【12】discipline~強くなりたいと願う者達~

discipline‐01

 


【12】

 discipline~強くなりたいと願う者達~




「ハァッ! ふんぬ!」


 平原の朝靄あさもやの中、空気を斬り割くような音と、土を蹴り、そして擦るような足音が響く。時折聞こえる技名からして、剣技の練習をしているようだ。


「もう少し高く跳べねえと……斬撃が間に合わなくて腕の動きが小さくなるな」


「体の捻りが足りねえんだ。跳び上がる時に足の力だけに頼っちゃいねえかい」


「あー確かに。剣撃はまっすぐ下りてっかな」


「そこは合格。削り取りたかったらちょいと手首を外側に回してもいい」


 声の主はゼスタとケルベロスだった。毎朝シークとビアンカに合流する前、彼はこうしてコッソリと体慣らしも兼ねて朝練をしている。


 ゼスタは助走を最小限にして足をバネのように使い、押し出すように地面を蹴る。宙返りしながら勢いをつけ、両手のケルベロスを振り下ろす。


 そしてすぐに着地から振り向き、低い姿勢のままで水平に右手を振り切る。


「動きはいいぜ、でも次の動作に移る前に溜めがあった方がいい」


「威力が足りてねえ、か。確かに一撃が軽いかもしれない」


 やがて皆が起き出す時間になり、白い靄は舞い上がって消えていく。


「そろそろ町が動き出す時間みたいだな、引き上げるか」


「時計を買ったらどうだ、懐中時計がないと不便だろ」


「あんな高いもんパーティーに1つで十分。買う金あったら装備に回すね!」


 ゼスタは努力を惜しんでいるつもりはない。それでもシークやビアンカに比べ、自分はまだまだ弱いという意識があった。


「ゼスタ、俺っちは人間の資質を見極めるのには自信がある」


「ん? 何の話だ」


「おめーは強いよ、才能もある。でも迷いがある」


「迷い?」


「自分が一番気持ちよく、カッコよく相手を倒すってことだけ考えとけ」


「周囲の目を気にし過ぎってことか」


 ゼスタは周りからの評価を気にしていた。伝説の武器を持っているくせにと言われたくない、シークがいるから上手くいっただけと言われたくない、と。


「……そうだよな。俺の事を足手まといだなんて一度だって言った事ねえ。頼ってくれてる」


「ゼスタもあいつらを頼れ、堂々と。信頼ってそういうもんだろ、ったく、人間ってのはややこしいからな」


「ケルベロス」


「ん? なんだ?」


「頼りにしてるぜ」






 * * * * * * * * *






「ヤアァァ…… 破っ!」


「お嬢! 芯がブレとるよ! 矛先も下がっとる!」


「あ~んもう! スパイラルを真っ直ぐ突きだすのって難易度高い!」


 その頃、大きな屋敷の庭では、グングニルを振り回しながら特訓するビアンカの姿があった。


 半袖の花柄シャツにハーフパンツという姿だが、その表情は真剣だ。自分の型を確認しつつ、グングニルの指導を仰いでいる。


 突き、振り回し、その1つ1つの動きに対し、グングニルが良い所、悪い所を告げていく。


「毎朝毎朝、あんまり頑張り過ぎたらいけんばい。ちゃんと休まんと」


「分かってる! でも、シークもゼスタもどんどん動きが良くなってるし! 昨日のゼスタの跳躍見たでしょ? ランスの私より高かった!」


「確かに、ゼスタちゃんの動きは別人のごとあるね。身体能力は3人で一番高いかもしれん」


「そうよね、悔しいけど私負けてると思う。シークの魔法も見てるこっちが怖いくらいよ」


 ビアンカはグングニルを握りしめる手に力が入る。男相手に身体能力で勝てるとは思っていない。けれど悔しいものは悔しいのだ。


 バスターは筋力や体力が全てではない。気力で技の威力を高めたなら、身体能力にその分を足す事が出来る。魔力と同じく、本人の資質をのばす事で強くなれる。


「お嬢は素質がある。それは使われとるあたしが1番分かっとる。お嬢は強い。気力を増やすには技を使って鍛えるしかないけんね、それだけやんなさい」


「うん、今日もモンスターを倒しまくるわ! さて、お風呂入らなくちゃ。朝から内緒で特訓してるなんて知られたくないもの」


 ビアンカは顔の汗を拭いながら屋敷に戻っていく。その表情は空のように晴れやかだ。


 仲間が強い事など、もう旅を始めた時から認めている。自分が強くなればいいだけの事。ビアンカの意志はやや猪突猛進気味なくらい、真っ直ぐに決まっていた。






 * * * * * * * * *





「シーク、そろそろ起きないかい」


「ん~……今何時……」


「君が懐中時計でも買って、僕から見える場所に置いてくれたなら教えてあげられるけれど」


「あんな高いもの買えない……っと、さあ起きなきゃ!」


 シークはバルドルに叩き起こされるようにして目覚めた。


 シークは2週間、アスタ村からギリングへ通っている。早起きしなければ8時の管理所の開館に間に合わない。


 シークの自主練は、行きも帰りも1時間弱かけて走る事。剣術、魔法の練習は出来ないが、基礎体力は確実に向上している。最近、ギリングに着いた時に息切れもしなくなった。


 シークは自分でパンを焼き、自分で卵を割って目玉焼きを作る。そして急いで食べた後でストレッチを始める。起きてきた両親とチッキーに行ってきますと挨拶して、玄関の扉を開けて駆け出していく。


 これがここ最近の朝の光景だ。


「毎日走ってると流石に疲労がたまるね。ヒールやケア、ポーションを使っても、完全じゃないみたい」


「そうなのかい? 疲れて朝起きられない時は、歌で起こそうかい」


「遠慮しとく」


 管理所の前に着いた時、外の時計は7時30分を指していた。他のバスターも数組、管理所の門の前で開くのを待っている。


 新卒が溢れんばかりに集まる時期に比べれば随分少ないが、積雪前に稼ぎたいパーティーは今も朝を大切にしている。


「おっはよー!」


「おはよう、ビアンカ」


「なんだかここで毎日待ち合わせって、バスターになったばかりの頃を思い出すわね」


「そうだね。あの時はボア退治がオイシイとか、オーク退治だけは絶対に受注するとか、地道な事やってたな」


 ヘヘヘっと笑いながら、シークとビアンカは昔を振り返る。バルドルもその時の事を聞きながら、うんうんと心で頷いている。しかし、面白くないのはグングニルだ。グングニルはその当時の事を何も知らない。


「お嬢、坊や、なんね。あたしがついていけんやないね」


「ああ、ごめんよ。俺とビアンカは初日のモンスター退治の間に知り合ったんだ」


「おーう、お待たせ!」


 グングニルがいじけてしまう寸前で、タイミング良くゼスタとケルベロスも到着する。


「おはようゼスタ。もうじき開館だ。そろそろ基礎練習から強いモンスター相手の戦闘に移りたいと思うんだ、どうかな」


「いいけど、ミノタウロスとか、イエティみたいのが都合よくクエストに出てるとは限らねえぞ」


 この2週間、彼らはお金を稼ぐ事と基礎練習に時間を費やしてきた。


 ボアを相手に、断面が全く崩れない程綺麗に斬る訓練、キラーウルフが息絶える前に3発の技を繰り出すスピードアップ訓練。それに魔法の発動を早くする訓練などなど。


 基礎をもう一度確かめ、これからの応用技を癖なく不足なく会得していくためだ。


「オレンジ等級のモンスターを1人で倒す、パープルランクのモンスターを3人で倒す、これくらいは朝飯前で出来るようにならないといけないわね」


「は? 流石に朝飯は食べた方がいいと思うぜ」


「でも朝飯後はいけんやろ。あたしは食べた後すぐ動いたら、人間は脇腹が痛くなるっち聞いたばい」


「……ああ、武器の感覚では『朝飯前』ってやっぱりそうなんだ」


 ゼスタとビアンカの表情が固まった。ケルベロスとグングニルの会話を理解できないらしい。シークは苦笑いだ。そんな中、バルドルが得意気に説明する。


「夜でも昼でも、起きた後は早くもないのにおはようって言うだろう? あれと一緒さ。朝飯前って、つまり起きてすぐにやるってことさ」


「バルドル」


「なんだい? シーク」


「ちがう」

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