evolution-10
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山を下り、砂嵐に耐えながら砂漠を越え、シーク達は獣人達の住む村「ナン」に帰った。もうすぐ夕陽が沈む時間。農作業や狩りなどはもう終えているようだ。
村長の娘が「伝説の勇者」を連れてメデューサ退治に行き、帰って来たとなれば大騒ぎだ。4人を見つけた村人が「シャルナクが帰ってきた!」と大きな声で皆に知らせ、皆が家から飛び出してくる。
疲れと汚れでドロドロの4人は四方を囲まれる事となった。
「帰って来たぞ!」
「村長を呼んで来い! ハティの嬢ちゃんが帰ってきた!」
村人が大慌てで村長を呼びに行く。数分後には猛スピードで駆け寄ってくるガタイの良い人影が見えた。
その人影がシャルナクの父親、つまり村長だと気付いた数秒後には、村長はもう娘のシャルナクを抱き上げ、無事を喜んで涙を流していた。
「シャルナク! 戻ったか!」
「戻ったよ、父さま」
「どうだった、メデューサはいたか」
「シーク達が倒してくれたから、もう心配はいらない」
村長はシーク達に説明を求めた。疲れてはいたものの、死活問題だとまで言われたメデューサ戦の報告を、まさか待てとも言えない。
早く安心して山に向かえる暮らしを取り戻してもらうため、3人は頷き、村長の後に続いて歩き出した。
村に公園などないため、人が集まれる程広ければどこでもいい。そこそこの人数が集まる事が出来る空き地に着き、村長はどこからか木製の踏み台を持ってきた。
代表してシークが1段高い所から説明を始める。
「あ、えっと……俺達は人間のバスターです。山の中腹で先日メデューサと遭遇しまして、苦戦しましたがなんとか倒す事が出来ました」
「メデューサを、倒したのですか! もう、メデューサはいないのですか!?」
「山は、もう山に入っても大丈夫なのですか?」
「あ、はい。シャルナクもメデューサを倒す瞬間を見ていますから、本当です」
シークの言葉に、喜びなのかただの興奮なのか分からない歓声が沸き上がる。
薄暗い時間だというのに、松明で照らされた空き地に集まった獣人は、1000人を超えているように思えた。隣にいる者と抱き合って喜ぶ者、安堵したようにへたりこむ者、その反応は様々だ。
どのように倒したのかという点はバルドルが説明した。村は伝説の武器は喋るもの、それは当たり前の事だと受け入れているらしい。
一通りの説明をし終えると、シークはホッとして踏み台から降りようとする。その時、獣人の中からメデューサ討伐とは別の質問が飛んできた。
「魔王教の勢力も、これで少しは衰えるのだろうか?」
「……魔王教?」
初めて聞くその言葉に、シークは首を傾げる。ビアンカやゼスタの顔を見ても、2人がそれを知っているようではない。バルドルも心当たりはないようだ。
「宗教は人のためのものだ。『信者』になれない僕は関心がなくてね」
「それは残念。あの、魔王教って……何ですか?」
「あなた達は魔王教の勢力と戦っているのでは? 魔王討伐を目標として掲げていると聞いたが」
「あ、勿論魔王アークドラゴンを討伐したいと思っています。そのために4魔の1体であるメデューサ達を倒しに来ました。ですけど、魔王教というものは初耳です。教えて頂けないでしょうか」
シークが魔王教を知らない事で、村の皆の間には動揺が広がる。魔王と4魔、そして魔王教が繋がっていると思っていたらしい。
すっかり暗くなり、松明の灯りだけとなった村の空き地の中、ずっと黙っていた村長が口を開いた。
「人間族の勇者は魔王教の事を知らないようだ。魔王教の事は私から話しておくとしよう。皆、もう暗いのだからこの辺でお開きだ。念のため、山へ向かう者は引き続き5人以上で行動するように!」
村長のキビウクは手をパンパンと叩き、皆を家に帰らせる。妻のイジラクとシャルナクを傍に呼び、そしてシーク達にも手招きをして歩きだした。
「魔王教……って、アークドラゴンを崇拝しているとか?」
「初耳なんだけど。そんな危ない宗教があるなんてお父様……コホン、パパにも聞いたことがないわ」
「学校でも習わなかったよな。魔王関連ならバスターとして知らない筈ねえんだけど」
「バルドル、聞いたことないのか?」
「ちっとも。でも、何となくメデューサ戦で、シャルナクが僕達を恐れた事と関係がある気がするね」
そう話しながら、猫が苦手なバルドルは「おおう……ひっ」と短い悲鳴を上げる。シャルナクの尻尾が目の前で揺れると怖いのだ。猫の爪研ぎに余程のトラウマがあるに違いない。
村長の家に着くと、キビウクとイジラクがテーブルの上に食事を並べていく。おそらく、今日シャルナクが帰ってくるとは思っていなかったのだろう。シチューや村で収穫した芋の蒸し焼きなど、この村でごく平均的な料理が出される。
「こんなにめでたい日になると分かっていたら、燻製肉や薄切りのハムでも準備したんだが」
「いえ、こうやって安心して食事が出来るだけで嬉しいです。有難うございます」
「泊めて貰えるだけで申し訳ないのに……」
「村の恩人なのだから、こんな歓迎ではなくもっと大々的にやりたいくらいよ。後で汗を流していらっしゃい。今日の湖は穏やかよ」
イジラクがニッコリと笑って席に着き、シャルナク達一家は食事を始める。が、ビアンカはイジラクの言葉に何かが引っかかった。
「あの、今日の湖は穏やか……って?」
「波もなくて、水も澄んでいたのよ」
「いや、そうじゃなくて……あの、まさか水浴び?」
「水浴びしなくちゃ綺麗になれないでしょう?」
ビアンカはイジラクやキビウクの反応で全てを理解した。これはハティ家だけでなく、この村の中では当たり前の事なのだ。
そう、この村にはお風呂というものがない。
モコ村以外の村や町に出た事があるシャルナクは、人間族が「風呂」や「シャワー」を使う事を知っている。シャルナクは少し言い難そうに、この村には風呂やシャワーがない事を伝えた。
「ええぇっ!?」
「まあ、無いもんは仕方ねえよな」
皆が日中や日没後、湖畔の浅瀬で泳いだりして体の汚れを落とすのだという。まあ、水浴びだ。
この村周辺は木が殆どなく、燃料に乏しい。ムゲン自治区の南の山の麓まで何日も歩いて伐採してこなければ、日常の家事すらままならない。湯を沸かして浸かるという発想がたとえあっても、現実的に難しいのだ。
山を下りる際に一度即席露天風呂に入ったきり。このムゲン自治区ではその1回だけ。綺麗好きなビアンカはそろそろ我慢の限界で、なおかつ水浴びで妥協したくもなかった。
「う~、シーク、お願い!」
「……分かったよ、湖畔で良さそうな場所探してみる」
「やった!」
ビアンカはようやく笑顔になる。シークに即席露天風呂を作らせる事を約束させたからだろう。シークは食事の手を時折止めながら、シャルナクに魔王教とは何かを尋ねた。
「魔王教とは、300年前の厄災は世界の浄化だとし、再びその時を迎えるために活動している組織だという。150年程前にもこの村で魔王復活の協力者を得ようとして訪れた記録がある。メデューサが復活した頃にも、1度だけ訪れた」
「魔王アークドラゴンを復活させるつもりなのか? じゃあ、今アークドラゴンが復活の兆しを見せているのはそいつらのせい?」
「いや、それは違うと断言しておくよ。僕か以前言った通り、封印は元々解けてしまう運命にあったからね」
魔王教の実態は見えてこない。だが、村人が不安そうに尋ねて来たという事は、何かしらの被害があったのだろう。
「なあシャルナク。バルドルが俺の体に入って共鳴した事、これと魔王教はどんな関係があるのかな」
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