Devout believer-10


 シークは家に戻り、軽鎧に着替える。乾いた洗濯物を畳んで鞄に詰め、すっかり冷めてしまった蒸し鳥やスープをチラリと見る。


「やっぱり、また行っちゃうのね」


「うん、もう少しゆっくりするはずだったけど、緊急事態」


「そうね……。さ、ひと口くらい食べていきなさい。何か大変な事が起きようとしているのは分かるけど、いざという時に力が出なくちゃ意味がないでしょ」


「うん、分かった」


 動く前に食べるのは気が進まないが、ひと段落したとしても、夜中に食事を取れるような店はない。


 シークは椅子に座り、急いで冷めたスープに手をつける。チッキーは大好きな兄がまた家を空けるのだと気付き、とても悲しそうな顔をしていた。


「バスターはこんなにも忙しい仕事なのか。お前、ちゃんと休みは取れているんだろうな」


「さっきの男の件で、何か策はあるの?」


「俺のせいで悪い奴らが村に集まって来ちゃうからね。休んでる暇はないよ、策は向こうで考える、とにかく行かなくちゃ」


「兄ちゃん明日は? 明日は帰って来る?」


「難しそうだ。長いこと帰れなかったら手紙を書くよ」


 シークは食べた後の食器を流し台に運び、バルドルを担ぐ。慌しさで不安を煽らないよう、出来る限り明るく振舞う。とても軽く「行ってきまーす」と告げて家を後にした。


 両親は明日にでも18歳になったお祝いに、せめてご馳走をと考えていた。とてもお祝いをするような状況ではない。


 シークは危険が去るまで村には帰らないつもりでいた。両親はそれを分かっていて、敢えて何も言わずに送り出した。


「……ハァ。もう何でこうなっちゃうかなあ」


「アークドラゴンを倒しますよってアピールし過ぎて、目立っちゃったね」


「別にアピールはしてないんだけど……というか、アークドラゴン復活に気付いているなら、他にも倒しに行こうって名乗り出る人がいても良いよね」


「僕は君に倒して貰いたいね。考えるだけで『武器震い』がするよ。おっと、試しに震えて見せろなんて言うのは野暮ってものさ」


「あっ! むやみに考えを読むのも野暮ってものだよ」


 村の家々から漏れる灯りが遥か遠くになった頃、シークは気を取り直して森の中の道を駆けぬけていた。


 バスターとしての成長は、帰省もままならないほど村との距離を生んでしまった。


 それでも自分が決めた道だ。寂しくても弱音を吐くことも出来ず、ひたすら前を見ていなければならない。


 バルドルはそんなシークの気持ちを密かに感じ取っていた。この心優しく責任感の強い少年が、いつかそのせいで潰れやしないかと心配になっていた。


 食べた後すぐ動けば脇腹が痛くなる。シークは自分で自分にケアを唱えつつ、自虐的な笑いが零れだす。


「ランナーズハイってやつかな。随分と楽しそうだね」


「違うよ。疲れて自分で脇腹の痛みを治して、体力戻して……なんか笑えて来ちゃって」


「ふうん、痛みも疲れも理解できなくてごめんよ」


「そういえば、バルドルって大声で笑ったり……ってか笑った事あるっけ」


「可笑しい時には僕だって笑うさ」


「やめて、遠回しに今まで可笑しい事が何もなかったと言われるの結構キツイ」


 バルドルはシークといると自然と笑みが零れる……ような気持ちでいられるのだが、それは穏やかな幸せであって、可笑しさではない。


「君には伝わっていないかもしれないけれど、声を出さないだけで僕はいつも楽しいのさ」


「あ、一応気にしてフォローしてくれるんだ、有難う」


「いつも楽しいのは本当の事だよ。僕は君との旅が気に入っているんだ。強いモンスターを満点の技で斬る瞬間の、僕の幸せそうな顔を見せてあげたいよ」


 顔がどこにあるのさと口を尖らせるシークに、バルドルは今度こそフフッと笑って見せ……いや、聴かせた。


「じゃあ君の幸せのためにも頑張らないとね。もしアークドラゴンを倒して、モンスターが全部いなくなったら、一体バルドルはどうするんだい? 不幸になってしまうのかな」


「ん~、それは困った事態だね」


「じゃあ、アークドラゴン討伐はやめとく?」


「そういう訳にもいかない」


「じゃあモンスター牧場でも経営しようか、迷える伝説の武器達のために」


「なるほど、その発想はなかったよ。名案だ」


 バルドルは少し安心した。モンスターの脅威が去ろうとも、シークはバルドルを手放すつもりがないからだ。それと同時に、いつかモンスターがいなくなれば、自分はどうすればいいのかという悩みが湧いてきた。


「モンスターがいなくなったら、僕は鍬になりたいと言い出すかもしれないね」


「昔、偉い人が『箱の中に猫を入れた後、その猫が生きているか死んでいるかは、箱を開けた時に決まる』って言ったらしいよ」


「えっと……その喩えで意図するものが何か伺っても?」


「つまり、最後のモンスターが仮に倒されていたとしても、最後のモンスターであると分かるまでは、モンスターがいなくなったとは決定しない」


「なるほどね。他のモンスターがいないと分かるまで、僕には幸せを感じ続けるチャンスがあるって事だ。強引な喩えだけれど、君は僕といつまでも討伐旅をしてくれそうだ」





 * * * * * * * * *





 ギリングの門へと着いたシークは、一息つく間もなくそのまま管理所を目指した。


 人通りは殆どなく店は閉まり、建物から漏れる灯りと街燈だけ。こんな遅い時間に歩いたことは数えるほどしかない。


 軽鎧の足具が石畳を叩く音が響いていると気付き、シークは足音を抑えるようにゆっくりと歩く。


「まさか町の宿屋で戦う訳じゃないよね、町で武器を使うと警察に捕まると言っていたはずだ」


「向こうが何もしてこなければね。ところで、管理所から魔王教徒が泊まってる宿屋までの道は?」


「ばっちりさ。相手は3人、宿の外のダストボックスに人形を1体隠しているようだよ。あの男は魔王教徒と一緒に行動していたみたいだ」


「バスターが魔王教徒の手先になるなんて」


 バルドルはネクロマンサーがどのような術を使うのか、何を企んでいるのか、デギーの記憶から読み取った分だけを説明する。


 シークを襲った後、次のターゲットはゼスタ、その次がビアンカ。同時に他の魔王教徒も動いており、標的の中にはゴウン達、そして他の1つ星バスターなどもいるようだ。



「あの、あまり君が聞くと良い気がしないと思って、躊躇っている事があるのだけど」


「標的が俺だけじゃないって時点でもう怒ってるよ」


「君をアスタ村で襲う際は、『お父』さんや『お母』さんやチッキーを。ゼスタやビアンカを襲う時も家族を殺すか人質にして、周囲への見せしめにするつもりだったみたいだよ。その……怒ったかな、あ、ごめんやっぱり聞かなくても分かっちゃった」


 シークは自分の家族までもが標的になっていたと知り、鬼の形相で足音を再び響かせ始めた。捕えて管理所に突きだすつもりだったが、それだけで済ませられる自信はない。


 約束よりも少し早く管理所の前に到着すると、既にゼスタとビアンカ、そしてシャルナクがいた。シャルナク以外は防具をしっかり着込んでいる。


「お待たせ、みんな有難う」


「魔王教徒が動き始めてるっていうなら、俺達だって無関係じゃねえよ」


「狙うのもシークだけじゃない可能性があるでしょ? シークの報告を受ける前に、私やゼスタが先に襲われる可能性だってあるわ」


 シークが魔王教徒が何を企んでいるのかを説明し、鬼の形相が3人に増える。シャルナクがそれを宥めつつ、何故自分がここに居るかを説明する。


「ゼスタの作戦に乗ったんだ。何度も使える手ではないが、魔王教徒が獣人を仲間と思っているのなら、それを利用しようと思ってね」

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