evolution-03

 


 * * * * * * * * *



 村の北西にある登山道へ向け、4人は酷暑の砂漠を歩いていた。村がある湖畔からたった10分歩いただけで完全に緑が消え、砂粒に覆われた景色が広がる。


 南にあるイース湖の干上がった部分が夏に舞い上がり、アルカ山やその周囲の山脈の砕けた岩が塵となって、吹き降ろされる風によっ一緒に運ばれる。それが長い年月をかけて堆積したものだ。


 隠れる場所もなければ雨も殆ど降らない。そんな過酷な砂砂漠すなさばくでは、移動するのも一苦労だ。時折足が砂の中に深く沈み、意識しなければいつまで経っても前に進めない。


「1日も歩けば抜けられるんだ。モンスターの出現が殆どないから、水と食料と着る物をきちんと用意していればいい」


「砂漠を安全だと思える日が来るなんて、アスタ村にいた頃じゃありえなかったよ」


「だな。アスタの南の村から先にテレスト砂漠があるよな。モンスターが強いって話じゃなかったか? ここと何が違うんだろう」


「あっちはオアシスも点在しているから生態系があるんだってさ。テレスト王国も砂漠を無理矢理開拓したようなもんだからね。テレストのモンスター討伐要請に応じるバスターが村を通ってたよ」


「実際に確かめないと、砂漠とか山とかって言っても、色々あって分からねえもんだな」


 やがて日が沈み、とたんに気温が下がりだす。風が強くなり砂粒が襲い始めたなら、もう先へは進めない。シーク達は砂が盛り上がった斜面の影で休む事にした。


 シャルナクが余分に持っていたブランケットを3人に配り、なるべく砂埃を吸い込まないようにと被る。それも暫くすると砂が堆積して息苦しくなってしまう。


「シャルナク、いつもならどうしてるんだ?」


「普段は採掘道具と一緒に木の板などを持ち歩き、衝立を作ってやり過ごすんだ。すまない、今回は邪魔になると思って準備していない」


「これじゃ朝になる頃には埋もれちゃうわ、でもとてもじゃないけど歩けないし……」


 砂に半分埋もれた状態でブランケットを被り、4人は互いの顔が見えない状態で打開策を考える。立ち上がって砂を払い、場所を変えてまたしゃがみ込む事を繰り返すも、これでは休憩にならない。


 そんな中、ふとバルドルが妙案を思いついた。


「あのー、もし宜しければ僕の思い付きを話しても?」


「うぇっ、口の中に砂が……いい方法があるのなら是非聞きたいよ」


「まずはシークが岩を生み出す魔法の『ストーンバレット』をひたすら唱える。そうして岩の壁を作り出し、アクアを唱えて周辺の砂を固める」


「いい考えだね! やってみる」


「君を使うセンスなら、僕もビアンカ達には負けていない」


「……そうだね。君の手足としてしっかり役目を果たすよ」


 シークはブランケットを被り、出来るだけ顔を出さないようにして砂の丘に立った。


 魔術書を新調し、シークの魔法は絶好調だ。どんどん魔力を溜めていく。


「ストーンバレット!」


 シークが唱えた直後、魔力が解き放たれ、その場に岩が具現化された。シークの思惑通りかと言えば、そうでもない。


「うわっ! 大き過ぎた!」


 シークは村を囲む石壁のように、幾つもの岩を積み重ねるつもりだった。


 だが魔力を込め過ぎた結果、砂の丘が崩れる程の大岩が辺りを揺らし、その場にズシンと横たわってしまった。


「え、今の何?」


 隠れていた3人は、急に風が止んだことで状況を確認しようとし、固まった。そこにあったのは、シークの背丈の3倍にもなる大きな岩の塊だった。


「ちょっと何これ! こんなに大きな岩出すつもりだったの!?」


「バレットって……弾丸どころの話じゃないぞこれ。本当に今までと同じ魔法か?」


「そのつもり、なんだけど……全力で発動させたらこんなに」


「魔術書1つでこんなに変わるのか……やっぱシークって魔法使いだったんだな」


「君が今までグレー等級の魔術書で無理矢理唱えていたせいだよ、シーク」


 加減は間違ったが、大岩は砂嵐を遮ってくれる。干し肉を齧った後、4人は明日の夕方には登山口まで到達できると見込んで、仮眠を取ることにした。


 日が出る前に起きて再び歩き始め、シークが時折ストーンバレットを唱えて日陰を作る。魔法で水を補給し、魔法で体を冷まし、魔法で疲れを癒す。なんとも邪道な魔法の使い方だ。


「俺はこんな事のために魔法使いになったんじゃない……」


「役に立てるって素晴らしい事じゃない! あ、アイスバーンも宜しくね」


 シークは項垂れてボソボソと詠唱を繰り返す。マジックポーションの2本目を飲み干した所で、ようやく登山口にたどり着いた。


「登りはじめたら急にメデューサが出てきてハイ終了! なんて事はないよな」


「俺っちが片方だけで偵察してもいいけど、問題は誰かに置いてもらう必要があるって事か」


「駄目じゃん」


 登山口の付近でメデューサに遭遇したという者も多い。4人はややおっかなびっくりな体勢で、岩がゴロゴロ転がる山道を少しずつ進んでいく。


 見上げるいただき近くの山肌は赤茶色で、草木も生えていない。一方の麓に近い場所は大きな岩が視界を遮るように転がり、間を縫う山道は狭い。もしもバッタリとメデューサに遭遇してしまえば、戦闘は非常にやりづらいものになる。


「助けてもらう立場なのだから、ここはわたしが先頭を歩こう。ある程度は道も頭に入っているから」


「駄目だよ! 俺達はバスターなんだし、これが仕事なんだから。俺が前を歩くよ」


「シークは絶対駄目だ。シークが麻痺を受けたら薬草以外で回復できない。わたしが先頭を歩くのが一番いいだろう」


 隊列も重要だ。狭い場所で戦うのは簡単ではなく、誰か1人がメデューサと目を合わせてしまえば戦力も落ちてしまう。


「シャルナクって、年上ってだけじゃなくてなんかカッコイイよな、凛としてるっつうか」


「ばっ……馬鹿な事を言うな、わたしはそんな、ただ慣れているから……」


「いや、確かにカッコイイよね。バスターに向いてそう」


「待て待て! そんな事はない、しかし……わ、わたしも、もしも……ああ、こっちを見るな! は、恥ずかしい!」


 褒められる事に慣れていないのか、シャルナクは慌てて否定し、顔を赤く染めて俯く。日が翳ってきた事で分かりづらいが、耳はやや垂れ、尾はピンっと立ち、左右に大きく揺れている。


「あたし、褒められたことないんだけど」


「あるじゃねーか、凛としているじゃなくて堂々とし過ぎて図々しいくらいだ」


「あー酷い! やっぱり褒めてないじゃない!」


 こんなやり取りがギャップの足りないビアンカが可愛い「のに」と言われてしまう所以でもある。本人が気付くのはいつだろうか。


 さて、シャルナクが先頭を歩くというのは確かに理に適っている。しかしシャルナクは一般人だ。一般人に前を歩かせるというのは、やはりバスターとしてプライドが許さない。


「こうなったら私が先頭を歩く。何かあったら絶対助けてね」


「お、ビアンカもなかなかカッコイイ。けどそれなら俺が先を歩いても変わらねえよな? よし俺が先頭だ」


「私のカッコイイを阻止しにかかるのやめてよね」


「へへん、もう譲らねえよ。まあたまには俺の背に守られてくれよ」


「あー! ゼスタが私のカッコイイ枠を横取りする!」


 今度はゼスタが先頭を歩き出す。そうやって隊列を入れ替えながら山を登り始める4人に、グングニルは1つため息をついた。


「もうあんた達、なんしよると。お嬢があたしを持って、矛先ば前さ向けて進んだらいいやないの。あたしが前方の様子ば矛先で見ちゃるけん。武器はええように使いなさい、シーク坊やの魔法と一緒たい」


「シーク坊や……」


「はははっ、シーク坊やとバルドル坊やか、笑えるコンビだな」


「ゼスタちゃんとケルベロスちゃんには言われたくないよ」


「ほらほら、ゼスタちゃん。私にカッコイイ枠を譲りなさい?」

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