evolution-14


 マスターはバルドルの諭すような言葉に俯くしかなかった。獣人のシャルナクに面と向かって、「あなたは脅威だ」と言った事に気づいたのだ。


 勲章持ちのバスターは、バスター協会の名誉職に相当する。つまり、ここでの話はバスター協会本部に報告する事と同義。忌々しき表明だ。


 もちろんシーク達はそんな重大な事だとは思ってもいない。まだ若く、3人がそれぞれの言葉で己の感じるものや、乏しい知識で獣人との共存を説こうとするだけだ。


 仮にそれがどんなにか正しく、真っ直ぐなものであったとして、知識も経験も話術も足りず、理路整然とはいかない。その点、バルドルやケルベロス達はそれなりの知識と語彙力を発揮することが出来る。


 更に、過度な遠慮など持ち合わせてもいない。


「バスターにとって、馬車を牽くやつ以外のモンスターは悪だ。人間を好んで襲う脅威である事に疑いはない。だからこそ僕はモンスターを斬るという存在意義を与えられたんだ。実害が出ている以上、何故悪なのかと言われて根拠を持たないバスターはいない」


「え? ……ええ、それは勿論です」


「実は悪じゃなかったとならないよう、あらゆる面から根拠を持ってそう決めた事だと思う」


「仰るとおりです」


「それなのに、獣人を脅威になると決め付けて拒もうとしている。その根拠は何だい? 討伐しようとまでは言わないだろうけれど、まるで『悪でなければ困る』かのようだ」


「そ、そのようなつもりはありません! ……いえ、しかしそう言われても仕方のない発言をしたことは謝罪します。シャルナクさん、申し訳ございません」


 気に障ったのか、マスターは大きめの声でバルドルに反論する。しかしすぐに思い改めてシャルナクに頭を下げた。


「互いに分からない事には恐怖を覚えるものだと思います。わたし達は人間の生活を脅かすつもりはないのです。アークドラゴンや魔王教の事がなければ、今もわたしは村に留まっていたでしょう」


「……現在、ムゲン自治区にはどれ程の数の獣人が居住しているのでしょうか」


「ナンに1500、キンパリに1200、定住せずに放浪する者が数百、父さまからはそう聞いています」


「……思った以上に少ないですね」


 ムゲン自治区の獣人の数を合わせても、その人口はコヨの町の何割か。のんびりと必要な恵みだけで生きてきた獣人の数は、数百年の間に1、2割増えたかどうかだ。


 そんな彼らが脅威になろうと思っているだろうか。その答えは明らかだ。


「魔王教徒はわたし達に油断しています。獣人の先祖をモンスターだと考えているか、我々をモンスター寄りだと認識しているようです。警戒もされていないし、今後向こうから近づいてくる可能性もあります」


「情報をこちらに提供して頂ける、ということですね」


「はい。魔王教徒はわたし達に『こんな場所に押し込めた人間どもに復讐を』と持ちかけました。しかし獣人は元からムゲンの気高き峰アルカに暮らしています。むしろ湖畔の村は人間から譲り受けたもの。何を憎む必要があるでしょうか」


 シャルナクは魔王教徒の事を知っている限り話した。そして、かつて山の恵みが少なかった時、獣人が人間を追いだすような形になってしまった事を代表して謝った。


 魔王アークドラゴンや魔王教との対決だけではなく、それ以外でもお互いが協力し合えるようになればいい。そう考えた末にシャルナクがまず1人、こうしてシーク達を頼って外の世界にやって来た。どの話から捉えても獣人はとても謙虚だった。


「分かりました。とりあえずコヨ町長に話をし、必要であれば使者を向かわせます。魔王教徒の件以外でも、各町との交流について、私から提案してみましょう」


「本当ですか!? 良かった、有難うございます!」


 シャルナクが耳を立てて嬉しそうな顔をする。彼女は普段滅多に感情を全力で表すことがない。隣に座るシークからは、コートの下の尻尾が揺れているのが分かった。


「とりあえず一歩前進だね」


「いずれこの町や世界中で、人間や獣人なんて垣根なく生きていけるのかしら」


「それが理想だな。つか今の今までそれを目指さなかったのが不思議なくらいだ。とにかく、俺達はシャルナクを歓迎するし、気軽に行き来出来るようになればいいと思ってる」


 ゼスタは勇気を出してフードを取り、耳を出したまま外に出てみようと提案する。シャルナクはそれに力強く頷いた。


 その後メデューサ討伐についての報告も済ませると、小一時間ほど経っていた。


 再びロビーに戻ったシーク達は、掲示板に貼られた町の地図を眺めながら現在地と宿、その他のバスターの情報などを確認していく。ついでに2階へと上り、貼りだしてあるクエストを確認した。


「結構多いな……」


 しかも、ホワイト等級でこなせるものが殆どだ。オレンジ等級のクエストは「サンドワーム」という遠方のモンスターの退治のみ。


「メデューサ退治に全力だったから、クエストをこの1カ月殆ど受けてないよな。そろそろ手持ちが危ない」


「そうね、4人分の船賃でギリギリ、宿や食事代を考えたらちょっとクエストを受けておきたいかも」


 このコヨの町は人口がギリングの半分もいないせいか、バスターを目指す絶対数が少ない。まだ駆け出しのバスターが町に留まっている時期だというのに、簡単なクエストも全部は捌けないようだ。


「じゃあ簡単に終わりそうなやつを幾つか受けてみるか。サンドスコーピオン、ストーンバジリスク……」


「えーそんな弱っちいモンスターじゃつまんねえよ!」


「小さ過ぎて刺したかどうか分らんかもしれんね……」


「簡単に終わるなんて嫌だね。僕はじっくりと斬り足りたい」


「うるせえよ、何も斬らないクエストに変えられたいか」


「待ってゼスタ。もういつの間にか16時になってるわ」


 ビアンカが受注窓口の上に掛かっている大きな丸い時計を指差す。


「じゃあ、明日1日だけクエストを全力でこなそうか。シャルナクも一緒に来るか? 町を見物してもいいぜ」


「わたしも一緒に行かせて欲しい。戦いは無理でも、見ていると勉強になる。いつか獣人がバスターになれる日が来たら、皆に追いつきたいものだ」


「俺っちを片方使ってみるかい? 俺っちとバナナの区別がつかねえから、ゼスタの片手にはバナナでも握らせておけばいいさ」


「んじゃあケルベロスはギリングに着いたらシャルナクと留守番だからな。俺はバナナに乗り換える」


「冗談、冗談だって! ったく可愛い双剣ジョークだっての」


 ケルベロスがゼスタの絵心を茶化して返り討ちに遭う。


 ともあれ獣人がバスターになれば、その身体能力や動体視力で、並のバスターなどすぐに追い越してしまうだろう。日銭を稼ぐだけのぐうたらバスターは減るかもしれない。


「シャルナクがバスターを目指すなら、いつか一緒にパーティーを組みたいわね。学校を出ずに実技のみでバスターになるのは至難の業だけど」


「けど、そういう可能性の話が出来るだけでも世界が変わった気分になるね。なんとか上手く話が進んだし、バルドルの辛辣な発言のおかげかな」


「なんだって? ただ僕は『刃に鞘着せぬ』物言いに努めただけだよ」


「少し着せた方が良かったかな」


 バルドルはシークの言葉に心外だと主張するが、4人はマスターのエイスが可哀想に思えたと反論した。


「坊や、何が鞘着せぬね。ちゃんと正しい言葉を知っとろうもん、何かにつけて訳分からん事言おうとするが」


「おっと、訛りの強いグングニルにだけは言われたくないね。僕の剣生でおおよそ100番目に屈辱だ」


「えっ、バルドル数えてるの? それより屈辱だった事って例えば何?」


「そうだね、例えば……僕を見つけた時、全然興味を持たなかったシークとか」


「それって何番目?」


 シークの問いかけに対し、バルドルは少しの間「う~ん」と悩んで見せ、そしてはっきりと答えた。


「13番目!」


「本当に数えてたのか」

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