evolution-09
「ようやく終わったな」
「あたしの恨み、晴らさせて貰ったばい。有難う、お嬢も、みんなも」
「このままシーク達に体を返すと怒られそうだ。まずは薬草と毒消しで治療して、ポーションをうんと飲んでから体を返すとしよう」
シーク(バルドル)達は岩陰にある回復薬を口に含み、なんとも言えない微妙な顔をする。
「シャルナク、大丈夫かい」
シーク(バルドル)がシャルナクに対し、いつもの口調で声を掛ける。しかしシャルナクは岩に背を預け、まるで追い詰められた子猫のような険しい顔になる。
「どうなっているんだ、君は……バルドル? さっきはゼスタがケルベロスの声で喋っていた……彼らをどうしたんだ! グングニル、まさかわたしを利用し、ビアンカの体を奪ったのか!」
シャルナクは共鳴の事をよく知らない。メデューサの討伐作戦を立てる際、一心同体になるという話は出ていても、まさか武器であるバルドル達が体を操る事だとは思っていなかった。
「落ち着いておくれ。この方法は3人も納得してくれている」
「人間の体を手に入れようとしているんじゃないのか? 君達は本当に……人間の勇者の武器なのか?」
「おい、急にどうしたんだ?」
「体を乗っ取るなんて……そんな事は許されない!」
武器達は、シーク達の体を使えば自らの意思で動ける。
武器の状態では動くことが出来ず、持ち主が嫌がればそれ以上の事は出来ない。武器は所詮武器であって、人間に使われる側でしかない。
そんな武器が人間を使う側になるのが如何に危険なのか。シャルナクはそれを恐ろしいと感じていた。
ビアンカ(グングニル)はそんなシャルナクの考えを理解した上で、深くため息をついた。グングニルはバルドルやケルベロスより、シャルナクとの付き合いがほんの少し長い。言いたい事があるようだ。
「シャルナクちゃん。あたしらがお嬢の体を使うとるのは事実よ。見た通りやけ、それはあたしらも否定せん。けどね、何でこの手段を選んだんか、それをあんたに勝手に憶測で判断されて、非難されるのは納得できん」
「……」
「あたしらが共鳴せんで、お嬢や坊や達がやられてしもうて、『次の使い手が見つかるまでここで放置ばい』っち言うのが正解やったんね」
根拠もなく情に乞うのは、後々の
「そうは言っていない、けど!」
「けど? けど、なんね。言うてん」
「体を、乗っ取るなんて、そんな……」
あの場で共鳴が必要だった事は分かる。しかしだからといってそれが体を乗っ取るための過程でないと言い切る材料もない。
「それじゃあ僕達は疑いを晴らすためにここで共鳴を解く。シーク達の意識がある時に僕達の話を聞いておくれ。目覚めたシーク達が僕達に操られていないという証明は出来ないけれど、それでもいいなら」
バルドルの言葉にも少々棘がある。シャルナクが頷く前に、3人はその場に座り込む。次の瞬間、体からは武器達が抜けていた。
青空を低い雲が流れ、太陽が隠れたのか光が少し遮られる。数秒もしないうちにシーク達がゆっくりと目を開き、周囲を見回した。
「終わった……のか」
「終わったよ。ケルベロスが死骸を焼いたから、他のモンスターに取り込まれる事も、体液で周囲が汚染される事もない」
「良かった、有難うバルドル。俺達がもっと強ければ共鳴に頼らなくてもいいのに」
倒したという実感が湧いていなくても、こうしてゆっくりと座っていられたのなら、バルドルが言った通りメデューサは倒せたのだろう。シークは微笑んでからバルドルの樋の部分をポンポンと2回叩いて労った。
「私、グングニルと共鳴出来たのよね? どうだった?」
「ちゃんと出来とったよ。お嬢が止めを刺したんやけ、胸を張り」
「お前が胸張っても微々たる……」
「ゼスタ、何か言った?」
「何でもねえ。お、俺も上手くいったんだよな?」
「おう! メデューサを焼いた『業火乱舞』って技があるんだ。ゼスタの体で繰り出せたっつう事は、習得出来るってこと。帰ったら特訓な!」
シーク達は、先程のシャルナクの話などまるで知らない。今はメデューサを討伐できたという安堵の後、その喜びがじわじわと込み上げてきたところだ。表情は明るく、それぞれが自身の武器を労う。
「あの、ちょっといいかな」
そんな中、シーク達が喜びで興奮する前にと、バルドルは落ち着いた声で注目を集めた。辺りにモンスターの気配もなく、この場で話してしまおうと考えたようだ。
「先程、シャルナクから僕達に1つ確認があった」
「確認?」
「うん。僕達がシーク達の体を利用し、乗っ取って人間になるつもりだと、まあ簡単に言えばそういう疑いを掛けられた」
「え、乗っ取る?」
バルドルは頷く代わりに「そう」と言い、腰を下ろしたままのシーク達は互いの顔を見た。シャルナクはまだ疑っていて、少し俯いたまま首を縦に振る。
「それで、そんなつもりはないと言ったのだけれど、信じる気はないみたいだ」
「え~? いや、シャルナク。俺達は確かに体を使わせたけど、それはそうしないと生きて帰れないからだよ」
「それは分かっている! しかし、そのまま戻れなくなるかもと考えた事はないのか?」
シーク達はまたも3人で顔を互いに見る。
「えっと、それは考えた事がないよ。バルドルを信じて、バルドルは約束通りメデューサを倒してくれた。それだけだよ」
「そうだぜ? だいたい乗っ取るつもりなら、こんな所でメデューサと戦わなくてもどこでだって出来たんだ」
「シークは僕のために最高級の手入れ道具を買ってくれる。天鳥の羽毛のクッションだってくれた。いい話相手になってくれるし、強いし、優しい。僕はそんなシークが大好きだ。シークを守るためならたとえ折れても後悔はないよ」
バルドルはビアンカに負けじと胸を張る。バルドルに胸が張る程あるようには見えないが、シークから大切にされている事は何よりも誇らしい。心の中では胸を張り過ぎてふんぞり返っているくらいだ。
「その言葉、本当だな」
「んー……もしかしたら10%くらいは後悔するかも。いや、15%かな」
「シャルナク、あのね。実は他にも出会った伝説の武具はあるの。氷盾テュールは盾である事をやめて、違うものに生まれ変わりたいと願っているわ」
「もし人間になる事が目的だったなら、盾か鍬かなんて関係ねえんだ。俺達はケルベロス達を信じてる。こいつらは『悪物』じゃねえよ」
「……本当に大丈夫なのか? 操られて何ともないのか」
「ないぜ。それにシャルナクを蛇の中から救い出したのは俺じゃねえ、ケルベロスだ。共鳴を見られてまずいのであれば、助ける必要はなかった。メデューサを倒し終わった後、抵抗虚しく死んでしまったって事にもできた」
「それは……そうか」
シャルナクは頭を下げる。驚きと疑心暗鬼で、バルドル達に酷い事を言ってしまったと気づいたようだ。
「すまなかった。わたしが間違っていた」
「これはその、僕の勘なのだけれど。もしかして、僕達を疑いたくなるような何かが過去にあったのかい」
バルドルの質問に、シャルナクは耳をピクリと動かした。
「シャルナク、大丈夫。俺達は別にバルドル達を疑ったからって咎めるつもりじゃないんだ。もし俺達が協力出来る事なら協力したい。どうかな」
シークが努めて穏やかな口調で声を掛ける。シャルナクは先ほどの非礼の事もあってか、「分かった」と言って立ち上がった。
「これは……わたしだけで判断できるものじゃない。村に着いて、一度父母に確認をしてから話したい」
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