evolution-12
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太陽の光が注ぎだす頃、ナン村には山へと向かう大勢の獣人達の姿があった。ようやくアルカ山での狩りやアレキサンドライトの採掘が出来る。皆の表情はとても明るい。
「久しぶりの山だ! 人間の英雄様が下さった薬草は持ったか!」
「ああ、勿論さ! 山に登れると思うと興奮で寝られなくて、何度も持ち物を確認したからな」
「ははっ、お前もか。俺もだ」
彼らにとって、先祖代々共に生きてきたアルカ山はかけがえのない存在だ。彼らの生活全てを取り戻せたと言ってもいい。
きっとナンやキンパリを都会化させようと思えば、その機会はあったはずだ。けれど獣人達は体を動かし、自然と生きる道を選んだ。
ゆくゆくは外の世界に興味を持つ者が出てくるとしても、獣人がこの地を手放す事も、必要以上に人間に干渉することもない。
かつての人間達が危惧したような、圧倒的な身体能力で人間を征服するなどという考えもない。人間の求める幸せが、必ずしも獣人と一致する訳ではないのだ。
その頃、ハティ家ではシーク達も出発の仕度を始めていた。
バルドルとケルベロスはクッションを取り上げられブーブーと文句を言い、グングニルが「伝説の武器が寝起きの文句とは情けない」と愚痴を漏らしている。
「皆さん。泊めて下さって有難うございました」
「とんでもない! この村を救ってくれた恩人に、何のお構いもできず心苦しいばかりです。魔王教徒が来たなら、必ず最寄のバスター管理所に知らせましょう」
「どうかお体に気をつけて。皆さんの旅の成功を毎日アルカ山に捧げます。また是非、いつでもいらして下さいね」
「はい、有難うございます」
キビウクとイジラクからの厚意を丁重にお断りし、シーク達はすぐに旅立つ事にした。次にゆっくりと訪れるのは、全てが終わった後になるのだろう。
「じゃあ、行くか! 次はヒュドラ退治だ!」
「うん、では皆さん、お元気で!」
村にいる者達が総出で見送りをしてくれる。小さな子供やシーク達と同年代の若者、それに杖をつく老人まで。
この村に着いた時の土産物や治療にお礼を言ってくれる者、これからの旅や、打倒アークドラゴンとして激励してくれる者、皆がとても温かい。少年少女からは憧れだとまで言われ、シーク達の顔は赤くなっている。
「父さま、母さま……」
「我々の代表だ、お前が出来る事をしっかりとやってきなさい」
シーク達の横には、同じように旅の荷物を持ったシャルナクの姿があった。
彼女はバスターではないが、獣人としてこれからの人間との架け橋となるために旅立つ。バスター管理所の所員として働けるよう、採用試験に応募するのだ。
シーク達の存在に一番近いのはギリングだ。事情の説明も兼ねて、彼女もギリングまでシーク達と一緒に向かう事になった。
同時にそれは出稼ぎの意味も持つ。仕事で金を貯め、そして通帳を作り、少々遠いが各所経由で送金すれば、次に外の世界に出たい者の手助けにもなる。
「大丈夫。ギリングまでしか知らなかったシークだって、こうして旅を出来ているのだからね」
「バルドル、君は持ち主の事を持ち上げようなんて事は思わないのかい」
「腕がないものでね、持ち上げられる方が得意なんだ」
「いや、そういう事じゃなくてさ」
バスターになるのが一番早いのだが、獣人が人間と別のルールで生きていると言っても、バスターになる要件まで免除されたりはしない。
かといってバスターではないのに武器を持ち歩けば、特別扱いだといって獣人への印象も悪くなる。
であればバスターではなく、職員の側で協力が出来ないか。そこで獣人の存在をもっと広めることが出来ないか、皆はそう考えた。それならプロではないシャルナクを戦いに駆り出さなくてもいい。
「良かった、リディカさん達と別れてからずっと女は私1人だったし……シャルナクと一緒にもう少し旅が出来るからホッとしてるの」
「わたしはそんなに気の利いた事は出来ないし、どうなのだろう。人間の女性から見ると、野蛮に見えるのではないだろうか。ビアンカのように笑顔が似合う訳でもないし、ビアンカの評判に傷が付かなければいいのだが」
「ビアンカの方が野蛮だから大丈夫だよ」
「シーク、今何か言った?」
ビアンカは、やや周囲の気温が下がりかねない声色で振り向かずに訊ねる。にこやかなのにひんやりとした声だ。
「……美人2人と旅を続けられるなんて、ラッキーだって言った」
「バルドル、シークが言ってるのは本当?」
「僕は『本当つき』だから、黙秘するよ」
「あ、俺を売ったなバルドル!」
ビアンカが今度は振り向いてシークをキッと睨む。ボートがガタッと揺れ、ゼスタがオールを漕ぐ手が止まった。
「おい動くなよ! 転覆するぞ!」
「君の事は大好きだけれど、僕は聖剣として曲がることは出来ないのでね」
「物理的に?」
「多少のしなりはあっても、折れる事はない……あ、やめておくれ! 痛い痛い!」
バルドルの本当かどうか分からない「痛い痛い」に皆が笑う。
武器を武器として扱わないシークと、持ち主を完全に信頼したバルドル。仲良くも馬鹿げたやり取りに、精神論で語りがちなグングニルも牙を折られたようだ。
「まったく、あんた達ホントいっつもそんな感じなんやね。これでメデューサ倒した英雄っち誰が信じると。バルドルも、そんなんやけいつまでも坊やっち言われるんたい」
「坊やと言うのは君だけだよグングニル……って、シークちょっと! 今は僕が話しているのだから曲げ……分かったよ、分かった降参だ!」
「おいおい、シーク、バルドル! お前ら暴れるなって、船がひっくり返るぞ」
「僕は暴れられない、シークが悪い!」
「うぇ~、俺っちこんな湖に落っこちたくねえよ、モンスターの胃袋より汚泥の中の方が嫌だぜ、綺麗な姿に戻れる自信がねえ」
「拭くの俺だけどな?」
戦いから離れた途端にこれだ。本当にこれから世界を救うような働きを見せるのかと、首を傾げたくなる。
けれど1歳年上のシャルナクは、初めて触れ合う人間がシーク達で本当に良かったと思っていた。困っている人を何気なく当たり前のように助け、大きなことをしようとしているのに自慢もしない。
どれだけの功績を残しているのか、聞かれなければ言う事もない。
楽しそうに笑い、獣人と人間という垣根など最初からなかったように接してくれる。願わくばそれが人間の全てならいい、そう願っていた。
直射日光を遮るために皆でフードを被り、薄い布を羽織る。遠くで魚が跳ね、湖には水紋が1つ現れる。
水面の朝焼けも消えた湖に、オールで漕ぐ音に混じって笑い声が響く。まるで戦いなど何処にもなかったような平和な1日が始まった。
* * * * * * * * *
4人と3組4本は雲1つ見つけられないまま数日歩き、モイ連邦共和国の町、コヨまでたどり着いた。
彼らは町の門をくぐってすぐ、勲章持ちの3人組だ! と言われて大衆に取り囲まれている。4人を囲むのは純粋にシーク達を有名人だと言って集まって来た者達だ。パーティーに誘うのでもない、バルドル達を欲しがるのでもない。
「なあ、伝説のゴーレムをどうやって倒したんだ!?」
「俺の革鎧にサインをしてくれ! ああ、写真機を誰か!」
「これが伝説の武器!? なあ、喋ってみてくれ、どうやって喋るんだ?」
悪意はなく、そこにあるのは興味だけ。英雄扱いされている事は分かっていても、シーク達はそれに慣れていない。早く管理所にメデューサを討伐報告をし、シャルナクが撮った戦いの途中の写真を提出したいのだが……。
それに、まだシャルナクが獣人である事は皆に知られていない。あまりすべてが同時に明るみになると、人は受け止められる許容量を超え、拒否してしまう。
「あ、あの、まずは管理所に寄らせて下さい!」
シーク達は人の波に攫われそうになりながら、来た時には美しい街並みだと感動した白壁の家々を見る余裕もない。愛想笑いを保てるうちにと、土埃の舞う道を駆けていった。
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