Devout believer-15 +【chit-chat 2】
まずシークは影がこれ以上できないように、ライトボールを岩の真上に移動させた。
次にフレイムビームを空高く打ち上げてから、ジャンプして死霊術士がいる岩の上に辿り着く。
「救命弾の代わり!」
「成程、賢いね」
「チッ! ダークレイ!」
シークのすぐ脇を黒炎のビームが突き抜ける。まだ降参する気はないらしい。
「まだやるって事か……! それじゃ……!」
シークがバルドルを振り上げ、峰打ちで思い切り振り下ろす。わざと顔のギリギリを掠め、容赦なく足の甲まで振り下ろされる。
「ぐあっ……! ああぁぁ……!」
ゴツッと鈍い音が鳴った。
「うわー痛そう。シーク、君はずいぶんと怒っているね」
「ああ、怒っているさ」
シークは死霊術士に詰め寄り、バルドルの剣先を突き付ける。
死霊術士はまだ魔力が枯渇した訳ではない。1体、2体の強いモンスターを呼び寄せる事は出来るだろう。だがシークが倒さずに放置すれば、死霊術士自身が自分で倒さなければならない。
「まだやりますか」
「……
「一緒に毒沼に浸かるつもりですか」
「……クソっ! 必ず、必ず我が同士がお前らに、正義の鉄槌を喰らわせるからな!」
自分の力では勝てない事をようやく認識したのか、死霊術士は捨てゼリフを吐きながら抵抗を止めた。
「あなたがまだ生きているのは、あなたが人間だからです。もしもモンスターなら……町であなたを追いかけてる時にもう殺してます」
「……はっ」
「おや、今頃気が付いたのかい。君はさっきの状況を、自分の力でシークを圧しているとでも思っていたのかな。僕で斬り捨ててさっさと終わりに出来たのに、まったく、世の秩序は悪に甘い」
「あなたにとっての正義が何であろうと関係ない。あなたの正義は多くの他人を不幸にする」
皮肉なことに、死霊術士は人であるからこそ殺されなかった。自分達が滅ぼそうとしていた人間に救われたのだ。それに気付いた死霊術士は、もはや捨てゼリフを吐く事すらできずに俯くだけとなった。
その表情は決して全てを諦めたものではない。悔しそうでも、恨めしそうでもあった。しかし絶対に勝てない相手を前に、一矢報いてやろうという根性もなかった。
「という事で、少し眠って下さい、俺……敵意を向けられて笑って許せる程、出来た人間じゃないし、信用もしません」
「な……うっ!?」
死霊術士が顔を上げた瞬間には、もうシークがバルドルで肩を峰打ちした所だった。意識を失った死霊術士を前に、シークはスッキリしない気持ちで座り込んだ。
「……相手がモンスターじゃないって大変だね」
「そうだね、僕が全然活躍出来ない」
「そうじゃなくて。生かして勝つってさ、殺すよりも難しいよね。相手が負けを認めるとは限らないし、ルールを決めて闘う試合とも違う」
「試合だと僕は思う存分使ってもらえるかい」
「駄目だってば」
「斬り付ける事も出来ない、相手が悪くても倒せない。つまらない! ああつまらないよ僕は! 斬り足りない! 斬り足りたいんだ僕は!」
シークはバルドルを宥めながら自身にヒールとケアを唱え、ゼスタ達が到着するのを待つ。
やがて町の北門に松明の灯りが見えた。こちらに近づいてくるのが分かると、シークはホッとため息をつき、立ち上がってストーンの上で手を振った。
「無事か、シーク!」
「うん! 無事だよ、ゼスタ達も無事で良かった」
「大丈夫なのね? 派手に戦ったようだけど」
「この通り。スッキリしないけど、勝ったよ。ビアンカもみんなを守ってくれて有難う」
「シャルナクは宿で休ませている、俺達も町に戻ろうぜ」
良かったと喜ぶゼスタとビアンカの横で、駆けつけた警官が魔具を死霊術士の腕と口に装着した。ようやく身柄の引き渡しだ。荷車に乗せられた死霊術士の男は、このまま警察署に運ばれる。
荒野には静寂が戻り、町の門をくぐるともう人の往来もない。荷車の車輪の音と皆の足音が石畳に響く。時計台を見ると、もう日付も変わっていた。
「それでは、我々はこの男を別の2名と一緒に勾留いたします! ご協力有難うございました!」
「この礼は改めて。3人共、本当にバスターとして誇らしい。いつも有難う」
警官と管理所のマスターが警察署へ歩いていく。その場にはシーク達だけが残った。
「さあ、面倒は終わったね。お嬢、はよ寝らんとクマが出来るばい」
「そうね。ホッとしたから良く眠れそう」
「こりゃあ明日から早速鍛錬って訳にもいかねーか? ゼスタ、どうすんだ」
「まあ、明日考えるしかねえな。シークはシャルナクと同じ宿に泊まってくれねーかな。流石に1人で泊まらせるにはちょっと……」
「そうだね、明日シャルナクと管理所に向かうよ。えっと……集合はお昼でいいのかな」
「いいわ、決まりね! 魔王教徒か……大変な事になっちゃった。私は報告が終わったら明日からでも特訓する気満々! じゃあお昼にまた!」
ビアンカの合図によって、皆はそれぞれ家、宿へと戻っていく。
「とりあえず、今日のところはこれで終わりかな。あーあ、今何時だろう、眠くはないけどご飯もゆっくり食べれなかった」
「あのー、誰か僕にも心配の言葉1つくらい、掛けてくれても良かったと思うのだけれど」
* * * * * * * * *
【chit-chat 2】
気温が上がり始めた午前の陽気の中、長閑な村では小麦の収穫が始まっていた。
殆どが農家という小さな村では、この時期は収穫休みで子供も家の手伝いをするのが恒例だ。ごく一般的な小規模農家であるイグニスタ家でも、それは変わらなかった。
「今度はこれくらい一気に刈りたい!」
「承知しました。宜しいですか、押すのではありません、引きながら刃を回すのです」
「分かった!」
畑では、黄金色に輝く小麦の背丈に隠れて、少年が小麦の収穫を手伝っている。手に持つのは黒い鎌、しかも辺りの農具に比べて明らかに異なる光沢。赤くも見えるようで刃は透き通るように白い。
この少年のものだろうか、貧乏農家の子供に持たせるには不釣合いにも思える。
「わあ、すごい、一気にこんなに刈れた! 手で束を握れないくらい取れた!」
「大変上手だと思いますよ、それに小麦もしっかりとしているようですね。他の小麦は存じ上げませんが、刈り甲斐があります」
「そっか! じゃあもっと!」
ザクッという音ではなく、シュッと空気を切るような滑らかな音が響く。少年は軽々と小麦を刈っていく。畑の角から始めた収穫は、子供の手にしてはとても順調だ。
刈り取られた後の畑には、根元だけが残った茎が見事な切り口で土から顔を出している。
「少々角度がついておりますよ。水平に、最後だけ掬い取るように手首をお使い下さい」
「うん、わかった! 僕、お父さんより上手く刈れてるかな」
「確かにお上手ですが、黙々と刈り取るお父様には速度で負けているようですよ。さあ、わたくし達も負けてはいられません」
「よし、じゃあ上手く刈れてるか点数だけ教えて!」
「承知しました。 ……90点です、はい、今のは100点です。……手首が曲がっておりますよ、刃をご自分に向けてはなりません」
少年はブツブツと独り言を呟いている訳ではない。誰かと喋っていた。しかし畑の中には他に人の姿は見当たらない。
「これでいいかな?」
「はい、良くできました。次はスピードを意識なさって下さい、チッキー様」
「うん! テュールとだったら、アスタ村で1番収穫が上手くなれそうだよ!」
「……ああ、こんな日々があったとは。今が過去のいつよりも楽しい」
「テュール何か言った?」
「いえ。さあ、午前中にどこまで刈るか、目標を決めましょう」
【chit-chat 2】~農家の少年は喋る鎌と小麦を収穫する、朝日に照らされた村にて~
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