evolution-06



 ゴーレム戦では魔法使いとしての実力を殆ど発揮できず、力に押されてしまった。剣術の才能があると言えど、まだ数か月の経験では無理もあった。仕方がないだろう。


 今回、シークは新しい魔術書を手に入れ、バルドルの指導の下で剣術もあの頃より上達した。バルドルはそこに期待していた。


「ん~そうだなあ、俺はメデューサがどんな見た目か、ちょっと興味がある」


「ハズレ。君の全力が出せる状況になったのだから、どれだけ戦えるのかが楽しみなんだ」


「そういうことか。そのためにって訳じゃないけど、ゼスタ達はメデューサを見つけられるかな」


「見つけたらケルベロスが教えてくれるさ。どうだい」


「まだだな。3人はここからそう遠くまで行ってねえし、まあ魔力でも回復しながら待っていてくれ」


 ケルベロスは片方だけでゼスタ達の動きを報告してくれる。シークはゆっくり歩きながら、モンスターが侵入してこないか見張りを続けていた。


「モンスターも現れないね」


「あー暇だ暇だ! けどゼスタ以外に素振りしろ、俺っちを使ってモンスターを斬れって言うつもりはねえし」


「時間があるのなら、シークも山開きの唄を覚えてみるかい?」


「その、山開きの唄って誰に教わったんだ?」


「シロ村の『村長さん』さんだよ」


 シロ村がどこにあるのか分からないが、恐らくディーゴ達と世界を回っていた時にでも立ち寄ったのだろう。よくもまあ何百年も歌詞や合いの手までしっかり覚えているものだ。


 いつか本場の山開きの唄を聞いてみたいと思いつつ、シークはバルドルにひとつ、気になる事を尋ねた。


「今更だけど……もしかして、『村長さん』って名前だと思ってる?」


「え? それ以外に何があるのさ。僕は親しくもないのに最初からあだ名で呼ぶ程、無礼剣ではないよ」


 シークはやっぱりとため息をつく。


「あのね。『村長さん』ってのは、村長という肩書きなんだよ。魔法使いさん、ソードさん、聖剣さん、それと一緒。シャルナクのお父さんも『村長』だったじゃないか」


「とすると、僕がずっと名前だと思っていたのは、ただの肩書きだったのかい? 道理で同じ名前の人がいっぱいだと思ったんだ。ひょっとして……ああ、やっぱり! 君の『お父さん』さんと『お母さん』さんも、名前ではないんだね?」


「父さんはネイキー、母さんはアニカ。分かってて面白おかしく『お父さん』さんって言ってるのかと思ってた」


「僕はいたって真面目だったさ! 何ということだ、ああ恥ずかしい! 鞘があったら入りたいよ!」


「いや、もう入ってるし」


 バルドルは何百年も前からの勘違いに恥ずかしくなり、「あぁ」や「うぅ」と声を上げて羞恥に耐えている。その様子を見ながら、ケルベロスもまた驚きを隠せていなかった。


「今の話、本当か? んじゃあゼスタの『オフクロ』さんも『オヤジ』さんも、別の名前があるってことか?」


「シーク、嘘だと言っておくれ。でももしかして……」


「だってよ。シーク坊やとゼスタの親の呼び方は違うだろ? シーク坊やの親がそうなら……」


「坊やって言うなケルベロスちゃん」


「おっと失礼。ビアンカ嬢なんて最近『お父様』『お母様』だぜ? 心当たりのある同名の人間は全員そうかもしれねえ」


 お前もかケルベロス。そう突っ込みたいところをシークはグッと抑える。


「ふう、お世辞でも『素敵でお似合いな名前ですね』なんて言わなくて良かったよ」


 ちょっとした間違いも、何百年と続けていればそれなりに傷は深くなる。


 勿論、当時名前を勘違いしていたからと言って、今それを非難したり笑ったりする人はいない。バルドルが今まで出会った「村長さん」や「お母さん」の本当の名前は何だったのか。今はもう知る由もない。


「お前らちょっと待て」


 緊張感もなくお喋りをしていると、ケルベロスが急に真面目な声で遮った。


「喋るのは終わりだ。グングニルがメデューサを見つけたぜ! ビアンカがおびき出して……よし、うまく見つかった」


「え!?」


「こっちの状況は向こうに伝える。そうだな、30分くらいで戻ってくるぞ」


「よし! ケルベロスは真ん中の岩の裏に置くから、ゼスタにそう伝えてくれ!」


 シークは5分前になると魔法を撃つタイミングを計る。山道から急に広くなるこの場所にメデューサが入ってきた瞬間を狙い、そしてバルドルで一気に斬りかかるつもりだ。


「あともう少しだ、大丈夫、まだ誰も目を合わせてねえ」


「メデューサの格好、分かる?」


「上半身が人間のようだ。蛇のくせに手まで生えてやがるぜ……髪の1つ1つの束が小さな蛇ってのは、グングニルとバルドルの話の通りだ。ま、300年の間に進化してねえっていう点では、話の通りだった事を喜ぶべきかもしれねえな」


 メデューサはかつて美しい女性だったが、呪術で体を蛇に変えられたというおとぎ話もある。勿論作り話なのだが、モンスターの出現を天変地異や呪術、苦しみなどで説明付ける言い伝えは多い。


「……人間ではないんだよね」


「人間ではないよ。でもゴーレムやミノタウロスよりも知性が高くて、人間の行動や表情を読み取る。単調な攻撃にならないように注意しないといけない」


「そういう事なら、シャルナクの置き岩作戦は正解だね」


 各岩の影には麻痺を解除する薬草やポーション、毒消し薬などを数個ずつ置いている。中央のシャルナクが登る岩の上にはシークの鞄が置いてあり、その中にも幾つかのアイテムが入っている。万が一の際、シャルナクがタイミングを見計らって投げ渡すのだ。


「……あと1つ山道の角を曲がったらゼスタ達が見える。先頭はシャルナク、その後ろにゼスタ、ビアンカだ。ビアンカがこの目の前を通過して10数えて魔法を放て」


「分かった、魔法の後は任せたよバルドル」


「信じて貰えて光栄だね、全力の一振りをお見舞いしよう。ビアンカとゼスタに攻撃を繋ぐんだ」


 遠くから足音が聞こえて来る。足具がコツコツと鳴る音、それに金属製の鎧が軋む音が近くなり、シークはその正体を念のため大きな声で確認した。


「みんな、無事か!?」


「無事よ! シーク、ケルベロスから作戦は聞いたわ! 最初は任せる!」


 靴や装備だけではなく、「シュルルルル……」と鳴る音も迫ってくる。目の前をまずシャルナクが駆け抜け、そしてゼスタ、ビアンカが通過した。


「みんな定位置へ!」


 3人が近くの岩の裏に隠れた。シークは10を数えたのち、目の前に思いきり魔法を放った。


「爆炎……フレア!」


 巨大な火炎球が一瞬で拳程の大きさに収縮し、白く輝く光の玉となる。現れたメデューサに触れると、途端に膨れ上がって爆発した。


「キエェェェェ!」


 その衝撃でメデューサが吹き飛ばされた。シークが跳びかかり、魔力をバルドルに流し込む。バルドルの刀身が淡い緑色に光り、振り下ろす瞬間に風を纏う。それはバルドル共々巨大な風の刃となった。


「ブルクラッシュ・トルネード!」


「フシュゥゥ! シュルルル……!」


「シーク! すぐに後ろに跳ぶんだ!」


「っ!?」


 バルドルを思いきり振り下ろしたシークに、バルドルがすぐに次の行動を指示する。その瞬間腕に鋭い痛みが走った。シークは目を瞑ったまま慌てて後ろに跳んだが、上手く着地が出来ずにその場に倒れ込む。


「シーク!」


「大丈夫、いったん下がる! 痛っ、小手と鎧の間、ちょうど布の部分を……斬られた、いや、噛まれた?」


「頭から生えた蛇達が一斉にシークへと襲い掛かって来たんだ。接近戦はやっぱり危ないね」


「シュルルル……」


 メデューサが鱗同士を擦って威嚇音を出しながら近寄って来る。


「300年前、近接攻撃はどうやってた?」


「封印が目的だったからね。如何に策に嵌めるか、つまり回避しながら誘い込むだけだった。真正面から対峙する状況はあったけれど、目的が討伐ではなかったから参考にはならない」


「実質、バルドルにとっても未知のモンスターってことか」

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