Devout believer-14

 

 百体近いアンデッドが、シークめがけて一斉に襲い掛かる。


 アンデッドを生み出し、使役する。それが死霊術だ。アンデッドは抉れた腹、失った足などを気にする様子もない。素早く動ける個体は、重心の悪い走り方で突進してくる。


「シーク!」


「分かってる! ファイアーボール!」


 シークの目の前に大きな火球が浮かび、龍の如く突き進む。だがようやくバルドルを振るスペースが出来るも、焼け石に水だった。アンデッドは全く動じることなく、次から次に攻め寄って来る。


 シークは仕方なくトルネードやストーンなどで倒して、空間の確保に専念する。アンデッドの大群がバスター1人に襲いかかっている様子は、傍から見れば絶望のホラーシーンだ。


「あのー、僕はファイアーソードを期待していたのだけれど」


「今は無理だって!」


「空間を確保出来たら、ファイアーソードの状態を保つ。後は僕で思い切り剣閃を撃つんだ」


「ゼスタが得意な技だっけ? 水平に周囲の敵を真っ二つにする……っと、まだ使った事ないよ!」


「とにかく言う通りに」


 蹴り飛ばそうとすれば足にしがみ付かれる。肌と防具の区別もつかないのか、あらゆるところを引っ掻かれ、咬まれる。


 シークはきりなく押し寄せるアンデッドに押され、次第に身動きが取れなくなっていく。大勢に密着されるような状態で出来る事には限りがあった。


「ハッハッハ! これが死霊術! 1つ星バスターと言えども所詮はガキよ!」


「シーク、あのー……あんなことを言ってるけれど、いいのかい?」


「ちっとも良くないよ! 痛っ、くっそ引っ掻かれた! バルドル、とにかく強引に圧し斬るから!」


 シークは強引にバルドルの刃を前方に向け、水平に構えた。掴まれた足を無理矢理引きずり、目の前の個体を潰すように斬っていく。 


モンスターの血は流れが止まったことで酸化が始まり、悪臭で息もできない。飛び散ってたものはシークの軽鎧や顔、髪の毛などをドス黒く染める。


「うわっ!?」


 アンデッドはどんな術や技に対しても怯む事を知らない。シークはとうとう押し倒されてしまった。このままでは圧死してしまう。


「バルドル、まずい……もう全然身動き取れない! ……うわっ!」


「今魔法を発動させると君にもダメージが及んでしまう、どうしたものか」


「くっそ、顔を咬まれ……痛っ、この……!」


 傷自体にそれ程の脅威はない。だがアンデッドは腐る事で体内に毒素を生成させる。それが引っ掻きや咬み傷でシークの体内に侵入すれば、力も体力も通常より早く消耗してしまう。


「なんか気分が……ああ、そうかアンデッドって、毒とか持ってるんだった……」


 死霊術士はシークが放ったストーンの上で、アンデッドを操りつつ高みの見物をしている。体力こそ失ったが、まだ魔力には余裕があったのだろう。


 シークがこのままアンデッドになぶられて衰弱し、体を引き裂かれていく様子をただ見ていればいいのだ。


 シークは成す術もなく頬や頭部を咬まれ、このままでは生きながらに喰われるという惨い死が待っている。ゼスタ達が気づいてくれるよう、ライトボールだけは消さないようにと必死だ。


「くっそ! もうダメージにヒールとケアで耐えるしかない! ……バルドル、君に魔力を溜めた方が効率がいいよね」


「そうだね、……あっ」


「何!」


 シークは目を抉られまいと俯せになり、防具を着た体を亀の甲羅のように丸くしている。もう有効な攻撃手段は持っていない。


 今ストーンを唱えたならシークが押し潰され、トルネードならばシークを中心に発生してしまう。ファイアーボールなど唱えようものならシークが丸焦げだ。


「あー……僕としたことが。周りはみんなアンデッドなんだよ」


「そんなの分かってるよ!」


「いやいや、分かっていないよ。アンデッドの弱点くらい、君も分かっているはずだ」


「火と、聖なる……? そうか! もしかして君がアンデッドの弱点!?」


 失礼な話だが、シークはバルドルが「聖剣」である事を思い出した。心には急に希望が湧いてくる。


 闇の存在であるアンデッドに対し、バルドルは聖の存在。シークはバルドルを強く握りしめる。だが、その思惑は早々にバルドルによって否定された。


「まったく、君という人間は」


「ごめん、聖剣って肩書を……痛っ、軽視した訳じゃないんだ」


「違うよ。君はどうしてこういう事に鈍いのさ。僕を有難く思ってくれるのは嬉しいけれど、この命の危機に勘違いも甚だしいよ、シーク」


「え? 聖剣……だよね?」


「聖剣だからアンデッド避けになるなんて、安直過ぎやしないかい」


 どうやら聖剣の力でこの状況を打破する訳ではないようだ。しかし困惑するシークをよそに、バルドルはすっかり勝った気でいる。もういつもの調子を取り戻しており、この状況を危機とは思っていないらしい。


「君は今、何を唱えようとしたんだい。アンデッドに回復魔法を唱えたらどうなるのか、知っているはずだよ」


「あっ! そうか、ダメージを与えられる!」


「ナンの村で僕に魔力を込めて皆を癒したように、今度はアンデッドに発動させるんだ」


「ああ有難う! 実はもう俺はこれで終わりだ、死にたくない……って震えそうだった」


「うん、知ってる」


 シークの声は、次の瞬間には詠唱に変わっていた。バルドルに魔力を込め、得意ではないが精一杯の回復魔法を発動させた。


「ヒール・オール!」


 緑がかった白い光が放たれ、周囲に広がっていく。


「キャァァァァァァァァア!」


「グププ……ぷ」


 シークが渾身のヒール・オールを唱えると、アンデッドは淡い光に包まれてもがき苦しんだ。体は癒されるどころか朽ちていき、溶けて消えていく。


「ヒール・オール! ……ヒール・オール!」


「キイィィィ!」


「ギャアアアァァァ!」


 シークがヒールを唱える度に、アンデッド達は体をのけ反らせ、体中を掻きむしりながら倒れていく。


 アンデッドは自己再生する事が出来ない。自然界では滅多に見ることがないモンスターだが、大抵は死して何らかの残された魔力などで蘇ったもの。体が朽ち果てて動けなくなるまでの時限付きだ。


「ヒール・オール……! ハァハァ、回復魔法に慣れてないから、ずいぶんと魔力の無駄遣いした……」


「かなり片付いたようだよ、今なら僕が活躍できるようだね」


「状況報告有難う、……よしっ!」


 死霊術士はシークを恨めしそうに睨んでいた。歯ぎしりの際に唇を噛んだのか、口の端から血を滴らせて怒りを放出している。


 シークが立ち上がり、残り3割程になったアンデッドを簡単に切り倒していく。形勢を逆転された事は理解しているだろう。


「バルドル、剣閃ってどうやるんだ!」


「力を僕と両腕に! 水平に振り切った斬撃の残像を、気力を使ってそのまま維持するんだ」


「分かるような、分かんないような……剣閃!」


 シークが両手でバルドルの柄を握り、魔力を込め超高速で水平に振り切る。


 未完成ながら白く淡い残像が維持され、鞭のようにしなりながら広範囲のアンデッド達を真っ二つにしていく。


「す、すごい」


「自技自賛とは恐れ入ったよ」


「じゃあちょっとは君が褒めてよ」


「わあ、すごいよシーク。きみはてんさいだなあ、つよいなあ」


「……ご丁寧にどうも。さ、残るはあいつだけだ!」


 シークは岩の上の死霊術士をキッと睨む。辺りには2度目の死を迎えて朽ち果てたアンデッドの残骸が散らばっている。


「チッ、この辺に強いモンスターはいないのか! いや、いても俺では倒せない……! それに強いアンデッドは何体も同時に操れないか……クソッ!」


 死霊術士は傀儡でシークを倒すことを諦めたのか、再び毒沼の詠唱を始める。しかしシークはもうそんなものを恐れてなどいなかった。


「もう気絶狙いなんて甘い事は言わない。骨折くらいは覚悟しろ……行くぞ!」

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