Devout believer-09
* * * * * * * * *
アスタ村の広場に、数本の松明が灯った。
この時間には珍しく村人が大勢集まり、怪しい他所者を取り囲んでいる。他所者は石碑のようなモニュメントに縛り付けられ、手首にもしっかりと縄が見える。
シークの隣にはアスタ村の村長が立っており、村長の息子が余った縄を丁寧に束ねている所だ。野次馬の中にはシークの両親とチッキーの姿もある。
「ネイキーとアニカんとこの家を覗いていたんだってよ」
「イグニスタん家か。まーた坊主を付け回す奴が来たのか」
「ギルド管理所が坊主の勧誘や、武器の譲渡の持ちかけを禁止してるって話じゃなかったか?」
「どうやらそれとも違うらしいぜ」
「とすると、盗みだな。不届き者め」
中には身を隠すために畑に無断で入る者がいる。この時期であればとうもろこしが収穫の時期を迎えており、芋の収穫も始まる。村人が特に他所者を警戒する時期なのだ。
50歳手前の村長は農作業で鍛えられた腕を組み、凛とした威厳を醸し出す。皆を静かにさせ、尋問を開始した。
「あんた、名前は」
「……」
「目的は何かね」
「……」
男は黙秘を続けていた。恨めしそうに時折シークを睨むだけで、この期に及んで開き直りの態度を見せている。やはり先程の謝罪はシークへの申し訳なさから出た言葉ではなく、見逃してもらう事が目的だったようだ。
「不審な行動をしていたという通報を否定もしないか。警察に引き渡すしかないが、それでいいかね」
「……」
村長はハァっと1つため息をつき、シークの方をチラリと見る。村長の困惑とは対照的に、シークは余裕の表情だ。勿論怒りの感情を秘めてはいるが、男が口を割らなくても構わないらしい。
「村長、俺にいい案があるんです。試してもいいでしょうか」
「拷問はだめだぞ。無理矢理喋らせたなら、後でこちらの方が悪くなる」
「大丈夫です。ね? バルドル」
「うん、僕に『人権』はないのでね」
驚く者もいたが、バルドルが喋る事は既に多くの者が知っている。シークはそれを気にせずに、縛られた男の膝の上にバルドルを置いた。
「バルドルは、触れた人間の考えを読めるんです。今度は俺が質問してもいいですか? バルドルが男の考えを代わりに答えます」
「ほぉ、そんな事が出来るのか」
それを聞いた男は急に顔を上げ、明らかな焦りを見せ始めた。余程知られたくない事があるのだろう。
「や、やめてくれ! それだけは! 他の事なら何でもする!」
「それはあなたの都合ですよね? あなたを満足させるためにこうして縛っている訳じゃないんです」
「こ、この剣が本当の事を喋らずに、俺をハメるために嘘を言うかもしれないだろう!」
「嘘なら警察で真実が分かって、後で僕とシークが怒られるだけさ。君にとってはその方が都合がいいと思うのだけれど」
「……クソッ!」
「あー、シーク。とても物騒な事を考えているようだけど、伝えてもいいかい?」
「うん、どうぞ」
「ぶっ殺してやる! 今に見ていろだってさ」
男はシークへの感情を言い当てられて動揺を見せる。シークは余計な情けを掛ける必要がなくなって気が楽になった。
男が身動きをしてバルドルを膝から落とそうとするも、バルドルは全く動かない。シークは男が体をくねらせて縄から抜け出そうともがくのを気にもせず、質問を始めた。
「答えなくても俺の言葉を聞くだけでいいですよ。まず名前とあなたの現状をお聞きします」
「……」
「デギー・ジョンソン、24歳。甲斐性なしと罵られ、実家を勘当されているね。バスター等級はホワイト、昇級に2年もかかった上、それすらもう2年前。パンを買う金にも困っている」
「なっ!? こ、こんな他人の私事を暴いてタダで済むと思うなよ!」
「って事は当たってるんですね」
「うっ……」
「喋ったのはバルドルだし、俺達はそれを聞いちゃっただけです」
物であるバルドルに法律など通用しない。ペットでもなく、噛みついた訳でもないため持ち主責任も問われない。デギーは悔しそうに舌打ちをした。
「次は目的をお聞きします」
「『このクソボウズ』が寝たら町に戻って、宿で待機している奴に報告して、それで『このクソボウズ』の討伐隊を向かわせる……なのにこれじゃ失敗だクソっ! だそうだ」
「討伐隊!?」
討伐隊という言葉に、シークだけでなく村の皆の間にも動揺が走った。
「宿で待機しているのは誰? もしかして、魔王教の人か」
「……」
「気安く魔王教という名を口にするな、魔王教の幹部であるフランク様と、
「魔王教の奴らと、こんなに早く対峙する事になるとは。ついでに俺の偵察に加わった動機を」
「金もないし今更違う仕事にもつけないし、いっそ魔王アークドラゴンに支配されて世界ひっくり返ればいい、だってさ」
「うわーしょうもない動機……」
「だいたい、ちょっと強いからって調子に乗ってんじゃねえ。そんな奴がいるから比べられるんだ。こいつが居なけりゃ俺が実家でドヤされることもなかったんだ……との事だよ」
バルドルはデギーの思考を容赦なく読み取っていく。違う事を考えていても、隠そうとしている方の考えを読み取られてしまう。デギーは項垂れ、身動き1つしない。
「つまり、あなたも魔王教徒なんですね。泊まっている宿屋はどこ?」
「……」
「えっと……思考を読み取られまいと、色々と面白い事を思い浮かべているけれど、紹介した方がいいかい?」
「うん、どうぞ」
デギーは恥ずかしそうに唇を噛む。
「ばーかばーか、うんこうんこうんこー、おっぱいおっぱいだってさ」
周囲からは失笑が漏れる。暗いせいでよく分からないが、デギーは耳まで真っ赤だ。とうとう羞恥に耐えられずに泣き出してしまった。
「24歳にもなって、うんこうんこですって……クスクス」
「うちの5歳のガキと一緒じゃねえか。こりゃバスターとして大成しねえわけだ、はっはっは!」
「それで、泊まっている宿屋は?」
「んー、この人が見た光景は分かるから、案内は出来るよ。名前は……宿屋ラインズ」
「分かった。あと、相手の容姿と人数と、そいつらの行動予定とか色々読み取って。終わったら行こうか」
「おっけー」
バルドルがとても軽い口調で「はい終わり~」と告げ、シークはバルドルを手に取った。デギーに視線を向ける事もなく、村長に後の対応を任せる。
村人の数人がデギーをしっかりとホールドしたまま、村にある牢屋へと連れて行った。明日警察を呼んでから事の顛末を話し、身柄を引き渡すことになる。
「村長、電話を借りてもいいですか?」
「勿論だ。ついておいで」
広場のすぐ横にある村長の家に立ち寄り、シークは電話をかけ始めた。家に電話がないシークに掛かって来る事はないが、シークはこうして掛けることが何度かあった。10桁もある電話番号をササっと回し、電話が繋がるのを待っている。
『……はい、ユノーです』
「あ、えっと、アスタ村のシーク・イグニスタです。ゼスタくんいますか」
電話を掛けた先はゼスタの実家だった。ゼスタの母親が久しぶりねと嬉しそうに告げるとすぐに、電話口でゼスタを呼ぶ声がする。しばらくするとゼスタが電話口に現れた。
『おう、シークか。どうした? 珍しいな』
「うん、夜遅くにごめんな。村に魔王教徒が来て掴まえたんだ。仲間が今そっちの宿屋に泊まってるって分かった」
『えっ、本当か? 俺が見に行ってやろうか』
「俺も今からそっちに行く、休んでるとこごめん。2時間後、管理所の前に集合してくれないかな」
『了解、んじゃあ俺がビアンカに連絡する、電話番号知らねえからちょっと行ってくるわ』
「有難う、じゃあ後で」
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