Devout believer-03
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「有難うみんな、わたし達は口伝でしか物事を習わないんだ。言葉は同じでも、記すという必要性を感じたことがなかった。お金の計算は出来るように習っているけれど」
「読み書きはすぐできるわ。文字を覚えたら、それを喋る言葉に当てはめるだけだし」
「書き方練習帳まで買ったんだし、既に喋る事が出来るシャルナクなら簡単さ」
結局、シャルナクは自分の手で作成する事が出来ず、全てビアンカに代筆してもらった。元の住所に関してはムゲン自治区ナン村としたが、転入先の住所は管理所の住所だ。
こんなシャルナクを置いたまま、さっさとヒュドラ退治に行くのは気が引ける。シーク達は、暫くギリングで特訓をすることにした。
心配していたヒュドラの被害も、現状では殆ど確認されていなかった。シーク達やゴウン達の活躍に触発された他の1つ星、2つ星バスターも情報をくれるのだという。
バスターが「傭兵さん」ではなく勇敢な仕事だという認識が広まればと、協会も意気込んでいる。
「よし、シャルナクの勉強グッズも買ったし、いったん家に帰ってもいいかしら。汚れたままの装備と荷物で歩き回るより、明日軽い格好で用事を済ませた方がいいと思うの」
「それもそうだな。でも、テュールはどうするんだ? 明日見に行くか」
「俺が帰りに武器屋マークに寄って聞いておくよ」
「あっ、あ! 俺っちも行きてえ! なあゼスタ、俺っちも連れてってくれよ! いいだろ?」
「……仕方ねえ、ついでだから行ってやるか。おいビアンカ、シャルナクを任せていいか?」
「うん! じゃあシャルナク、私の家に行きましょ。暫く私の家に泊まるといいわ」
隠すことをやめたシャルナクの耳がピクピクと動き、茶色く毛並みが見事な尻尾もゆらりと動く。ここで「じゃあまた明日な」と言われる事を少し心配していたのだ。
「い、いいのか? わ、わたしは……」
「いいのいいの。ちょっと慣れないかもしれないけど、私の友達だから歓迎してくれるわ。してくれなかったら私も一緒の宿屋に泊まるもん」
「有難う、わたしはこの恩に返せるものがないが、いつの日か必ず……」
シャルナクはビアンカに深々と頭を下げて礼を言う。獣人は誠実な種族らしい。それに対抗するかのようにビアンカも綺麗なお辞儀を見せ、シャルナクに「先日泊めて貰ったお礼です」と伝えた。
「友達だもん。今度シャルナクの実家にまた寄る事があったら、また私を泊めてね」
「ああ、是非とも! 本当に知り合えたのが君達で良かった」
「あたしも一緒でいいんかね? あたしが前の持ち主のマニーカと一緒に旅をしよった時は、武器を家に持って入れん町もあったけん」
「大丈夫よ。天鳥の羽毛は流石にないけど、フカフカのベッドで一緒に寝ましょ」
グングニルを女子の枠に含めるかどうか……色々と意見があると思うが、女子達は楽しそうに笑いながら家路につく。グングニルもまんざらではないのか、「どんな家ね」「どこにあるんね」と、いつになく口数が多い。
「さ、俺達も行こうぜ」
「シーク、どうして家に泊まるってだけであんなに楽しそうなんだい?」
「さあね。女の子って些細な事も楽しめちゃうんだよ、きっと」
「僕はこの場合、どっちに分類されるんだろう。男の子かい、それとも女の子かな」
「300歳を超えて『子』を主張するのは厚かましいかな。とりあえず俺達と一緒に来てるし、男ってことでどうだい」
「そうだね。年頃のシークと一緒にお風呂にまで入ったんだし、『男女の仲』だとおかしいよね」
バルドルが何で納得したのかは分からないが、男女の仲という言葉の意味を正しく理解していないのは間違いない。ここでシークが「使い方が違う」などと指摘すれば、じゃあ正しい意味は何なのかと訊ねて来るだろう。
18歳になったばかりの少年に、その説明を求めるのは少々気の毒だ。シークが珍しくバルドルの言葉を訂正していないのも仕方がない。
「ケルベロス、お前は女じゃねえよな?」
「俺っち? どっちかっつうとビアンカ達より、ゼスタ達と一緒の方が気が楽だな、落ち着く。男側についとくぜ」
「ケルベロス、僕は『人間の女は、男と一緒にいると落ち着くから結婚する』と聞いたことがあるよ。その点で判断すると、僕は女なのかもしれないね」
「えっ!? っつうことは、俺っちも女か! そうか……」
「俺っちなんて言う女、見た事ねえよ。おめーらは疑いの余地なく男だよ」
ゼスタがケルベロスが入った革の鞘をポンと叩く。武器屋マークの店の前に着き、シークとゼスタは店の扉を押し開いた。
「こんにちはー」
「いらっしゃい……おお、坊主達か! さあお入り」
武器の独特の金属や革、それに消毒薬などの匂いが鼻をくすぐる。約2か月前に居候していた頃を思い出す懐かしい匂いだ。
店主のビエルゴは孫に会ったかのような笑顔を見せた。白黒まだらで短く生やしていた髭は剃られ、少し日焼けしたようにも見える。奥さんのマーシャがその後ろで「お茶を入れますよ」と声を掛けてくれた。
「すまんが、扉の札を店休日に変えておいてくれ。ゆっくり話がしたい」
シークが札を掛け替えてカーテンを閉める。1週間程お世話になっていたためか慣れたものだ。シーク達は案内されるがまま店の奥の住居スペースへと入っていった。
相変わらずこじんまりとしていて、アンティークの調度品がそこら中に飾られた室内。少し薄暗いその空間で椅子に座り、小さな丸テーブルを囲むと、マーシャが紅茶と一緒に小さな焼き菓子を出してくれた。
「有難うございます」
「なに、お前さん達が無事に戻って来て何よりだ。それより、どうだった」
「はい。おかげさまでメデューサは無事に倒せました」
シークがビエルゴに頭を下げ、メデューサの討伐を報告する。が、ビエルゴは首を横に振った。
「そんな事はもう知っとる。わしはメデューサ戦も、旅も、お前さん達が見て来たものを聞きたいんだ」
「フフフ、この人ね、1日と空けずにバスター管理所に足を運んで、あなた達の情報を確認していたのよ」
「うるさい、黙っておれ」
ビエルゴはマーシャに暴露され恥ずかしそうに俯く。
シークとゼスタは安心していた。有名だから、強いからと動向を気にしてくれる人は多いが、こうやって純粋に心配し、応援してくれる人がいると心強いものだ。
「さあ、紅茶が冷めないうちにどうぞ。それで、旅は大変だったのでしょう?」
シークとゼスタは初めて渡った大陸、初めて訪れた町の様子などを話した。それにメデューサを倒した時の事、獣人の村がある事。シークの誕生日、ビアンカの誕生日も迎え、獣人の女の子と共にこのギリングに帰ってきた事……。
そのどの場面にも、夫妻は目を細めて嬉しそうに頷いてくれた。
「ビアンカが持ってる写真の中にはメデューサの写真もあったし、他にも景色を撮った写真がいっぱいあるんです。ビアンカがアルバムを整理したら、持ってきます」
「ああ、是非そうしておくれ。まるでわしらも一緒に旅をしたかのようだ、やっぱりバスターはこうでなくてはな」
ビエルゴは髭がなくなった顎をさすり、そして1つため息をついた。
「どうしたんですか?」
「……以前話をしたかもしれんが、わしは自分の作品を『俺が作った』と長年言わずに売って来た。お前さん達に初めて装備を売った時もそうだ」
「ああ、それは聞いたぜ。おっちゃん、それがどうしたんだ?」
「お前さん達が活躍してくれたおかげで、うちの店もお客が増えてな。お前さん達が最初に買った装備、あれが欲しいという駆け出しが増えたんだ」
それだけを聞くと、繁盛して良い出来事だと思える。しかしビエルゴはまた1つため息をつく。
「それが問題だった。形だけ揃え、何処に旅立つ訳でもない。もっと志を高く持てと言うと、客に対して偉そうだと。お前さん達のようなバスターは、わしが思っていた以上に少なかった」
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