Devout believer-05
「……あっ、ご丁寧にどうも」
てっきり鍬だと思っていたシークとゼスタは、上の空で返事をする。それはテュールの農具に似つかわしくないほど丁寧で、紳士的な自己紹介のせいでもあるだろう。
鋭く少しの光でもキラリと反射する刃、焼入れ部分が波のように美しいラインを描く黒打ち仕上げ。
雑草を刈るには若干大きめで柄も長く、武器としても使えそうなくらいだ。言葉遣いとのギャップを埋めるには時間が掛かるかもしれない。
「わたくしのために手を尽くして下さったと伺っております。それが良かったと思って頂けるよう、これからしっかりお役にたっていきたいと考えております」
シークもゼスタも農具を見下している訳ではない。雑草刈りや小麦の収穫は重労働で、切れ味の良い鎌であれば作業のペースもうんと上がる。しゃがみ込んでいる時間が短ければ、足腰への負担も減る。シークは特にその大変さ、重要さを分かっている。
だが、例えば「今日のお天気は大変良うございますね、チッキー様」という声が聞こえてきたとしよう。
振り向いた時に10歳程度の子供が鎌と喋りながら雑草を刈っていたら。その鎌がアダマンタイト製で、名匠の逸品だったとしたら。どう考えてもしっくりこない。
「聖剣バルドルが以前術式によって云々と言っておったから、その部分はそっくりそのまま移し替えている。ヒヤヒヤしたが上手くいった」
「えっと……どうかな、鎌に生まれ変わった気分は」
「今まで攻撃を受け止める役目をいただいておりました。刈る側に回るとなれば、どのような感触なのか大変楽しみです。早くその役目を与えて下さればと、今はそればかりを考えている次第でして」
テュールは穏やかに喜びを伝える。しかしながら刃の部分は光の加減で青白くも紫にも見え、正体を知らなければとても恐ろしい雰囲気をかもし出す。
丁寧な物腰が逆に怖い。
その刃の光彩は、元々含まれていたチタンが加工される際、アダマンタイトと強く反応したせいだという。ビエルゴが日焼けしたように見えたのは、そんな逸品を作り出すために浴び続けた炉の熱のせいだった。
「喋る鍬をお願いされていたけど、鍬に拘ってはいないはず。きっとチッキーも気に入ると思う。早速君をチッキーに会わせたい」
「一度、坊主の父親には連絡を入れた。アスタ村の役場に伝言を頼んだところ、折り返しがあってな。この時期は忙しいということで、まだ会えていないんだ。儂が粉々になった欠片を見せて、これをお宅の次男の農具に作り変えると言った所でピンとは来ないだろうがな」
「確かに。もう完成していると知ったらチッキーもきっと喜びます」
「テュールのことをどうもね。数少ない僕らの仲間を代表してお礼を言わせてもらうよ」
「あっ、てめぇバルドル! 勝手に代表すんな、俺っちが言う所だっての!」
バルドルもケルベロスも、テュールが苦手と言いつつ仲が良かったらしい。
「あとはこれだ。テュールの破片で作ってある。魔具として使えるだろう」
ビエルゴはテュールとは別に、手のひらに収まるほどの小さな麻袋を手渡す。シークが開くと、そこには装飾のない白く丸い輪っかのピアスが3つ入っていた。
「テュールが盾だった頃、『相手の魔力を吸収する』という力があったそうじゃないか。それを利用した。攻撃する度にほんの少しだが相手の力を吸収する効果を維持させてあるんだ」
「それって、バスター証と同じって事ですか?」
「いや、制御の効果はない。基礎能力を上げる訳でもないが、一時的でも役に立つだろう」
「有難うございます! あ、えっと……それで、御代なんですけど……もう少し待っていただけませんか」
「いつでも構わん。テュールについては研究のつもりだったからの、君達から金を取ろうとは思っとらんよ」
ビエルゴはメデューサ討伐でそれどころではなかっただろうと笑う。シークは湾曲した刃の形に合う白い革の鞘をもらい、テュールをそっと納めた。
「早速これからチッキーとご対面だな」
「うん、落ち着きがない子だから……くれぐれも宜しく頼むよ」
「元気なのは良い事です。楽しみで仕方がありません」
シークが改めて礼を言い、立ち上がる。最後にマーシャが1つだけと言って2人を呼び止めた。
「数日前からあなた達の動向を探っている人がいるそうよ。商人の間で噂になっているわ。もし心当たりがあるのなら用心しておきなさいね」
「心当たり……」
心当たりと言われて真っ先に思い浮かんだのは、魔王教徒だった。
シーク達がメデューサを倒した事は公になっている。残りはヒュドラとキマイラ、それに魔王アークドラゴンだけだ。魔王教徒は討伐を阻止しようとするだろう。
「その日さえ面白可笑しくやり過ごせたらいい連中や、強くなれずに燻ぶっている連中は、何かのきっかけで怪しい奴の口車に乗ってしまう。潜在的な敵は多い。故郷だからと言って簡単に隙を見せんように」
「はい。本当に色々と有難うございました」
「ああ、達者でな」
ビエルゴとマーシャに見送られ、シークとゼスタは元の道を引き返す。バルドルとケルベロスはいつになく饒舌で、テュールに早速今までの旅やモンスターとの戦闘を語っている。
「バルドルもケルベロスも、ご主人ととても良い旅をしてきたのですね。わたくしは鎌としての生き方を全うすべく、今はチッキー様のお役に立つことだけを考えたいと思います」
「俺っちもまだチッキーって奴に会ったことねえんだぜ。なあゼスタ、今度いつかテュールに会いに行けるか?」
「おう、暫くはギリングにいるんだから、休みの日に寄らせて貰おう」
「よっし!」
テュールと久しぶりの会話を楽しんでいたケルベロスも、大通りに出るとため息をつく。ゼスタは自分の家に帰るため、ここで別れる事になるからだ。
「もっとゆっくり話したかったぜ。じゃあなテュール!」
「はい、ケルベロスもお元気で。久しぶりに話が出来てとても嬉しかったですよ」
「あの……えっと、ケルベロス? 僕にも『じゃあな』が欲しいのだけれど」
バルドルがショックを受けたように、ケルベロスに対して挨拶をせがむ。
「おめーは明日も会えるだろうが。んじゃあなバルドル、ついでにシークも」
「俺はついでなのか。じゃあねケルベロス。ゼスタもまた明日」
「また明日。バルドルもまた明日な。テュールはまた今度な」
「ゼスタ、ケルベロス、えっと……ごきげんようで合っているかい」
「さようならとか、バイバイでいいんじゃない?」
テンションが上がった武器達は騒がしい。シークとゼスタはやれやれと苦笑いしつつ、反対の方向へそれぞれ歩き出した。
シークは馬車に乗ろうとせずに町の門へと向かう。アスタ村までの懐かしい景色を徒歩で確かめたいのだ。テュールにアスタ村の説明や、初めてバルドルと出会った場所の紹介をするにはちょうどいいとも思っていた。
シークは歩きながら、地図で現在地の情報をテュールに与えていく。時折地図にはシークの汗がポタリと落ちる。
「シーク、左の方にボアがいるよ」
「……珍しいな。俺が学校に通っている時は、殆どモンスターに出会った事がなかったんだけど」
「14歳、15歳なんかでモンスターと遭遇した時はどうしていたんだい」
「魔力を纏う魔具があって、ボアくらいが相手なら身を守れたんだ。学校で希望者に貸してくれる。魔法を使って撃退した事もあるよ」
「シーク様は、お若い頃からこの道を歩いておられたのですね。危険な外の世界にも怯まずに、バスターとなる信念を持ち、勉学に励んでおられたとは素晴らしい」
「有難うテュール。バルドルも言ってくれた事はないよ」
シークが背中のバルドルを振り返る。バルドルは「そうだったかな?」ととぼけてみせた。
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