【11】Devout believer~混乱と見えざる敵~
Devout believer-01
【11】
Devout believer~混乱と見えざる敵~
サウスエジン国の首都バンガから馬車で揺られ、一行はエジン山脈の東の麓にあるミネア村まで到着した。8月30日、ビアンカの誕生日だ。
ミネア村は、行きにシークの誕生日を祝った村でもある。ビアンカを除く3人は急いでプレゼントを準備し、村一番のレストランでとびきりの料理を頼んだ。
ビアンカは満面の笑みを浮かべ、貰った真っ赤なスピネルのイヤリングと髪飾りを付けている。裕福な家庭のお嬢様だと思わせるテーブルマナー……などかなぐり捨て、肉汁滴るステーキを頬張っているところだ。
スピネルは高価な部類の宝石ではないものの、武器攻撃職には絶大な人気がある。体力や力の増幅効果があると言われ、見た目も美しい。
スピネルとサファイアの区別はつきにくく、間違われる事もある。素材の良し悪しが分かるバルドルやケルベロスの目利きがなければ、シークとゼスタは手に取らなかったかもしれない。
「ふふっ、宝石を着けられるなんて嬉しいわ! みんな有難う」
ビアンカの隣にはシャルナクが座っている。彼女は周囲の目など気にもせずに猫耳と尻尾を晒し、豪華で煌びやかな食事に目を輝かせる。
旅の途中の束の間の休息。ビアンカの誕生日は、皆の心に平穏な日常の大切さを刻みながら過ぎていった。
* * * * * * * * *
楽しいひと時は一瞬で終わってしまう。
「あー暑い……寒い所に行きたい」
「やだよ、ビアンカ寒がりだから寒い寒いってうるさいじゃん」
潮風が吹く港も、風薫る草原も、北の大地も高山も、9月初旬の屋外に涼しい場所などない。
天高く太陽が輝き、時折現れる雨雲は去り際にじめじめとした湿気を置き土産にする。どこに行っても何時になっても、空はただ暑さをいっそう煽ろうとする。
ただ、都会暮らしのゼスタとビアンカに比べ、シークとシャルナクは足取りが軽い。
シークは年に1度訪れるかどうかの保健室くらいしか、クーラー(蒸気を動力源にした扇風機に近い)と縁がなかった。シャルナクにいたっては、クーラーの存在すら知らない。
この2人とは正反対に、裕福な家庭で育ったビアンカ、冷たい飲み物などが簡単に手に入ったゼスタは、明らかに暑さへの耐性がない。
「シーク、ごめんもう一回アイスバーン唱えて、ブリザードでもいいわ」
「何でお前ら元気に歩けるんだよ。暑くて汗ベタベタで、やる気がどんどん抜けていくだろ」
「そりゃ暑いけど。顔も日焼けしてるし汗もかいてるし。でも夏だから仕方ないじゃん。ブリザードはビアンカを氷漬けにしちゃいそう」
「わたしも暑いのは苦手だが、それなら早く目的地に着いて休んだ方がいいと思う」
シークが草も萎れる道端でアイスバーンを唱え、草や地面は氷に覆われた。
「ハァー、冷たくて気持ちいい!」
「ギリングまであと5日だし、急ごうよ。ジルダ共和国まで戻って来たんだから早くギリングに着きたい」
ギリングに着いたら、ビアンカの要望で槍に巻くフラッグ(一応、グングニルの許可を得て)を選ぶことになっている。
バルドルには黒くて立派な彫刻がなされた、現存するかも分からないバルンストックという木を使った鞘がある。ケルベロスは、コードパンという革製のお洒落な鞘を買って貰った。
グングニルには鞘がない。何かないかと考えた時、バンガの港で槍の先に掲げられたサウスエジン国の国旗が目に入った。
ビアンカは着脱が簡単なフラッグに「これだ!」と心を奪われたのだ。
「ほらビアンカ、誕生日プレゼントの残り半分が待ってるよ」
「お嬢、しゃんと歩かんね。ほけたれっと歩きよったら知らんばい」
「士気を上げるのなら勝利の唄をみんなで歌うのはどうだい」
歌うと聞いて、シーク達の肩がビクッと跳ねる。やんわり断ろうと思ったのだが、ケルベロスの発言の方が僅かに早かった。
「お、いいな! 天高ァ~く、掲げた刃のォ~ 指し示すは我らの~ォ」
「我らのォ~」
「
「希望~……さあ今こそ! 今こそ!」
「さあ喜べ! 大いに舞え! 祈りは……」
何処の誰の勝利なのか分からないが、ケルベロスが歌い始めるとバルドルもそれに合わせる。相変わらず下手……いや個性的な歌声だ。果たして本当にそのような唄なのかは分からないが、本剣達はとても気持ち良さそうに声を張る。
「祈りは終えよ! ついにこの時!」
「いざぁ~ 行かん~ 大地の果てのォ~ 我らが明日は~ぁ!」
「待った待った! 有難う、本当に有難う、とても士気が上がったよバルドル、ケルベロス」
「え、ええそうね、なんだか体も軽いわ!」
「よし、ギリングまで急ごうぜ!」
このまま歌わせていたら、事ある毎に歌いだす癖がつくかもしれない。そう危惧したシークがバルドル達の唄を遮った。
「なんね坊や達、昔も歌いよったもんねえ、よう覚えとるやないの」
「勿論だよ、君も一緒にどうだい? グングニル」
「あたしは聴く専門たい、歌は苦手やけんね」
「不思議なものだな、唄……というのか。わたし達も山の恵みに捧ぐ『祝詞』というものを祠の前で唱える習慣はあったが、人間の唄というものは陽気な気分になる」
うまく唄から話を逸らしたつもりなのに、シャルナクが興味を持ってしまい、再度ケルベロスとバルドルが歌い始める。2番まで終わってとても満足した本剣達は、このまま放っておくともう1曲いきそうだ。
「ねえ、勝利の唄はどこで習ったんだい」
「シロ村さ」
「……山開きの唄もそこで覚えたって言ったよね。シロ村って、どこにあるんだよ」
「マガナン大陸にあるギタって国だよ。ギタカムア山に近いから、キマイラを討伐する時には立ち寄って欲しいね」
「ギタカムア山?」
「キマイラを封印した場所」
初耳だと驚くシーク達に、バルドルは当然のように「言ってないからね」と付け加える。マガナン大陸はムゲンがあるママッカ大陸の南にあり、ギタはその北西部分を占める。
「うわー……遠いな。ギタって確か殆ど砂漠の国だよね。南北に走る山は標高も高い」
「ジルダ共和国から一番遠いダイナン島のすぐ傍じゃない。船だけで1カ月くらいかかるんじゃないかしら。面倒臭いわね」
「えー!? もうさ、管理所に相談してキマイラは現地のバスターにお願いしようぜ。移動中は戦闘もできねえし、何も面白くねえよ」
とても「新たな勇者御一行」とは思えない発言だ。
しかしそれも仕方がない。彼らはこのところ船でボーっとするか、歩きながら大して強くもないモンスターを狩る日々を繰り返している。移動だけの日々から解放されたいのだろう。
「あのゴウンくん達でさえ勝つのは厳しいんだ。騎士の称号を持つ現役バスターを、もう1パーティー集める器量が君達にあるなら話は別なのだけれど」
「そんなのを俺達で相手にしなくちゃいけないって、結構な博打だって分かってるか? 伝説の武器を持ってるってこと以外、新人に毛が生えた程度なんだぜ」
「俺っちはキマイラ戦に参加してえな。前回はゴーレム戦しか経験してねえんだぞ」
「あたしもたい。お嬢達はセンスええけん、鍛錬ですぐ倒しきるようになるばい。手がたわんごと高くまで跳べるようになったら、新しい技教えちゃる」
一方の武器達はキマイラと戦う事に大賛成だ。武器に戦わないという選択肢がないのは分かるが、シーク達なら倒せると思っているらしい。
まだ冒険を始めて5カ月。伝説の武器と持ち前のセンスだけで、あれよあれよという間に巻き込まれていった今までの旅。
シーク達は一度落ち着いて、鍛錬する時間が必要ではないかと考えていた。
「これから何か月前かには絶対無理と思ってたヒュドラを倒しに行くんだけど……あの、俺達倒せるんだよね?」
「確かに放ってはおけないけどよ、はっきり言って実力で敵うとは思えねえ。俺達は結局ケルベロス達に頼って何とかなったに過ぎない」
どれだけ認められようと、本人達が納得していない。不安を抱えたままで、これからの戦いを乗り切れるのか。武器達もそんな3人の思いには気づいていた。
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