evolution-07


 メデューサが倒れたシークへと視線を向けた隙に、ビアンカが岩陰から飛び出した。焼け焦げた頭の蛇達はその場にボトボトと落ちていく。


 しかし、蛇達は瞬く間に焼け焦げた部分から再生を始めてしまう。


「頭部の蛇への攻撃は意味がなさそうだ!」


 蛇を倒せないのなら接近戦は難しい。


「近寄れないなら遠距離攻撃ね!  魔槍スマウグ!」


「キイイィィ!」


「お嬢! 右に避けり!」


 ビアンカが放った光の一撃は、メデューサの体にしっかりと命中したのだが……体をギュッと硬く引き締めてガードされてしまった。


「うっそ、効かないの!?」


 技を出しきったままの体勢で、ビアンカが急いで次の動作に移ろうとする。しかしゼスタとグングニルの声が響き、目の前にはメデューサの髪……いや紫色の蛇の束が迫っていた。


「うおぉォォ! 剣閃!」


「キイイィィ! キエェェェ!」


「あっ……有難う!」


 ゼスタがビアンカを守るため、襲い掛かる蛇の束を切り落とす。体ほど丈夫ではないのか、何十と蠢くうちの数体を斬り落とすことができた。ギリギリのところでビアンカが受け身を取り、転がって避ける。


「ゼスタ、目を瞑ってビアンカと下がれ!」


 メデューサは蛇を斬り落とされ更に怒ったようだ。ゼスタに噛みつこうと襲い掛かって来た。


 赤く大きな口内には、小さく鋭い歯がみっしりと生えている。噛みつかれないように立ち回らなければならないが、口に注意を向けすぎると目線を合わせてしまう可能性がある。


 ゼスタはひとまずビアンカと共に岩の影に隠れ、息を整えた。


「シュルル……シュルルル……」


「相手を見ることが出来ないって、これじゃ戦いにならないわ!」


「だな。ケルベロス、お前の指示が頼りだ」


「俺っちで遠距離攻撃となると、さっきの剣閃くらいだ。でも蛇の間合いの方が長そうだぜ。参ったな……」


「お嬢、あたしにあの蛇が絡みついたら終いやけんね」


 ビアンカとゼスタは接近戦でこそ力を発揮できる。遠距離攻撃が可能な竜槍の乱発は消耗が激しい。早くもお手上げ状態だ。


 蛇達はメデューサの視界や意識とは全く別の動きをする。蛇が最大まで伸びればグングニルよりも長い。どうするかと悩む2人の頭上からはシャルナクからの報告が届く。


「隠れる岩を変えて! 左からメデューサが覗き込む!」


「わっ、分かったわ!」


 尻尾を擦ってシュルルルと音を立てながら、メデューサの口からは軋む椅子のような声が漏れる。その音が真横に来た瞬間、ゼスタとビアンカは岩を回り込み、中央の岩へと移動した。


 ジャリジャリと地面を擦るメデューサの音は、土の上では聞こえなくなる。足場が不安定になるからと小石を払いのけてしまい、シークは今更ながら後悔していた。


「後ろからもう一度フレアを放つ。それから燕返し」


「スワロウリバーサルだね」


 シークは中央の岩の上のシャルナクを見上げる。シャルナクは手でシークに待てと合図し、姿勢を低くして覗き込んでいる。メデューサがシークを警戒していない事を確認した後、手で来いと合図した。


「よし……! あ、あれ、体が……ま、ずい」


「シーク? ……まさか」


 じっと身を潜めていたシークは、立ち上がろうとして自分の体が動かない事に気付いた。バルドルを握る手を開くことも、強く握る事も出来ず、次第に口を動かす事もままならなくなる。


「麻痺……そうか。ビアンカ、ゼスタ! 蛇に噛まれても麻痺させられてしまうみたいだ! シークが麻痺を受けた!」


「なんですって!?」


 シークの目の前には麻痺を解除できる飲み薬や薬草などが数個置かれている。が、それを自力で手に取る事が出来ない。体勢を崩し、岩場から足が覗くような格好になってしまった。


「まずい! わたしが薬を飲ませる! ビアンカ、ゼスタ、暫く頼む!」


 シャルナクが岩の上から飛び降り、シークの許へと駆け寄る。倒れ込んだシークの口に薬草を細かく千切って入れ、顎を無理矢理動かせて飲み込ませる。


 飲み薬を少しずつ口に含ませると、次第にシークの体に力が戻り始め、口がしっかりと動くようになった。


「良かった。無事か、シーク」


「シャルナク、伏せるんだ」


「えっ」


「プロテクト!」


 シークの顔を覗き込み、耳をピクリとさせて微笑んだシャルナクを影が覆う。


 バルドルが声を発した直後、そしてシークがプロテクトを唱えた瞬間、シャルナクの背中には強い衝撃があった。


「なっ!? ……ぐっ、これは」


 メデューサはシャルナクの後を追って来ていた。背を向けるシャルナクの背中を無数の蛇が襲い、その牙が届く寸前でシークのプロテクトが発動したのだ。


「ビアンカ、ゼスタ!」


「破ァァァ……スクープアタック!」


「よっしゃ! ……双竜斬!」


 シークとシャルナクに注意が向いている隙に、ビアンガがメデューサの尻尾を掬い上げた。メデューサと蛇達が振り向かないうちに、今度はゼスタが尻尾の先端を渾身の力で叩き斬る。


 身を引き締めるのが遅れたメデューサは、尻尾の先から数十センチメーテを失った。


「ギギギィィィィ!」


「下がるぞビアンカ!」


「ええ!」


「お嬢、そのままメデューサを惹き付けり! あたしが伝えるけん、言う通りに動きなさい!」


「分かったわ! ゼスタは攻撃の準備をして!」


 メデューサは尻尾を切り離されて怒り狂い、ビアンカへと大きな口を開けて威嚇する。勿論、ビアンカは目を開けていない。


 メデューサはそのままビアンカへ手を伸ばす。髪の蛇たちが目一杯伸び切って襲いかかろうとする中、ビアンカはグングニルの言う通りに後退しながら躱していく。


「力をこれでもかって程溜めたぜ! ケルベロス、行くぞ!」


「おうよ! これでケルベロスちゃんじゃなくて、ケルベロスさんって呼ばせてやるぜグングニル!」


「十字斬(クロスアタック)!」


 ケルベロスの刀身から気力が溢れだし、目を閉じたままのゼスタが渾身の一撃を繰り出す。


 ケルベロスの刃を普段とは逆に向け、左右の手を僅かな時間差で斜め下から振り払う十字斬。ゼスタはそのままメデューサの体を斬り上げていく。


「ギエェェ! アァァァァ!」


「よっしゃ100点の出来だゼスタ! 胴体のデカいバツ印を見せてやりたいくらいだぜ!」


「うっしビアンカ! 俺が回避しつつ惹きつける! 交代だ!」


「お嬢、今なら見ていい! バツ印を狙い! 目一杯抉っちゃり!」


「分かったわ! ヤァァ……スパイラルゥ! もっかい……スクープアタック!」


 メデューサの注意が完全にゼスタとビアンカに向かっている頃、シークの体はようやく麻痺が取れてきた。急いで魔力の流れを整えると、シークは急いでシャルナクにケアを唱え、そして自身にもケアを唱えて麻痺を完全に解除した。


「シャルナク、大丈夫か? 元の位置に戻れる?」


「ああ、大丈夫だ。シークを守れたのなら少しは役に立てたかな」


「助かったよ。……ああ、まずいな、ケア・オール!」


「? どうした」


「ヒール! あの蛇に噛まれたら、麻痺だけじゃなくて毒も喰らってる。ケアは1回につき1つしか症状を消さないから、最低2回唱えなくちゃいけない。……さあ、体勢を立て直して反撃だ!」


 大した攻撃を喰らってもいないのに、シークは体力を消耗している事に気付いた。それは毒を喰らった時に生じやすい。急いで体力を回復させ、シャルナクに元の場所へと戻るように指示した。


「ゼスタ、ビアンカ、お待たせ! 蛇の丸焼き……いくぞ! フレイムビーム!」


 シークが岩陰から強力な熱線を放った。青白く真っ直ぐに襲い掛かり、全く警戒していないメデューサの下半身の一部を炭になる程強烈に焼き焦がす。


 メデューサは何が起こったのか分からず、自身の体を振り返る。その隙にシークがバルドルを低い位置で構え、瞬時に駆け寄った。


「スワロウ……リバーサル! ゼスタ、ビアンカ、避けて!」


 シークがメデューサの体を弧を描くように斬り上げ、焼け焦げた背の部分を更に深く抉る。そのまま詠唱に入り、加減をせずに全力で術を発動させた。


「ストーンバレット!」

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