受注し、管理所を後にした。





 * * * * * * * * *





 翌朝、シーク達は高原の東にある「ニータ湖」へと向かって出発した。昼間は清々しい高原も、朝は霧が立ち込め、足元の草も湿っている。


 そんな清々しいとは言い難い光景を眺めながら、ついに正解を言い当てられなかったバルドルの顔……のようなどこかには、無念の文字が浮かんでいた。


「降参だよシーク。『峰に刃はかえられない』から、作戦を教えておくれ」


「もしかして一晩中悩んでたの? そんな難しい事じゃないんだけど」


「バルドル坊や、あんた当てられんかったと? あたしは分かったばい」


「俺っちも昨日正解したぜ。いやー楽しみだ」


「ぐぬぬぬ! ねえシークぅ~」


 バルドルが甘えたような声でヒントをねだる。降参だと言ったくせに、ケルベロスとグングニルが言い当てているとなると悔しいらしい。


 シークは笑いながら、「じゃあヒント」と言ってバルドルを鞘から抜き、魔力をバルドルの刀身に流し始めた。


「これで分かるかい?」


「……はっ、そうか! エアリアルソードだね! 炎や風を利用して魔力の刃を作り出して戦うって事だ!」


「そう、正解。今までは剣撃を魔法で纏うだけだったけど、今日は剣技の遠距離攻撃を魔法と合わせるんだ」


「まさに『魔法使いに聖剣』だね!」


 鬼に金棒と言いたいのだろうか。バルドルがようやく正解して晴れ晴れとした気分で喜んでいると、次第に辺りの霧も晴れてきた。


 遠くまで続くなだらかな下り坂の先には、太陽の光をキラキラと跳ね返す大きな湖が見えはじめる。


「ルフが近くにいれば、人間を見るだけで襲ってくるって話だったよな」


「うん、とりあえず湖の傍まで行って、技のおさらいでもしていようよ」


 強いモンスターさえいなければ、この高原の景色や湖は観光名所になっていただろう。そんな風景だけは長閑な湖畔で、シーク達はそれぞれがルフ戦で使いたい技のチェックを始める。


「エアリアルソードを維持したまま、剣閃の気力解放と共に風の刃として飛ばしたいんだ」


「剣の間合いを風魔法で補うんだね。魔力を込めてから技に繋げるんじゃなくて、両方同時がいいね」


「同時……」


 シークは目を閉じ、魔力と気力をバルドルへ同時に込めようとする。しかし同時に力を出そうとすると、上手く体内から出てこない。まるで力が出口で詰まったかのようだ。


 どちらかを優先すれば、どちらかだけが出てしまう。思うように魔力も気力も思うように貯まらない。


「疲れるだけで魔法も技も出せない。同時って本当に出来るのかな」


「この調子だと骨折り儲けのくたびれ損だね」


「逆だよ。……ってか逆でも意味は変わらないか、まあいいや」


「あいにく骨を折った事も、くたびれた事もないものでね。合っていたようで良かった、どうもね」


「いや、合ってはいないんだけどね」

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