evolution-04

 

 グングニルから坊や扱いされたシークをゼスタがクスクスと笑う。シークもムッとして反論するが、どっちもどっちだ。ビアンカは満足げに先頭を歩き始めた。


「本来の使い方に固執しとったら成長はしまえるけんね。武器は持ち主を守るためにあると。何にでも躊躇わず使いなさい。あたしらを、大事にしっかり使いなさい」


「有難う、頼りになるわ」


 グングニルが前方を確認し、モンスターがいれば先制攻撃を仕掛けて倒す。辺りが暗くなった頃、シャルナクの案内で岩陰に隠れ、交代で休むことにした。


 シャルナクには見張り当番は回さず、ケルベロスの右手剣を置いて周辺の警戒をさせる。出来る限り息を潜め、光や炎も使わない。砂漠の砂粒のように数多輝く空を眺めながら、シークはメデューサとの戦闘を頭の中で組み立てていく。


 遠くでウォーウルフのような狼型モンスターの遠吠えが聞こえる。


 シークは自分の見張り当番が回ってくるまで寝ようと、そっと目を閉じた。





 * * * * * * * * *





 山に入って2日目の朝、シークは見張りを終えて皆を起こした。


 道と言えど、飛び降りなければならない程の段差、よじ登らなければならない壁もあった。広い場所に出るまで、ひたすらこのような岩に挟まれた道を歩くのだ。


 元々は木の板などを渡して楽に歩けるようにしていたのだが、今はメデューサが山を簡単に下りないよう、対策として全て取り払っているらしい。


「……グングニル、どう?」


「大丈夫ばい、ちゃんと見とる」


「ここでは武器を大きく振り回せないね。僕としてはとても不本意だけれど、シークの魔法に頼らざるを得ない。とても不本意だけれどね」


「不本意って2回言わなくていいよ。そういえばバルドルも道は覚えてるんじゃないの?」


「ん~、年月が絶ち過ぎて鮮明には覚えていられないよ。『剣忘症』ってやつさ」


「そのうち『シークや、モンスター退治はまだかの? バルドルおじいちゃん、モンスターならさっき斬っただろう?』なんて会話しなくてもいいように宜しく頼むよ」


 シークとバルドルはまだ余裕がありそうだ。警戒しながらものんびりした会話を繰り広げつつ、隊列の最後尾を歩いている。


 だが、シークはふと背後で小石が地面に落ちる音に気がついた。それは岩の壁の合間を縫って、段々と両側が切り立った崖へと変わってきた頃だった。


「……多分崖の上に何かいる」


「えっ!? なんだよこんな所で」


「ゼスタ止まるな、怪しまれる。背後でコツって、石が落ちる音がしたんだ」


 崖の上はここから20メーテほど高い。目を凝らして見上げてもモンスターらしき姿は見えないが、シャルナクの話だとしばらく進んだところで崖が終わり、拓けた所に出るという。


 その場所は崖の上からも降りやすく、モンスターが襲ってくるならそこだろう。上からシーク達を狙っていた魔物が、うっかり小石を落としたのだと考えられた。


「早めに進もう、一応プロテクト掛けておく」


 シークはプロテクトを唱え、1人ずつ防御力を高めていく。適正が高ければプロテクト・オール1回で済むが、シークは回復・補助系の魔法はどうにも苦手らしい。こうやって1人ずつ順番に魔法を掛けていくことが多い。


「シーク」


「なんだい」


「振り向いたらフレイムビームを躊躇わずに撃ち込むんだ。そしてそのまま僕を振りかぶって、真上から振り下ろす。上の空間が確保できるから、ブルクラッシュならいけるはずだ」


「……モンスター、だね。分かった」


 背中に担いでいるバルドルの目……あるいは鍔や柄には、音を立てないように壁を滑り下り、シーク達の背後からそっと近づくモンスターの姿が映っていた。


 シークはバルドルの言葉を信じ、歩きながら魔法詠唱を始める。背後のモンスターが駆け出す足音がした瞬間に振り向き、シークは思い切り魔力を込めたフレイムビームを発動させた。


「……フレイムビーム! いくよ、バルドル!」


「5メーテ前に跳ぶんだ! そこで振り下ろす! 煙と土埃の中では目を瞑ること!」


「難しいな……!」


 振り向いた瞬間に見えたのは、シークの背丈程もある狼のような体に、たてがみと虎のような頭を持つ、茶色い毛のモンスターだった。鋭く長い牙が上下の顎から生え、大きく口を開けている。


 シークは魔法を発動させた後ですぐに跳び上がり、目を瞑ってそのまま一気にバルドルを振り下ろした。


「いけぇ……! ブルクラッシュ!」


「ギャイン! ギュ……グッ」


 モンスターは怯みながらも、牙と前足の鋭い爪を使ってシークに襲い掛かる。シークは目を瞑ったままバルドルを信じ、体への衝撃を受け止めながらモンスターを切り裂いた。


「え、何!?」


 一体何が起きていたのか、前方を警戒していたビアンカ達は分からない。舞い上がる土埃で見えない中、シークがゆっくりと現われるとホッとした表情で息を吐いた。


「バルドルがモンスターに気付いたんだ。狼のような、虎のような……」


 煙と土埃が収まると、そこにはやや焦げ、体を真っ二つにされたモンスターが転がっていた。


「こいつはバンダースナッチだね」


「バンダースナッチ?」


「獣系統のモンスターだから、基本的にはウォーウルフを相手にするような戦い方でいい。でも厄介なのが毒だ。牙や爪に注意が必要で、もし毒を喰らってその場に倒れこむと、そのまま餌になってしまう」


「何それ怖っ! 先に言ってよ、俺全然知らないまま突っ込んだんだけど!」


 一同はバルドルの説明を聞き、そしてすぐにシャルナクへと顔を向ける。この山に採掘で訪れるのなら、バンダースナッチのようなモンスターを相手しているということだ。


「わたし達は牙狼がろうと呼んでいる。肉片などを投げて注意を逸らし、なたを何本か同時に投げて撃退するんだ。牙猫がみょうの方が恐ろしいけれど」


「牙猫……?」


「えっと……以前の記憶ではクァールの事だね。長く太いヒゲと鋭く大きな牙を持ち、神経性の毒を持つヒョウのようなモンスターだよ。僕も相手をした事がある」


「メデューサ程の痺れはないが、牙猫は群れで行動する。まあ、松明を持っていれば基本的に襲ってはこない」


「何だよこの山、そんなのばっかりかよ! 強いだけのモンスターより怖いじゃねえか」


「獣人がこの山で活動できるのは、身体能力が人間よりもうんと高いおかげだろうね。駆け出しのバスターよりは強いんじゃないかな」


 獣人にとっては、人間が山で狼に遭遇するようなものだ。器用さや戦術といった面では劣るものの、シャルナクだってシーク達に引けを取らないはずだ。


「ちょっと黙り。お嬢、前から来とるよ。あたしの合図に合わせてエイミングを使いなさい」


「よし……分かったわ」


「シーク、後ろにもう1体」


「おいゼスタ、上から1体来るぜ。俺っちの合図で上から飛び降りてくる奴を仕留めろ」


 血の匂いにつられたのか、モンスターが次第に集まり始める。幸い前後は狭いために大勢で一斉に掛かって来る事はない。冷静に対処すれば勝てると信じ、シャルナクを除く3人が武器を構えた。


「グオォォォ!」


「お嬢!」


「破ァァァ! エイミング! からの……すくい投げ!」


 ビアンカが矛先へ自身の力を一点集中させ、襲い掛かってくるバンダースナッチを深く突き刺し、掬い上げて投げ飛ばす。ビアンカは落下してくるモンスターへ、再び槍を構える。


「グングニル! 私が出したい技、分かるわよね!」


「なるほど、えらい上級者用の技やね。まあやってみなさい!」


 上半身を右に捻り、槍を限界まで引いて、左手は柄に添えるように持つ。そして全身の力を込めて槍全体を自身の力で強化する。


 思い切り標的を突く動作で、その力を矛先から気弾のように放つ技だ。


魔槍スマウグ!」


「ギイィィャアアア!」


 グングニルの矛先から力が光線のように放たれ、キーンと耳に突き抜けるような音が響く。次の瞬間には2体のバンダースナッチの体に大きな穴が空いていた。


「どんなもんよ! 私も負けてられないからね!」

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