Devout believer-11



  

「シャルナクにはケルベロスを持たせる。だから連絡は取れるぜ」


「俺っちの片方でシャルナクと潜入して、もう片方で状況報告って訳さ」


「そんな危ない役を任せていいのか?」


「わたしはこれくらいでしか役に立てない。やらせてくれ」


「……分かった」


 シークが頷くと、ビアンカが立ち止まる。


「私とグングニルは目立っちゃうから別行動。また後でね」


「え?」


「助っ人を呼びに行ったんだ、大丈夫」


 数分で辿り着いた「宿屋ラインズ」は、お金のないバスターや、訳ありの旅人が利用する素泊まりの宿だった。


 煉瓦に塗られたモルタルが所々剥がれ古めかしい。あまり人が近寄らない地区であり、魔王教徒が選ぶのも納得の佇まいだ。


 シャルナクは宿代といくらかを受け取り、1人で宿へと入っていく。


「すまない、1部屋空いているだろうか」


 傾いた重厚な木製カウンターには老人が立っていた。後ろの棚には整理されていない書類がぎゅっと詰め込まれている。


「こんなボロ宿に女が1人で泊まるのはおススメしない……ほう、こりゃたまげた」


 白髪の老人は、シャルナクの姿を見て目を丸くした。訳アリ客向けの宿を経営していても、獣人は流石にいなかったはずだ。それでも主人はすぐに落ち着きを取り戻し、応対を始めた。


「風呂はない。あるのはシャワーだけ、どの部屋も1500ゴールドだ。2階と4階の部屋がそれぞれ空いている」


「……では2階を」


 シャルナクは前金で1500ゴールドを支払い、部屋の鍵を受け取る。軋む階段に不安を覚えつつも、2階の一番手前の部屋の鍵を開けた。


「ふう。ケルベロス、ここが魔王教徒の隣の部屋だな?」


「ああ、バルドルの話だと隣の部屋に2人、その目の前の部屋に1人。その部屋にはアスタ村で捕まったデギーって奴も泊まってたはず」


 狭い部屋にベッドが1つ、狭いシャワー室が1つ。トイレは部屋の外らしい。床のフローリングはささくれ、隣の部屋の会話がはっきりと聞こえる。


『遅いな、そろそろ戻って来てもいいはずだが』


『大人の足で2時間近くかかる距離だからな。あと1時間は掛かるだろう』


『明日はゼスタというガキと、ビアンカという女を始末だ。その後は勲章持ちと等級の高い者から始末していけばいい』


 シャルナクの話が出てこない。彼らにとって最新の情報は、シャルナクと出会う前までのものらしい。シャルナクは壁際から離れ、ケルベロスと小さな声で打ち合わせる。


「まずは協力者を装って部屋からおびき出す。そして暗がりでシーク達に捕えてもらう。わたしの事を、獣人というだけで信用して貰えるだろうか」


「されなかったら強引に掴まえるだけだ。こまけえこと気にすんな。おっとビアンカが戻って来た、外の3人の準備も整ったようだぜ」


 シャルナクは深呼吸をしてフードを被り、部屋を出てから斜め前の部屋の扉を小さくノックした。中年の男が顔を出すと、シャルナクは人差し指を口元に立てて「シー」と合図した。


「誰だ、お前は」


「……シーク・イグニスタの動向を監視している者だ」


 シャルナクはフードをそっと取り、耳を見せた。男はその耳を見てシャルナクが何者か、彼なりに把握したようだ。部屋にシャルナクを招き入れ、用件を確認する。


「ああ、噂に聞いていた獣人の同志か! しかし何故ここが分かった。何をしにここへ」


「監視中に鉢合わせてね。デギーという男から頼まれた」


「デギーを知っているのか。あいつは」


「村人に怪しまれたせいで身を隠している。我々が向かうまでは出て来れまい」


 シャルナクは俯きながらバクバクする心臓を抑えている。男はすっかり騙されていいた。


 魔王教徒の仲間……のはずの獣人が現れ、おまけに計画まで知っている。協力者だと考えるには十分だった。男はすぐに支度を始める。


 向かいの部屋の扉をノックすると、同じように黒いローブを着た男が2人いた。シャルナクはまたフードを取って耳を見せ、シーク・イグニスタの監視をしていると告げた。


「獣人がなぜ、ヤツがこの町に来ている事を知っている」


 シャルナクはふいに問いかけられドキッとし、耳がピクリと動いた。明らかに動揺しているのだが、彼らは獣人と会ったことがなく、尻尾や耳の動きで感情が窺える事を知らなかった。


「……わ、わたしは彼が村を訪れた後、好意的である事を装って行動を聞き出した。管理所と武器屋に寄った後で村に帰った事も把握している」


「そういう事か。だったらあんたは顔が割れているって事だな。シーク・イグニスタの家まで案内してくれるなら、後は俺達がる」


「分かった、ついてこい」


 シャルナクはくるりと背を向けて階段を下り、その後ろを魔王教徒の3人がついて来る。シャルナクはケルベロスをぎゅっと握り、涙目でホッとしていた。





 * * * * * * * * *





 その頃、宿屋の横にある路地ではシーク達が身を潜めていた。扉を出て目の前を通る瞬間を狙うのだ。すぐ横にある大きなダストボックスには、ゼスタが家から持ってきた南京錠が掛けられている。


 「人形」が入っていたからだ。


 ビアンカの後ろにはもう2人の姿がある。この2人が助っ人だろう。


「シャルナクが出て来るぜ、準備はいいな」


「ああ、大丈夫だ」


「あの、我々は……」


「君達はとにかく起こった事をしっかりと見ていてくれたらいいのさ」


「あんたら声でバレるけん、ちょっと黙んなさい!」


 皆が口を噤んですぐに宿屋の扉が開き、淡い光が外に漏れ出る。先頭を歩くシャルナクは、何食わぬ顔でシーク達の前を通り過ぎる。そしてシーク達から注目を逸らすため、フードを外した。


「おい、耳は隠せ。目立って良い事はね……え?」


 魔王教徒が一瞬の出来事に怯む。シャルナクが振り向き、ケルベロスを先頭の男へと突き立てていたのだ。


「今だ!」


 シャルナクの掛け声でシーク達が一斉に飛び掛かった。ビアンカはすぐに3人を足払いし、ゼスタが一番後ろの者を羽交い絞めにする。その後、シークが真ん中の男を押し倒して体の上にバルドルを置いた。


 先頭の男は何が起こっているのか分からないうちに両手を上げ、降参のポーズを見せた。


「魔王教徒、俺の家を見張っていた奴の仲間だな」


「何……? まさかこの獣人、この忌々しい少年らとグルだったのか!」


「忌々しい? どっちが。わたしの友人やその家族を傷つけようとする者を許しはしない」


「クソっ! 我々の計画を邪魔するつもりだったのか! デギーはどうした!」


「貴様らの事を喋った後、牢屋に入っている」


 シャルナクはキッと男を睨む。その会話を暗がりにいた男達がしっかりと聞いていた。1人は整えられた口ひげをつまみ、もう1人は腰のポーチから銀色に光る2つの輪を取り出す。


「シークより、シャルナクの方が活躍しているね」


「うるさいよバルドル。活躍していないのは君も同じ」


「ご覧の通り、こいつらが俺達を闇討ちしようとした魔王教徒です!」


「本当にいたとは……いやいやお見事だ」


 1人は管理所のマスターで、もう1人は警官だった。どちらもビアンカが呼びに行ったのだ。


 この2人がいる事で自分達がどうなるのか悟ったのだろう。魔王教徒は拘束から逃れようともがく。


 そんな中、まだ拘束していない先頭の男が、油断したシャルナクに体当たりを喰らわせた。


「シャルナク!」


 男はシャルナクが転んだ隙に走り出す。


「しまった!」


「この事を仲間に知らせなければ……! 死霊術、毒沼ポイズンボグ!」


「!? 危ない!」


 後を追って走り出したシークの目の前に、道幅程の丸い沼が現れる。シークは黒く異臭を放つその沼を助走をつけて飛び越え、バルドルを魔王教徒に向けた。


「街中での武器・魔法使用の許可を!」


「管理所マスターとして私が許可する! おまわりさん、いいですね!」

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