Devout believer-07

 

 バルドルの不安げな言葉に、シークはため息交じりで笑う。


「帯剣禁止じゃない限り、大抵はバルドルを一緒に連れて行ってるだろ」


「そうだね、『トイレ』以外ならおおよそ連れて行ってもらった。今度連れて行ってもらっても?」


「君がお腹でも痛くなったらね」


 シークは半袖シャツと膝までのズボンに着替え、汚れた服を洗濯かごに入れる。


「先程の元気が良く、とてもお若い方がチッキー様ですね」


「うん、今更コイツは駄目だって言われても困るけど」


「わたくしの事を必要として下さるのなら、その期待に応えるまで」


 リビングに入ったシークは、チッキーと向かい合うようにしてテーブルにつく。木目の綺麗な一枚板は、アスタ村では家具として一般的な栃の木だ。


 シークはバルドルを椅子の背に立てかけ、目の前にはテュールを置いてチッキーに差し出した。


「はい、お土産だよ」


「お土産! 棒? それにカバーが掛かってる……なんだろうこれ」


「喋る鍬じゃないけど、それ以上にいいものだよ」


「えっと、僕が紹介しても?」


「じゃあバルドル、お願い」


 テーブルの上に置かれたテュールをチッキーが引き寄せる。革のケースをゆっくりと外し、キラリと光る刃が見えた所でチッキーの瞳もキラリと輝く。


 チッキーはそれが何かを理解すると同時に、口を開けたまま満面の笑みを浮かべていた。その様子を見たバルドルは自慢げに説明を始める。


「僕の仲間、伝説の『氷盾テュール』が君のために鎌となって……」


「わぁすごい! 兄ちゃんこれ鎌だ! もしかして喋るの?」


「あの、えっと僕が説明を……」


「どこで手に入れたの? これ貰っていいの? お母さーん! 兄ちゃんが新しい鎌買ってくれた!」


「僕の仲間の、テュールだ、よ……聞いてはいないみたいだね」


 チッキーは椅子を倒しそうな勢いで立ち上がり、別室で洗濯物を畳んでいる母親へと報告に走る。嬉しさのあまり、バルドルの言葉はまったく耳に入っていない。


「君の『お母』さんもチッキーも、話を聞く才能に関しては実力がよく似ているね」


「つまり『ない』ってことだね。えっとテュール、ご覧の通りチッキーは全然落ち着きがないんだ。上手く面倒を見てやって欲しい」


「畏まりました。ご安心下さい、昔の主であるアンクスもよく1人で特攻しようとし、わたくしと炎剣アレスで制止したものです」


 奥の部屋からは母親の「良かったわね」という穏やかな声が聞こえる。子供と刃物の組み合わせに全く動じないのは、日頃からあらゆる農具を扱っているからだろうか。


 暫くしてタタタッと足音を立てながら、チッキーがまたリビングに戻ってきた。


「お母さんが良かったわねって!」


「うん、聞こえてたよ。じゃあこの鎌の紹介をするからちゃんと聞いてくれ。道具を使う前に使い方をよく聞けって、父さんにも言われてるだろ」


「鎌の使い方は知ってるよ?」


「普通の鎌じゃないから、聞かないなら使わせられない」


「分かった」


「よし。じゃあバルドル、テュール、後はよろしく」


 バルドルは今度こそと意気込み、再度テュールの紹介を始めた。


「じゃあ、紹介するよ。これはテュール。僕の仲間だった伝説の『氷盾テュール』が作り変えられて、君を持ち主に選んだのさ」


「お初お目にかかります、チッキー様。わたしくしはテュール、この度チッキー様の手足となって……」


「喋った! わあ、喋る鎌だ! 凄い、バルドルと一緒だ!」


「チッキー」


「あ、はい」


 チッキーはテュールが喋った事でまた更に目が輝く。嬉しそうに口を開いたチッキーを、シークが念押しでじっと睨む。


「今後、チッキー様にお仕えしたいと考えております。農作業に関しては『素物しろもの』でございますので、チッキー様と共に成長していけるよう励む次第です」


「テュールくんっていうの? バルドルと友達なの?」


「ええ、伝説の勇者達と共に世界を回っておりました。昔話をお望みなら幾らでも」


「やった! あのね、明日は畑の周りの雑草を刈るんだ。一緒にやる?」


「ええ喜んで。切れ味を是非お試し下さい」


 声変わりも始まって、普段はもう少し大人びているのだが、兄に甘えたいチッキーは終始ご機嫌だ。テュールを革のカバーごと大事そうに抱えると、家の中を案内し始めた。


 鍬ではなくとも喋る相棒が出来ればよかったのだろう。暫くして畑も見せると言って外に出て行く。


「僕の事は呼び捨てなのに、テュールには『くん』を付けていたよ」


「ちょっとお兄さんぶりたいのさ。バルドルから見て、テュールはこれで良かったと思ってそうかな」


「うん、テュールにはあのくらい振り回してくれる人間の方が合っている。あんなに目を輝かせて嬉しそうにされて、気分が乗らない武器……と農具はないさ」


 今頃は畑で父親に鎌を見せびらかし、自分が種まきを手伝っている畑の説明をしていることだろう。


 村にはチッキーと同年代の子供があまりいない。6歳から10歳まで通う幼年学校も、14歳まで通う少年学校も、どちらも全生徒数は20人程度しかいない。いつも一緒にいられる話し相手が出来て、チッキーは嬉しくて仕方がないのだ。


「チッキーと比べて、どうして君はこんなに感情の起伏が少ないんだろうね、シーク」


「そうかな? 俺はバルドルといると気が楽でいいけどね」


「奇遇だね。僕もシークと『ある』と、戦闘でもなければ『鍔の荷が下りたよう』にホッとできる」


「荷って、その鍔の荷ごと俺が背負う事になるんだけど。例えば俺がチッキーくらい騒がしかったら?」


「僕は時々荷物になりたくなると思う」





 * * * * * * * * *





 17時を過ぎ、もう太陽は遠くの山の端に隠れる時間となった。暫くすると夕焼けも次第に黒く染まっていき、薄暗くなった村の家々からはオレンジ色の光がこぼれる。


 お風呂に入って汚れた体を綺麗に洗い、ついでにバルドルと鞘も綺麗に洗ってあげたシークは、昼寝からまだ目覚めていない。


 シークの父親とチッキーが作業を切り上げて畑から戻ってきた。チッキーは草の汁でやや汚れた服を脱ぎながら、テュールをとても丁寧に床へと置く。半裸で脱いだ半袖シャツを振り回しながら、キョロキョロと室内を見まわした。


「ただいま! 兄ちゃんは? もう町に帰っちゃった?」


「おかえりなさい、シークは部屋で寝てるわ。疲れてるのよ、寝かせてあげて」


「えー? もうご飯じゃん! 明日は? 明日もう町に帰っちゃう?」


「お仕事なの。えっと……テュールさんもお喋りできるのよね、おかえりなさい」


「ただいま戻りましたお母様」


 シークの両親は、息子が優秀なバスターであると気付いている。実家を訪れ、シークの動向をしつこく訊ねるバスターは1組や2組ではない。最近は監視されているような気配すらある。


「さあ、先にお風呂に入っちゃいなさい」


「チッキー、テュールを連れていくんじゃない。手入れの仕方は後で教える」


「えー?」


「チッキー様、わたくしは後で綺麗に拭いて下されば良いのです。お1人で入浴をお済ませ下さい」


「……分かった」


 チッキーが風呂場へと消えたところで、テュールは両親へと声を掛けた。


「誠に恐れ入りますが、少し気になる事があるのです。わたくしを持って、一度玄関の外に立って下さいませんか」


「……それは構わないが、バルドルのように主人以外が持てないという事はないのか」


「はい、わたくしが拒否しなければそのような事はございません。それより、外に何者かの気配を感じるのです」


「……またか。最近不審な人物がちょくちょく現れる」


 シークの父親が玄関を開け、何でもないふりをして玄関先のステップに腰掛ける。農具の手入れを装ってテュールの柄をそっと撫で、テュールがその正体を突き止めるのを待った。


「1人、ですね。左手の家の先の角からこちらを見ています。シーク様とバルドルを起こした方がよろしいかと」

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