evolution-11

 

 シャルナクは耳をピクリと動かして一瞬戸惑いを見せる。木製のスプーンを置き、そのまま固まった。


「えっと……どうしたんだい? まるでメデューサに睨まれたようだね」


「笑えないよ、バルドル」


「おっとそれは失礼、和むかと思ったんだ。気にしないで」


「いや俺の台詞だから、それ」


 バルドルの気の利かない気配りは、緊張を解く事には成功しても、話を進める事には役立たない。それがこの数週間でよく分かったのか、シャルナクは躊躇いを捨てて少し笑った。


「おっと、笑ってくれた。僕は笑いの才能もあるね」


「フフフッ、そのようだ。わたしは躊躇うのが少し馬鹿らしくなった。いいよ、話すと決めたのはわたしだからね」


 シャルナクは両親に確認し、シーク達に知っている限りを語り始めた。


「魔王教の者達がこの村を訪れたのは、メデューサが復活したと分かった直後だった。長らく訪れなかった人間が、険しく道もない東の山を越えてきた」


 シャルナクによれば、彼らは4人、そして従者を4人連れていた。フードを被り、黒いローブを着て、物腰は丁寧であった。


 久しぶりに訪れた人間達の異様な服装と、湖ではなく山を越えて来た事に不審感はあったが、獣人達は物腰が丁寧な訪問者に歓迎の意を示した。


 勿論、何故この村に来たのか、何故道もない山を越えて来たのかも尋ねた。一行はその問い答えず、従者のフードをそっと取った。


「その4人は……死人だった。歩いていたが、死んでいた」


「どういう事? え、死体? 死んだ人を……歩かせていたの?」


「ああ、それは4人の魔王教徒がはっきりと言った。『魔王様のために使う死人傀儡』と」


「死人傀儡!?」


「その時、初めて魔王教徒という身分を明かしたんだ。彼らは自らを『死霊術士ネクロマンサー』と呼んでいた」


 魔王教ではアークドラゴンが世界を一掃し、そして新しい世界を作ると信じていて、モンスターは魔王のしもべと考えている。


 彼らにとって、モンスターを狩る……つまり魔王の邪魔をするバスター達は敵。始末しなければならない存在だと認識していた。


 しかし戦い方を知らない魔王教徒が挑んでも、勝算はないに等しい。鍛錬を積むバスターに実力で追いつくには何十年と掛かる。


 更にバスター達とまともに戦えるだけの仲間を用意するのも難しい。バレなくても成功する保証もない。


 そこでバスターが一番困るのは何か……魔王教徒たちはそれを考え、1つ閃いた。


「そうか! バスターの相手が人間となる状況を作り上げる気なんだ」


「本当に死体なのか分からない傀儡もあるかも。そうなった時、躊躇いなく斬れるとは言い切れないわね……」


 バスターは人間を殺さない。殺人は犯罪であり、バスターという身分以前の問題だ。魔王教徒は人として許されない行為を利用しようと考えたのだ。


 それから数十年後、魔王教は魔王のため、モンスターの凶暴さやアンデッドの研究を開始した。そして、偶然なのか法則を見出したのかは定かではないが、操る事に特化した死霊術を完成させた。


 ネクロマンサーが傀儡の人間を使って襲わせる、いわゆる人間兵器を準備する。そうしてバスターを討伐しようというのだ。


「バルドル……」


「僕も知らない事だよ。少なくとも300年前までに出会ったことはない」


「俺っちも聞いた事はねえ。この300年の間に誕生した集団だろうな」


 そのネクロマンサーは、人間にモンスターを宿らせる事も可能だという。人間の格好で凶暴となれば、それはバスターにとって脅威だ。


 彼らはそれを狙い、どんどん傀儡を増やしている。そうして魔王アークドラゴンの世界浄化が上手くいくよう、裏で活動しているのだ。


「ちょっと待って、それをどうして皆には明かしたのかしら」


「彼らにとって、わたし達は『人間』ではないからだ。彼らは……獣人をモンスターの亜種と考えていた。当然仲間になるものだと思っていたのだろう」


「え!? ってことは……」


「安心してくれ、わたし達は魔王教を許さない。わたし達もヒトなのだ。獣人の正義と人間の正義は然程変わらない」


「んで魔王教徒からすれば、俺達の正義は間違い、か」


 魔王教の存在とその実態は、人間の世界には殆ど知られていない。もし情報があれば世界中のバスター管理所に知らされ、バスターの間で注意喚起がなされている。


 このまま知らずにいたなら、シーク達は4魔とアークドラゴンだけに集中し、魔王教という存在に気付く事すらなかったかもしれない。


「厄介な事になってるのね」


「これから4魔退治を邪魔されるかも」


「アークドラゴン討伐も邪魔されるよな」


シーク達は椅子にもたれ掛かり、天井を見上げて深くため息をついた。今後どうやって魔王教徒を見つけ出すのか、どうやって狙われないように動くのか。そんな面倒な事も意識しなければならなくなった。


「その話で察したのだけれど、つまりシャルナクは僕達がシーク達の体を操る、つまりネクロマンサーとの繋がりを疑ったのだね」


「ああ、そうだ。本当にすまなかった。獣人のわたしにグングニルが共鳴を申し出なかった事も、人間しか対象にしない魔王教徒の動きと一致したんだ」


「バスターやないのに、シャルナクちゃんに体貸しちゃりなんて言わんよ。さて、今の話からすると、もう魔王教徒は4魔が退治され始めたことに気付いとるかもしれんね。先回りされたら危ないばい」


「あー……そうよね、どうしよう。次はヒュドラ? それともキマイラ?」


「倒し易さで言えば、まだヒュドラの方かな」


 倒し易いと言っても、ヒュドラは既に何人ものバスターを殺している。装備については問題ないが、冬が来れば山の中で戦うのも危ない。今すぐに動くのであれば、順番的にヒュドラから倒すのが妥当だろう。


「じゃあ……明日には出発かな。もう1つの村にも寄りたかったけど、時間に余裕がある旅じゃなくなったね」


「アークドラゴンが俺達を待つはずもない。魔王教徒がメデューサを討伐されたと気付く前に次に行こうぜ」


 村長のキビウクも妻のイジラクも、心配そうに見つめている。まだ少年だというのに獣人を救い、魔王の手先を倒し、危険な集団とも対峙しようとしているのだ。


 獣人は人間に必要以上干渉しない、情報も殆ど入っては来ない。それは人間側からの提案に応じていたからだ。


 ムゲン特別自治区は陸の孤島であって、人間が今どんな暮らしをしているのかも詳しくは分からない。バスターについても殆ど知識はない。


 しかし、今後もそれでいいのだろうか。


 人間よりも身体能力が高く、警戒されているからこその隔離と分かってはいる。それでも獣人達は、山と安定して住める場所を用意されて幸せだと思っていた。


 確かに魔王教についての情報は有益だ。だがそれ以上の話をしようにも、協力しようにも、獣人の世界は狭すぎる。外で何が起きているのか、この数百年殆ど知ろうともしなかった。自分達に何が出来るのかすら分からない。


「若い人間のあなた達だけに戦わせはしない。我々に関係ないと放置する訳にはいかない」


「父さま……」


「魔王教の事は我々らの方が詳しいし、接触も容易です。協力しましょう。人間のおさに伝えて欲しい。我々は自治区の外にも足を運ぶと。我々の姿に怯える者もいるだろうから、どうか危ない存在ではないと」


「人間の長……国王とか? 大統領とか?」


「どうやって会うかも分からない王様より、管理所の方が早いかも。とりあえずバスター管理所に言っておきます」


「有難うございます。さあシャルナク、皆さんを水浴び場まで案内してあげなさい。寝室の準備をしておくよ」


 食事を終えた3人は、シャルナクに連れられて水浴び場に向かった。シークがやや水漏れのある木箱にアクアを唱え、水を張る。お湯までは用意できないが、ビアンカは満足そうだ。


 食事に綺麗な体、安心して眠れる寝床。


 安らぎの時間を有難く思いながら、長い1日はようやく終わった。

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