Devout believer-13


 

「待て!」


「待てと言われて待つ悪党などいないよ、シーク」


「じゃあ何て言えばいいのさ!」


「何も言わずに回り込んで、ちょっと斬る事を僕は提案する」


「却下! でもそろそろ町から離れたし、ちゃんと戦ってもいい……かな!」


 再度間合いを詰めたシークは、バルドルの柄を使って死霊術士の足を引っ掛けた。


「うぉっ!?」


 死霊術士が乾燥して硬くなった土の上に転ぶ。


 シークはバルドルの刃先を向けた。真っ暗な闇の中、月の明かりをキラリと反射させる刀身だけが浮かび上がる。


 シークは「逃げ場はないぞ」と降参を迫るつもりだった。しかし町の外まで逃げる程往生際の悪い者が、素直に負けを認めるはずがない。


「それで勝ったつもりか! ……出でよ、ヘルファイア!」


「うわっ!? え、エアブラスト! その程度の魔法じゃ俺は負けない! 怪我しないうちに降参しろ!」


「魔王教徒の名にかけて、お前らに勝利は渡さん!」


 死霊術士はシークが漆黒の炎を打ち消す間に立ち上がり、次の詠唱の準備を始めていた。シークはすぐに間合いを詰め、詠唱を中断させようと試みる。


「ブルクラッシュ!」


「チッ……ならばこれでどうだ! 影移動シャドウムーブメント!」


「は、えっ? 消えた!?」


 シークが峰打ちを喰らわせようとバルドルを振り下ろす。しかし男は地面に吸い込まれるように消え、シークの一撃は空振りに終わる。


 辺りを見回すも、死霊術士の姿はない。


「シーク、後ろだ」


「……!? はっ、トルネード!」


 バルドルが僅かな地面の揺れを把握する。シークは反応が遅れながらもすぐに振り向き、竜巻をその場に起こした。


「ぐっ!? ハッハッハ、甘いな、毒沼ポイズンボグ!」


 死霊術士は1秒程で地中からニュッと現われ、同時にシークの足元へと毒沼を発生させた。シークがそれを避ける隙に、また地中へと消える。


 影移動は、影となっている部分を利用し、自分の位置を入れ替える死霊術だ。


 影さえ出来れば月明かり程度でも構わない。ソードやダブルソードもバックスタップという影討ち技を使うことが出来るものの、まだシークは技の存在すら知らなかった。


「また隠れた! これじゃ不意打ちに対処するだけで攻撃できない!」


 シークは初めての対人戦闘に加え、未知の術を使う相手に動揺している。が、バルドルはある程度その術の性質を見抜いていた。もしもバックスタップと同じであれば対処法もある。


「シーク、これは僕の考えなのだけれど」


「うん、言って」


「ソードの技と一緒だったら、この術で移動できる範囲は数メーテだ。それと、最後に男が向いていた方角にしか動けない」


「なるほど」


「そして、体が完全に出て、影の沼が消えるまでは再詠唱できないはず」


「つまり、その間に叩けばダメージを与えられる」


「そういうこと。翻弄されているフリをして検証してごらん」


 シークは心臓がバクバクと鳴り、相手の出方を窺うだけで精一杯だ。バルドルはそんなシークを落ち着かせようと、いつもの口調を変えずにアドバイスを送る。


「はい右だよシーク」


「!? ……フレイムビーム!」


「なっ……!? チッ!」


 バルドルが指示した方向へ、シークが熱線を放つ。ファイアボールよりも強力な上位魔法は、現われた死霊術士のローブの端を焼き焦がした。死霊術士は何も出来ないまま再び地中へ潜る。


「仮説検証1回目は成功だね。さっき男が消えた時に体が向いていた方を見ていてごらん」


「分かった。ちょっと左斜め前くらいかな」


 シークがバルドルを構え、おおよその場所に狙いを定める。数秒もすると地面が波打ちはじめ、次の瞬間に死霊術士が飛び出した。


「ファイアーソード!」


 峰打ちは鮮やかに決まった。死霊術士は右肩の部分が焼け焦げ、火傷が露わになる。


 全身が出るまでは再度潜る事が出来ない。死霊術士は肩に衝撃を感じても逃げる事が出来ず、その場へ俯せに倒れてしまう。


「なるほど。もう見切りました。まだやりたいなら付き合います」


「クッ……だがまだだ!」


 死霊術士は俯せに倒れたまま地面に吸い込まれていく。


「……俺、思いついた。ちょっとやってみたい事があるんだ」


「どうぞご自由に」


「それじゃあ……ライトボール!」


 シークは自分の頭上に光の玉を浮かべ、それを背にして1歩前に進む。半径10メーテ程の明るい空間には、シークの目の前ただ1か所しか影がない。


「この場合、どこに出て来るかな」


「楽しみだね」


「じゃあ、ここで素振りの練習でもしようか」


 緊張感はどこへやら、シークは死霊術士攻略の検証を始めてしまう。


 数秒後、シークのすぐ目の前の影が波打った。そしてシークの素振りが振り下ろされた所で、しっかりと峰打ちが決まる。


「なんだかおもしろいね、もう一回やってもらうかい」


 バルドルの挑発に、死霊術士はキッと睨んで後ろへと飛び退いた。彼は既に3回も峰打ちを喰らっている。火傷に打撲、そして疲労。見るからに痛々しい。


 しかし、術を使う者は自身の魔力さえあれば、命尽きるまで戦う事が出来る。シークはその事を忘れていた。


「くっ……召喚サモンアタック!」


「はっ!? しまった!」


 シークは男を投げ飛ばした後、慌てて距離を取った。明るい空間にはゴブリン、オーク、ウェアウルフなどのモンスターが次々と姿を現す。


「モンスターを呼び出す術があるのか、僕は斬れる相手なら大歓迎」


「え、嫌なんだけ……どっ!」


 シークはゴブリンやオーク達を次々と斬り倒していく。グレー等級程度のモンスターなど造作もない。


 ただ、それくらいの事は死霊術士も承知のはず。しかし、死霊術士はシークと少しずつ距離を取りながら、ただモンスターを次々と召喚していく。


「破アァァ!」


 モンスターが斬り殺される音と、地面を踏みしめる足具の音がとめどなく続く。


 時折モンスターが死霊術士にも敵意を向けるが、それを死霊術士自らも倒している。ということは、あくまでも召喚するだけで、召喚したモンスターを操る事は出来ないのだろう。


「大量に召喚されたら苦戦する可能性もあるけど……術者もモンスターに襲われる可能性があるのなら、そうはいかないね!」


「なんだか使いどころに困る術のようだね。もうちょっと『刃ごたえ』のあるモンスターを召喚して欲しいものだよ」


「え、嫌なんだけど」


 周囲には何十体ものモンスターが転がり、血生臭さが漂う。ゴブリンやオークが纏ったボロ布のすえた臭いも強烈だ。やがて死霊術士はモンスターの召喚を止め、自ら目の前の最後の1体を葬った。


「何体召喚されても同じことです。降参してくれませんか、飽きました。次の1撃で首でも打って気絶させようと思います」


「……フッフッフ、アハハハ! 馬鹿か、こんなに上手くいくとはな! 本番はこれからだ!」


 満身創痍なはずの死霊術士は、シークを嘲り笑う。捨てゼリフとは思えない様子に、シークはバルドルを握る手に力が入る。


 ふいに空気が振動で鳴り始めた。風は全く吹いていない。


「何かするつもりだ。でもあんな雑魚モンスターしか出せないのに、この状況でこれ以上何ができるんだ」


「あっ……ようやく分かった。シーク、僕達はすっかり忘れていた。急いで倒したモンスターを焼くんだ」


「どういう事……」


 バルドルが何かに気付いたようだが、時すでに遅し。死霊術士は起死回生だと叫んで術を発動させる。


 ライトボールに照らされているにも関わらず、周囲に黒い霧が集まり始めた。それはモンスターの亡骸へと降り注いでいく。


「あいつは、確かに『死霊術士ネクロマンサー』なんだよ」


 バルドルが呟くと同時に、倒したはずのモンスター達が再び立ち上がった。


 足が折れ、体が千切れていてもお構いなし。ゆらりと動く様子は、まるで何かに操られているかのようだ。


「あ、アンデッド……! あいつの狙いはこれだったのか!」


「フッフッフ、その通りだ愚か者よ。さあ我が死霊術の準備が整った! 我が傀儡くぐつ達よ! 邪悪なるバスターを殺せ!」

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