Devout believer-08
シークは他のバスターが認めるほど筋がいい。けれど自分の大切な息子が狙われているなら、父親は居ても立ってもいられないものだ。扉を急いで開け、シークの部屋に駆け込んだ。
「シーク、起きるんだ。シーク」
「おや『お父』さん、どうもね」
「おっ……とバルドルもいたか。外に怪しい奴がいる」
「ありゃりゃ。ぐっすりなのだけれど、仕方がないね」
父親がシークの体を揺するも、眉間に皺を寄せるだけで目を覚まさない。バルドルは1分で起こすと言い、コホンと咳払い風に声を発した。
「良い子~のぉ 寝顔ぉにぃ~ 朝日がぁ差しぃ~てぇ~」
バルドルはシークの耳元で歌い始めた。自信たっぷりな声のボリュームには、まるで遠慮がない。
「飯のぉ~ 匂いにぃ~ つられ~てぇ 子犬がぁ吠えるぅ~~」
シークの父親は初めて聴いたにも関わらず、何かがおかしいと気付く。
「水面のぉ~ 雲はぁ~(ハイイヤショッ) 鳥のぉ~……」
独特なメロディーなのではなく、歌い手に問題がある。父親が耳を塞ごうとした時、ようやくシークが身じろぎをした。次にはパッと目を開け、枕元にあるバルドルの柄に視線を向ける。
「起きたかい? まったく、君は目覚めに僕の歌がないと起きられないのかい」
「……ん~、毎度のことながら強烈だった……おはよう。子起こし唄ありがと……泣く子も絶句する破壊力」
「子守唄では寝ない癖に、どうして起きることだけ出来るんだい? 理解に苦しむね」
「君の……ふぁ~……声は、起こすのに向いているんだろうね」
「なるほど、二兎は追えないという事だね」
「その一兎、副産物みたいなもんだけど……あれ、今何時?」
「夜になったばっかりかな」
体を起こし、シークがカーテンの隙間を覗く。昼寝のつもりが寝過ぎたと苦笑いしたところで、父親が心配そうに声を掛けてきた。
「シーク、怪しい人物がこの家を見張っているらしい」
「えっ、怪しい奴?」
「チッキーの鎌が確認してくれた。起きて来い」
父親が部屋のランプの1つに火を灯す。筒状の長いガラスの中で炎が横に広がっていき、部屋の中はやや明るくなった。
リビングでは既に母親が食事を並べている。蒸し鶏とパン、野菜のスープの香りが鼻をくすぐって心地よい。
「あはは! 兄ちゃんすごい寝癖!」
「起きたのね、シーク。あら、髪を乾かさなかったの?」
「そんなに凄い? それより外に誰かいるって聞いたけど」
シークはテーブルにつき、テュールに尋ねる。テュールは怪しい人物のいた場所と、確認できた格好などを告げた。イグニスタ家を監視していたのは1人、昼間に後を付けていた者と同一人物らしい。
「俺は裏の勝手口から隣の家の横に回り込むから、父さんは玄関にもう一度出て貰えないかな」
「大丈夫なのか」
「うん、多分ね」
心配そうな表情をしながらも、父親が再度玄関の扉を開ける。シークは玄関に置いてある自分の靴を手に取り、そっと家の裏から出て怪しい人物の背後へと回り込んだ。
フードを被った革鎧の男は、シークが背後にいる事に気付いていない。まだ視線は玄関先にいる父親へと向いている。シークは逃げられないようにしっかりと男の肩をつかみ、声を掛けた。
「うちに何か用ですか」
「……!? えっ、いや……その、ゆ、有名なシーク・イグニスタさんの実家を確認しようと、お……思いまして!」
「昼間、尾行していましたよね。バルドル、この人で間違いないかい」
「うん、間違いないね。尾行しなくてもシークの実家は知れ渡っているはずだけれど」
茶色の革鎧に、武器は短剣。10歳は上に見えるのに、ベテランの格好にしては貧相だ。年齢で考えたなら、ブルー等級にはなっていておかしくない。この男はその日暮らしが出来れば良いと考えているバスター崩れかもしれない。
「び、尾行だなんて、俺はただ……」
「バスター、ですよね」
「え? ああ、そうだ」
「バスター証を見せて下さい。他人の家を暗がりから覗くような不審な真似、村長に言えば警察が到着するまで牢屋行きですよ」
「そ、それは勘弁してくれ! 今日中に帰らないと俺がまずいんだ」
「何がまずいんですか? 俺が家にいる事を、誰かに報告しなくちゃいけないんですか?」
「あっ、いや……」
男の否定はどこか弱々しい。この男が単独で動いている訳ではなく、誰かの指示に従っているようだ。問題はこの男がここに誰かの指示で来ている事ではない。報告する事で、何をしようとしているか。
「狙いは俺ですね。うちの家族を狙っているなら俺がいない方が楽でしょうし、尾行は必要ない」
「……」
「言いたくないなら別にいいです。村長に言って警察に身柄を引き渡すだけです」
「け、警察だけは勘弁してくれ!」
シークの声色はとても冷たい。寝癖がついている事を除けば、許す事など最初から考えていないと受け取れる迫力があった。
普段はのんびりとしていて、これといった拘りも見せない優しい少年だが、怒る時はしっかり、それも静かに怒る。
「ここで俺が大声を出して、村の皆に出て来て貰った方が話しやすいですか」
バルドルと日頃から皮肉や冗談を繰り返しているせいか、言葉の選び方も容赦がない。
「村って、こういう騒動が大好きだよね。大騒ぎになるだろうね、シーク」
「村に対する認識として正しいと思うよ、バルドル。以前畑に盗みに入った街の人がどうなったかの話はしたかな」
「いや、是非ともあとで教えて欲しいね。シークはここで誰にも知られず、血肉の痕跡を1滴も残す事なく君を葬り去る事くらい『夕飯前』だからね。村の皆に出て来て貰った方が君にとっては安全かもしれない」
「確かに晩御飯の前だけど、そこは朝飯前でいいんだよ、バルドル」
「おやそうかい? それは失礼したね。さあ続きをどうぞ」
場所を変えるとしても、出来る事なら怪しい奴を家の中には入れたくない。どこに何があるか、誰がどの部屋を使っているか……泥棒に案内するようなものだ。
シークはこの状況を自らの危機と思っていない。加えて不愉快な相手に情けを掛ける気も一切ない。それが分かったのか、男は拳の力を抜いてため息をついた。
「……確かに、俺はあんたが今日は家にずっといるのを確認して……町に戻って報告するつもりだった」
「誰に? 何の目的で?」
「それは言えない、も、目的も分からない。俺はただ見張って報告するだけで50000ゴールド貰えると聞いて、請け負っただけなんだ」
男は何も知らないと繰り返し、もう良いだろうと言ってその場から立ち去ろうとする。
「ごめんなさいのひと言が出てこないんですね。謝られてもいないのにこっちから許せる訳がない。はいそうですかと納得できる根拠は? 信じて貰えるような行動を何か取りましたか」
「……申し訳ない、本当に申し訳ない! この通りだ!」
男はシークに指摘されて初めて、謝罪の言葉を口にしていなかったと気付いた。慌てて頭を下げたが、時すでに遅し。
このまま上手く解放して貰えたらラッキー、という考えが透けて見えたのだろう。シークは男を壁に押し付け、バルドルを触れさせた。
「た、頼む、本当に何も知らないんだ! ヒッ……見逃してくれ!」
「あなたが報告する事で俺や家族に何か起こったら、責任は取ってくれるんですか? それも知らないと言いますか」
「本当にすまなかった! 金が貰えると思って安易に応じてしまったんだ、申し訳ない!」
その言葉が本当か嘘かは、どうせすぐに分かる事だ。シークはため息をつき、男を抑え込んだまま一度足元を見て、それから大きく息を吸い込んだ。
「誰かー! 大変だ! 怪しい男が村の家を覗きまわってるー!」
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