evolution-13

 

「何でこんなにゴーレム退治の事が広まってるんだ? バスター以外はゴーレムなんて知らないだろ普通」


「ギリングですら、こんな騒ぎにはならなかったよね」


「管理所にまた写真とかが貼られてるんじゃないかしら。目立つのって魔王教徒に行動を教えてるようなもんよね、どうしよう」

 

 無自覚な英雄たちはぞろぞろと群衆を引き連れ、管理所の大きな扉を押し開く。居合わせたバスターまでもが駆け寄ってきて、更にシーク達を取り囲む。その人数は連鎖のようにどんどん増えていく。


「あ、写真で見たぞ! あの黒い軽鎧の爽やかなあいつ! イグニスタだ!」


「ビアンカさん! 私、同期のバスターなんです! ビアンカさんは私の憧れです!」


「見ろよ、ゼスタ・ユノーかっこいいよな。あの体躯で双剣って、絶対敵わねえよ」


「この魔術書に是非サインお願いします!」


「私の魔術書にも皆さんのサインを!」


 皆、よく見ればまだ若い。シーク達と同じか少し上で、今年バスターになったばかりに見える。彼らはバルドルを狙う、パーティーに勧誘する……といった禁止行為に及びそうには見えない。


 そんなバスター達が差し出すものを見た時、ビアンカは1つ疑問が湧いた。


「ねえ、どうしてみんな魔術書にサインを欲しがるの?」


 見た目が魔法使いらしくない……と言ってもシークがそもそも魔法使いの格好をしていないのだが、明らかにソードやアーチャーの者も混じっている。いくらシークの戦い方に憧れようと、魔法を今から覚えるのはあまりにも非効率だ。


「この町で、シークさんは魔術書を買ったとお聞きしています!」


「この管理所の先の角にある魔術書店で買われましたよね?」


「イグニスタさんが買った魔術書と同じ表紙の魔術書、今2か月待ちなんですよ!」


「えっ? あっ……あの店主さん、そう言えば明日から忙しくなるとか何とか言ってたっけ……俺達を使って宣伝してるんだ」


「ああ、そういう事か!」


 全ては魔術書屋の店主のせいだったようだ。


 サインなど全く考えていなかったシーク達は、悩んだ末にそれぞれ自分の武器を描く。シーク&バルドル、ビアンカ&グングニル、ゼスタ&ケルベロスと記せば、幾らかそれらしくなった。


「わ、わたしは違う、わたしはただの同行人だ! その、護衛してもらっているのであって、何もしていない!」

 

 一緒にいるシャルナクまで、何故かサインを強請られている。


 まだ受付に用件も言えていない。不相応な扱いに耐えられなくなった3人は、20人程に書いた所でギブアップした。


「有名人気取りだね、シーク」


「俺と出会う前から『有名剣』気取りだったバルドルに言われるとは畏れ多いね」


「サインなんかしちゃって、私恥ずかしくなってきた」


「お嬢は絵を描くのが上手いんやねえ。まっすぐピシャーッと描いてくれとったけん嬉しいばい」


「ゼスタの絵はバナナみたいだったけどな。俺っちあんなんじゃねえぞ」


「うるせーよ、文句あるなら自分で描け」


 群衆はまだ4人を取り囲んでいる。シャルナクが見かねて受付の女性職員に声を掛け、ようやく3人は本題に入ることが出来た。ビアンカが石のカウンターに写真を並べ、メデューサを倒したと告げる。


 シャルナクが戦闘中に撮ったポラロイド数枚、ケルベロスが灰にしていく姿の数枚。女性職員は驚きで暫く固まった後、慌てて管理所のマスターを呼びに向かった。


 コツコツとヒールの音が足早に聞こえ、白いシャツにピンクと黄色の花柄のスカートを穿いた、中年の女性が奥から現れる。


「これはこれは! シーク・イグニスタ様、ビアンカ・ユレイナス様、ゼスタ・ユノー様、ようこそ当管理所へ! 私はコヨ支部の管理所マスター、エイス・ビンガーです。伝説の4魔、メデューサを討伐したと」


「はい、これが写真です。その時の状況もある程度お話出来ますが……」


「是非とも! さあ、応接室へ」


 ロビーでは外野が多すぎる。マスターのエイスに連れられ、4人は応接室へと通された。他の管理所と同じ造りの室内だが、ソファーは少し違った。革ではなく編み籠のような作りの長椅子に腰掛けると、ギィッと軋む。


「改めまして、ようこそ当管理所へ。我々もメデューサが現れたという情報を掴んでいなかったというのに、一体何処で……」


「ムゲン自治区です。アルカ山の中腹で退治しました」


「ムゲン自治区!? あの場所は人間が立ち入ることを推奨されていないはずです。どうやって……」


 マスターは獣人の土地の名が出た事に驚く。


「その前に、ギリングまで護衛をしているシャルナクを紹介します」


「わたしは……シャルナク・ハティ。気高きムゲンの大地よりやってきた」


 シャルナクは自己紹介をしながらフードを脱ぐ。そこに現れたのは、赤い瞳と茶色と黒のメッシュで短めの髪、茶と黒斑の猫耳。


「……わたしは、獣人だ。アルカの峰を守るムゲンの村、ナンの村長の娘だ」


 その姿を見て、マスターは口を開けたまま固まった。初めて獣人の姿を見たのだろう。


「俺達はシャルナクと出会い、アルカ山まで向かいました。メデューサがアルカ山にいる事は、バルドルが知っていましたから」


「聖剣であれば、確かにかつての生息域を知っているでしょう。シャルナクさん、獣人のあなたがギリングに向かうという事は、何か理由があるのでしょうか」


 シャルナクはシーク達に会うため、このコヨに立ち寄った事があると告げた。獣人も魔王アークドラゴンを退治に賛同する事、何も知らない獣人が人間の世界を知る足がかりとなるべく、自分がまず外に出た事なども付け加える。


 マスターはシャルナクの話に理解を示すも、獣人が自治区の外で生きていく事に不安を覚えていた。身体能力で劣る人間が、獣人に制圧される可能性を考えたからだ。


 それを表情で察したのか、シークはシャルナクの顔を見て頷く。獣人の協力を得るべき時だと知って貰うため、説明を交代した。


「えっと……エイスさん。魔王教をご存知でしょうか」


「魔王教、ですか? 何でしょう、残念ながら聞いたことはありません」


「魔王教は、アークドラゴンに地上を支配させるため、バスターや他の人々を皆殺しにしようと企む集団です。何年か前に、獣人に接触を試みたとの事です」


「皆殺しに!? そんな危険な集団の情報が管理所に報告されていないとは、とても信じがたいのですが……」


 何故情報が渡らなかったのか。それはシーク達なら分かっていた。


「獣人との交流がなかったからです。互いを尊重すると言いつつ、避けていたからです」


「そ、それは否定しませんが、私達は先祖と獣人との約束のため、それをずっと守ってきました。バスターが獣人と争わないよう、警告までして守ったつもりです」


「守った? 多分、守ったのは人間の地位じゃないでしょうか。獣人に世界を征服する気があれば、何百年かの間に一度や二度、小競り合いくらいあったんじゃないでしょうか」


「それは、そうですが。人間は獣人に比べて弱い存在です。バスターさえも凌ぐ能力を、脅威に感じる者もいるのです」


 マスターの言う事も分かる。けれど、それは杞憂に過ぎないと知るべき時だ。シークはなおも説得を試みる。


「バスターは一般の人より強いです。だからってバスターは全員弱い人を虐げるんでしょうか。強さだけで忌避するのは説得力がないと俺は思います」


「あの、口を挟むようで申し訳ないのだけれど、ああ、口なんてどこにあるのさという疑問は置いて欲しい」


「……バルドル、続きをどうぞ」


「どうもね。マスターさん、君は強い獣人をまるで悪い奴だとでも言いたげだ。裏切られた事もないのに如何なものかと僕は考えるのだけれど。シーク達は強いけれど、見ての通り謙虚だよ。獣人も一緒さ。聖剣が保証する」

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