Devout believer-06



「村からまだ遠いけど、一応倒しておこうか」


「勿論、大賛成」


 シークは鞄とテュールをその場に置いて鞘からバルドルを引き抜き、ボアのいる方へと近づいていく。魔法を放って即終了ではないところに、バルドルへの配慮が窺える。


 最初の頃は戦い方を指南していたバルドルも、もうボア相手にアドバイスするような事は何もない。シークはボアが地面を前足で掻いて走り出してすぐのタイミングで、既に斬りかかろうとしていた。走りながらバルドルをブレなく水平に振り切り、ボアを真っ二つにする。


「80点」


「えー? 技も使わずに綺麗に仕留めたと思うんだけど」


「倒す瞬間、はい終わりって思ったね。だから所作が雑だったよ」


「手厳しいね」


 シークはバルドルの刀身を布で綺麗に拭きとり、再び鞘に納めた。確かに手を抜いたと反省しつつ、ボアの死骸にファイアボールを掛けて灰にする。


 この暑い中、モンスターの死体を放っておけばすぐに腐臭を放ち始めてしまう。他のモンスターをおびき寄せてしまうことだってある。


「お見事でしたよ、シーク様。本気ではなくとも綺麗な一太刀でした」


「有難うテュール。さあ、村に帰ろう。バルドルもお疲れ様」


「どうもね、もっと疲れたいくらい」


 シークはアスタ村へと急ぐため、草原から道へと戻っていく。春先はくるぶし付近程しかなかった草の背丈も、今は膝下に迫ろうかという程になっている。


 そんな中、バルドルはじっと身を潜めてしゃがんでいる者の姿を発見した。


「……シーク、少し離れたところから誰かがこっちを見ているよ」


「え?」


「振り向かないで、君は気づいていないよう演じておくれ」


 バルドルとテュールが尾行する怪しい人物を監視し、シークは何事もないかのように歩き始める。


「革鎧を着ていて……バスターの格好をしているよ」


「見たところ1人のようです。道を外れて身を潜める事ができるのなら、ある程度モンスターの脅威に対処できるバスターなのでしょう」


「シャルナクのバレバレな尾行と比べてどう?」


「こっちの人の方が多分慣れているね。聞いた話と恰好は違うけれど、魔王教徒ってやつかもしれない」


 アスタ村の手前の森に差し掛かる頃にも、まだ尾行者は後をつけていた。シークは歩幅が狭くなったり広くなったりとぎこちない。


 そんな中をしばらく歩き、シークは道を逸れて森の中に入っていく。それは追手を撒くためではなかった。


 その先には大木が鎮座していた。裏に回り込んだところで、シークはテュールに場所の説明を行う。


「ここでバルドルを拾ったんだ」


「うん、ここでシークに拾われた」


「そうですか。このような場所に……静かな所ですが、少々退屈だったのでは?」


 春先よりも地面が湿っており、腐りかけの落ち葉の匂いがきつい。退屈なだけでなく、環境も良いとは言えなかった。


 キノコの類が採れるわけでも、良木を伐採できるわけでもなく、戦いに不慣れな一般人が興味本位で足を踏み入れる事もない。たとえバスターであっても、普通は馬車で通過する場所だ。


 もしもシークが飛ばされた1枚の紙を追って入って来なければ、もう100年見つけられなくても不思議ではなかった。


「少々なんて言葉じゃ到底足りないさ。博物館に飾られるのとどっちが退屈か悩むくらい」


「それは……想像を絶する苦痛ですね」


 どうやら自分では動けないくせに、全く動かして貰えない状態はストレスがかかるらしい。


「しかも時々猫が来るんだ。何も出来ないまま恐怖に怯える300年だったよ」


「猫!? それは恐ろしいですね。シーク様がバルドルを救って下さって本当に良かったです」


「猫をモンスターに分類しない人間の気がしれないね」


 バルドルは可愛い猫には爪があると2度繰り返す。自分で話題を振っておきながら「もう猫の話題はやめよう」と言い、シークに立ち去る事を提案した。


「ところでバルドル、怪しい人はどうなってる?」


「ここまではついて来ていないけれど、君がアスタ村に帰る事を知っているのかもしれないね。先回りしているかも」


「どうしよう、村のみんなを巻き込んでしまうような事態は招きたくないんだ」


「ギリングに戻るかい?」


「それなら30分走った方がマシ」


 そう言ってシークは脇に抱えた鞄を支えながら走り出した。道に出たところでバルドルが尾行する者に気付くも、シークはそのままペースを落とさず走り続けた。


 尾行の者はその足についていけなかったのか、村の門をくぐる頃には姿が消えていた。


「ふう、久しぶりだ! ここがアスタ村だよ」


「とても長閑な村なのですね。地面が石畳ではないせいか、日が高い割にはギリングよりも暑さを感じません。それに風も爽やかです」


「どうかな、ここに住むのは」


「心が安らぎますね、素敵な場所だと思いますよ」


「良かった。さあ、俺の家はもうちょっと先」


 シークはメインストリートを途中で右に曲がる。そして高床式の木造の家に着くと腰程の高さまでの階段を上り、木製の扉を押し開いた。


 シークがただいまと言う前に駆け寄る足音が聞こえ、次の瞬間、シークに何かがドンっとぶつかって来た。


「兄ちゃん!」


「わっ!? ははは、ただいまチッキー。元気にしてたか?」


「うん! お母さん、兄ちゃんが帰ってきた!」


「えっ!? あらシーク! もう……全然帰って来ないんだから、心配したのよ? バルドルさんもいらっしゃい」


「どうもね、『お母』さん」


「ちょっと別の大陸まで足を運ぶ事になっちゃって。……チッキー重いよ、自分で立てって」


 チッキーにとって、シークは誰よりも自慢の兄だ。久しぶりに帰って来た兄に喜び、チッキーは幼子のようにまとわりつく。なんとか引き剥がし、シークは椅子に座った。


 チッキーが満面の笑みでピョンピョンと飛び跳ねる度に、床の木の板はミシミシと音を立てる。窓を全開にしているせいでチッキーの声も周囲にまる聞こえだ。


 シークは椅子に座るように促し、チッキーの頭をポンポンと叩いた。


「そういえば、今日は学校じゃないのか? えっと……まだ昼だよな?」


 壁にかかった丸時計の針を見るとまだ14時過ぎだ。旅の途中は時間も曜日も気にする事がない。シークは自分が何か間違っているのかと不安になる。


「え? 今週は種まき休みだよ!」


「……あ、そうか。もう小麦の種をまく時期なのか」


「兄ちゃんも種まきする? 一緒にお父さんのとこ行く?」


「いや、今日は休みたい。とりあえず部屋に荷物を置いてくるよ。見せたいものもあるんだ」


「お土産? どこのお土産?」


「見てからのお楽しみ」


 自室に戻ったシークは、まずバルドルとテュールを机の上に置く。それから鞄を床に置いて、軽鎧を丁寧に脱ぎ始めた。中に着ていた半袖シャツまで脱ぎ、下着に手をかけようとしたところでギィッと扉が鳴る。


「兄ちゃ~ん、まだぁ?」


「わっ!? もうすぐでパンツ脱ぐ所だったよ、すぐ行くから待ってろって」


「うん、分かった! すぐだからね!」


 いくら弟相手と言えど、風呂でもないのに昼間から全裸を晒すのは流石に恥ずかしい。シークはふとバルドルやテュールの事が気になった。


「えっと、ごめんバルドル」


「なんだい、シーク」


「今更なんだけど、俺が君達の前で着替えるのって……ひょっとして配慮がない過?」


「気にしたことはないよ。そんな事よりも僕が今気にしていることは、だね」


「ん? 何か気になっている事でも? あ、尾行してた奴の事とか」


 先程の尾行者の事が頭を過ぎったシークに対し、バルドルは冷めた声で「全然違う」と言ってため息をつく。


「君が言う『荷物を置いてくる』に、僕が含まれやしないかということさ」

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