Devout believer-02

 

「その……わたしから見れば、シーク達はとても強いのだが。コヨでもバンガでも大人気だったじゃないか」


 シャルナクは他のバスターをほとんど知らない。しかし獣人が敵わなかったメデューサを倒せたのだから、弱いはずがないと思っている。


「経験の浅い私達より先に動いていたのは、恩人のゴウンさん達だけなの。そんな状況も問題だわ。助けを期待できない分、ちょっと強いくらいじゃ意味がない」


「復活を知らないから倒さなかったって訳でもなさそうだよな。ベテランが新人に凄い凄いと言ってる場合じゃねえんだ」


「そうだね、僕達は確かに急ぎ過ぎたかもしれない。君達の快進撃で調子に乗っていたよ。ギリングに戻ったら君達を指導する場を設けるかい」


 9月が終われば急に涼しくなり、シュトレイ山の頂上には次第に白くなっていく。周囲に海がなく典型的な大陸性気候のため、ジルダ共和国は寒暖の差も激しい。


 9月初旬なら気温30度を超える事もあるギリングでさえも、12月から2月は平均気温がマイナスとなる。シュトレイ山はその更に北なのだ。


 今から付け焼刃の特訓をしたところで、ギリング滞在には然程の余裕がない。しっかり指導するという事は、今年のヒュドラ退治を諦めるという事でもある。


 一行は、まずヒュドラの報告がないかを確かめてから決めることにし、ギリングへの帰郷を急いだ。





 * * * * * * * * *




「ただいまギリング! おかえり私! あ~、エバンからシュトレイ大森林に行った時も随分離れてたけど、今回も長かった」


「2か月以上だね。出発したのは7月の頭だったから」


 シーク達はなかなかのペースでエジン山脈を越えた。ギリングまでの湿地と荒野を歩き続け、ついに9月中旬にギリングへと帰り着く事が出来た。


 町の門に掲げられた時計を見るとまだ午前中。今からでもひと狩りできそうだ。しかし疲れ果ててようやく帰り着いたというのに、もう今日は町の外に出るつもりはない。


 空は相変わらず澄み渡っていてしっかりと暑い。しかしそれすらも今は感慨深く、清々しいくらいだ。


「早く管理所に寄りましょ! 記帳して、情報収集して、とりあえず今日はゆっくりしたいわ。お風呂にも入りたい」


「俺も家に顔出さねえとな。シークも村に帰るだろ?」


「そうだな、帰ろうかな。……そうだ! テュールがどうなったのか確認しないと。バスター証の交換期限も終わって、殆どプレートは回収されているはずだし」


「お、おい……すまないがゆっくり歩いてくれないか、わたしはぐれたら終わりだ」


 シャルナクはレンガ造りの街並みに驚いていた。バンガやコヨのような町ならまだ受け入れられる。けれど高層の集合住宅や整然と並ぶ区画、石畳などの雰囲気は、慣れるのに時間が掛かりそうだ。


「あ、シーク・イグニスタだ!」


「本当か!? うわ、3人揃ってるぜ、俺初めて見る!」


「ビアンカちゃん! ほら、あの子可愛いんだよな」


「おい、あの子の耳……なんだあれ」


 ギリングの期待の星となってしまったシーク達は、苦笑いをしながら足早に管理所に入る。クーラーの風が吹き抜ける館内の涼しさを感じながら、ふうっとため息をついた。


「皆、どこに行っても有名なのだな」


「なんか、ね。俺達の方が置いてけぼりなんだ」


 シャルナクは不思議そうに首を傾げる。どうして自分達を誇示しないのか、なぜ謙虚なのか。自分達のやっているの事の凄さが分かっていないのか。名声に驕る事もなく一体何を目指しているのか。


「みんな……これだけ有名になれば、豊かな暮らしが出来るんじゃないか?」


「ん~、確かにお金には困らないかもしれないけど、なりたかったバスターと何処か違う気もするんだ。いや、名を馳せたいとは思ってたよ? でも……これじゃないというか」


「そう。私達はまだまだ名声に釣り合ってないって思ってるし」


「俺もそうだ。こうしたい、ああしたいってのがまだまだあるのに、強い奴ぶってるのってカッコ悪いじゃん?」


「……そういうことか。バスターとは何か、わたしはまだよく分かっていなかったようだ。バスターとはそのように志の高い仕事なのだな」


 シャルナクはバスターの事を、モンスターを退治する者としか思っていなかった。いや、もはやバスターはそれだけの存在になりつつあるのだが、シーク達は違った。


 バスターとして出来る事をやりたいと考えていて、モンスター退治は過程でしかないと思っていた。いや、武器達はそこが全てかもしれないが、どうせ持ち主にするなら強いモンスターを倒せる優秀なバスターの方がいいだろう。


 シーク達もバルドル達も、賞賛されるために動いてはいない。満足できるところまで己を極めたいのであって、今の状況や経済力は到達地点ではない。


 シャルナクはようやくそれに気づいた。メデューサを倒したのは彼らにとって、稼業の糧のためではなかった。クエストで報酬を約束され、依頼を受けたのではなく、見据えた目的の過程でしかなかったのだ。


「わたしは……人間の世を勉強する、皆の手助けをする、そのためにここまで連れて来てもらった。けれどわたしはバスターという存在にも興味が湧いた。是非とも管理所で働き、そしてバスターの事をもっと知りたい」


「僕たち武器の事も、少し頭の隅に置いて貰えると嬉しいのだけれど」


「勿論。君達の活躍と、残りの仲間の事も知りたいと思っているよ。唄というものもね」


「それなら、シークに頼めば……ああ、連れて来て貰わなくちゃいけないって事だけど、時々ここへ唄を教えに来てもいい」


「そうか、楽しみにしているよ」


「あー……それこそちゃんと習った方がいいと思うけど」


 4人は受付で記帳をした後、色々な報告をした。コヨの町から既に電話で話が入っていた事もあって、その説明はつつがなく終わる。メデューサ討伐の事も既に本部へ知らせが届いており、マスターは盛大な祝宴を行いたいと申し出た。


「あ、あの……全部終わってからにしませんか。その、あまり目立っちゃうのも活動し辛くて」


「そ、そうなんです。魔王教徒なんてのもどこにいるか分からないし」


「そういう事情でしたら仕方がありませんね。バスターの士気が上がるかと思ったのですが、残念です」


「ところで、シャルナクの件、どうでしょうか。管理所で色々と学んでもらいたいんです」


「現在職員の募集はしておりませんが、1つ星バスターの皆さんの頼みです。シャルナクさんの事は任せて下さい」


「本当ですか!」


「やったなシャルナク!」


「ああ、有難うございます! わたしはまだ人間の世界の事に疎い……ですが精一杯働きます!」


 マスターはシャルナクを預かると言ってくれた。シーク達が本部職員と同等の身分を保証されているせいでもあるだろう。シーク達は1つ星バスターになってから、このような特権を使わずに来た。しかし本来はこれくらいの事を出来る立場にある。


「とりあえず暫くギリングに滞在して、これからの戦いに備える事にします。シャルナクの事、宜しくお願いします」


 マスターが職員に頼んで受け入れの書類を準備させる。この場で手続きできるのなら、シーク達も安心だ。


 暫くして職員が町役場の職員を連れて戻って来た。シャルナクの受け入れのため、町民としての権利を得る書類を作成するのだ。


 それらをシャルナクに書かせようとして……ふと皆が気づいてしまった。そこには氏名を書く欄に加え、以前住んでいた場所の住所を書く欄などがある。


「えっ、以前の住所って、ナン村まででいいのかな」


 シャルナク自身もハッと気づいた。そして申し訳なさそうにシークに耳打ちをする。


「すまない……わたしは、人間の字の読み書きが出来ない」

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